初恋は突然に



――あなたは本当に彼のことが好きなのですか。

その言葉が胸に刺さった。

――仮初めの恋人を演じてもらいたいと思っているだけではないのか。

その言葉に心を抉られた。

ネジに言われた言葉がショックで、身体全体に力が入らなかった。
視線の定まらない目で天井を眺め、頭の中で彼の言葉を反芻する。

静かに部屋の戸をノックする音が聞こえ、顔を戸へ向けると、ガチャリと戸が開くところが見えた。
サクラが扉の隙間から顔を覗かした。

「……ヒナタ、具合はどう?」

大丈夫、と答えたが、その声は掠れて今にも消えそうだった。
サクラは寝床まで歩み寄って、持ってきた鍋を差し出した。

「ちゃんと食べてる?おかゆを持ってきたけれど、今、食べられる?」

首を横に振ったが、サクラはヒナタの言葉を無視して、鍋からお椀におかゆをよそった。
お椀を差し出すと、ヒナタはそれを押し返した。

出来立てなのだろう、湯気が立っている。しかし、おかゆの中に何か混ざっていた。
香りはそそられたが、遠慮することにした。

おかゆの代わりに出された擦りリンゴを口に運びながら、ヒナタはサクラに謝った。
家のことで、変に気を遣わせてしまった、と。

サクラには話した方がいいと、ヒナタは思った。
あの日の出来事、そして自分の生い立ちを。

最初は、黙って大人しく聞いていたサクラだったが、次第に拳を震わせ、歯ぎしりをし出した。
その様子から、怒っていることは明らかだ。

ずっと秘密にしてきた事であるし、ナルトを好きな気持ちは自分の保身のためだとばれてしまったのだ。

サクラは俯き肩を震わせ、何も言わない。
きっと呆れてものも言えないのだろう。
そう思って息を吐いたとき、突然サクラがヒナタを抱きしめた。

「何を謝るの…。何が家督よ…。ヒナタはヒナタじゃない。ネジって人の言葉を真に受けちゃダメ。私の知っているヒナタは、引っ込み思案で自分に自信がなくて、でもすっごく優しくてお人好しな子!そして、ナルトを本当に好きなんだって…!」

後半は涙声になっていた。
サクラの涙に釣られ、ヒナタもさめざめと泣き出した。
声を殺して泣く彼女をそっと撫でながら、サクラは先日のナルトのことを思い出した。



あのとき、屋上にいたナルトは、いのに相談にのってもらっていたらしい。
何の相談だ、と、さらに問い詰めてみると、ヒナタとの関係についてだった。

最近、旅人に好きだと告白されたらしい。
しかし出会って間もないし、彼女のことをよく知らなかったため、断ったという。
付き合ってからのことが想像できなかったし、なにより楽しいと感じなかったのだ。

そのとき、ふとヒナタを思い出したというのだ。
ヒナタといると楽しいと感じていた。
優しくておとなしい彼女だが、他人のことになると一生懸命になる姿はとても眩しかった。
彼女と一緒にいる間は、どんなに時間が流れても短く感じてしまう、と。

「じゃあ、ヒナタとはどんな関係になりたいの?」

と、サクラが尋ねると、結局「分からない」と答えた。
だが、ナルトは言った。

「ヒナタといるときが、一番楽しい。親友とはちょっと違うけど、一緒にいると超満足って感じなんだ。…それを少し理解できたのも、いののお陰だってばよ…」

サクラはいのをバッと振り向いてみた。
いのは「相談にのっただけよ」と言ったが、ナルトは彼女のお陰だと言った。

「まぁ、ヒナタに誤解を与えちゃったみたいで、申し訳ないって思っているけど…」

腕を組んで、どうやって誤解を解こうか悩むいのを余所に、ナルトはサクラとリーにある話をした。

いのがナルトに抱き着いてしまった件で、ヒナタが気付いていないであろうことがあるというのだ。

あの日の屋上は、瓶や缶で散らかっていた。
ヒナタが落ちていた瓶に足をぶつけてしまったと同じように、風で転がってきた空き缶を避けようとしたいのがバランスを崩し、結果ナルトの方へ倒れる形になってしまったのだ。

あの時、ドキッと驚いたが、そのドキドキ感と、ヒナタと一緒にいる時のドキドキ感は違うと感覚で分かった。
ヒナタへのドキドキは、心があたたまる感じがするのだ。

「だから、気持ちに整理が付きそうで、すっきりしたんだ。やっぱり、いののお陰だってばよ」

ニカッと笑うナルトを見て、サクラは苦笑した。
この2人は、お互い自分の気持ちには鈍感なのだ。



ナルトの率直な気持ちをヒナタに伝えるべきか悩むサクラ。

(…でも、今のヒナタの状態でこの話を聞かせても、信じてくれなさそうだわ…。それに、また寝込んでしまうかも…)

結局は、彼女の体調を気遣って、秘密にすることにした。

ヒナタの部屋を出て、うんと背伸びをした。サクラも気分が塞ぎ混んでしまった。

(気分転換に喫茶店へ行くか…)



カウンター席に座り、カフェオレに口を付けず、スプーンでグルグルかき回していると、影が下りた。
見上げると、そこにはネジが立っていた。

「な、なんであんたがここに…!?」

「たまたま通りかかったら、君が見えたんだ。隣、失礼する」

運ばれてきたブラックコーヒーを一口啜り、ネジはサクラを見ずに問うた。

「ヒナタの具合はどうなんだ?」

ガタンッと椅子が倒れた。
立ち上がったサクラは、そのままネジの胸元に掴みかかった。

「あんたがそれを聞く権利があるの!?あんたがヒナタにひどいことを言わなければ、ナルトが抱き着かれるところを目撃していても、塞ぎ込まなかったはずなの!!どうしてくれるのよ!」

ガクガクと体を揺すられても、ネジは顔色一つ変えなかった。

「オレはありのままのことを言っただけだ。オレが言わなければヒナタ様が落ち込まなかった…?それは違うな。例え、オレが何も言わないにしても、ヒナタ様が塞ぎ込まなかったとは保証できないだろ」

鼻から息を出し、サクラはこめかみに結婚を浮かび上がらせ、掴んでいる腕と反対側の腕を振り上げた。
「お客さんッ!」と店員の黒子が叫んだ。

他の客の迷惑になるから、と店を追い出され、サクラ達はしぶしぶその時だけ大人しくなった。
しかし、マンションへの帰り道、また言い争い始め、それは着いてからも収まる気配がなかった。

「とにかく反省して、ヒナタに謝ってください。あの日、ヒナタに言った言葉、全部撤回してください」

「それはできない相談だ。オレは本家からヒナタ様を連れ戻すよう言われているのだ。命令には逆らえない」

「あんたね、人の心が無いの!?」

「あれー?サクラ、なにしてんの、こんなところで?」

再びサクラが手を上げようとしたその時、テンテンがピリピリした雰囲気に割って入ってきた。

「テンテンさん…」

「ねぇ、サクラ、ヒナタの具合まだ悪いの?今、スーパーで栄養になりそうなもの買って来たんだけれど、食べられるかな…」

「擦りリンゴなら食べていたけど…」

「そう!なら良かった!ありがと、行ってくるわ」

2人の剣呑に気が付かないのか、気が付いていて無視しているのか、テンテンはマイペースにサクラへ話題を振った。
横目でネジの様子を確認すると、驚いたことに、静かな苛立ちはどこへやら、毒気を抜かれポカンとしていた。

微かに頬を桃色に染めているようにも見えた。

「美しい…」

「「は…?」」

呟いた小さな声は、はっきりサクラとテンテンの耳に届いた。

「あ、あなたのお名前は?」

「テ、テンテンだけど」

何なのよと言って、テンテンは急いでその場を離れた。
ヒナタの部屋へ入っていく様子を横目で見ながら、サクラは訝しげにネジを見た。
何を言い出すのか。その言葉の意味が測りかねた。

「ヒナタ様に謝ってくる」

突然ネジが呟いた。
急な考えの方向転換に、ワケわからないとサクラは心の中で怒った。
何か企んでいるんじゃないだろうか、問い詰めようとしたその時、ネジが頬を染めながら言った。

「恋と言うものは、なかなか難解で複雑なもののようだ」

「はぁ!?」

大きな声で叫び、口をあんぐり開けているサクラを放っといて、ネジはテンテンの後を追うように、ヒナタの部屋へ入って行った。
取り残されたサクラは、急な展開に付いて行けず、ただ立ちすくむだけだった。



その晩、ネジがいないことを確認して、サクラはヒナタの部屋を再び訪ねた。
ことの顛末を全て聴いたヒナタは、しばらく遠くを思考に耽った。

「ネジ兄さんがこの島で生活することについて、実家を説得してくれるらしいの。突然、謝られて、説得するまで言われて……疑問だらけだったけれど、やっと分かった」

そう言ってヒナタは淡く微笑んだ。

「兄さん、テンテンさんに一目惚れしちゃったんだね」

「それで、ヒナタがこの島に留まりたいことを批判できる立場じゃなくなったから寝返った、というワケ?なんか、釈然としないな…」

「確かに、まだ完全に許したというワケではないのだけれど…、あんな風に私を気遣ってくれる兄さん、久しぶりだな」

幼い頃はまだそこまで軋轢があったという訳ではなかった。
年が近く、よく一緒に遊んでいたのだ。だが、いつしか兄の方から距離を置くようになっていた。
彼とはずっと仲良しでいたいと思っていた。

その兄が島に残ることを認めてくれた。
それは何より嬉しかった。

「ヒナタは、お人好しすぎるわ」

とサクラは溜息を吐いて、言った。

「ナルトのことはどうするの?」

ナルトの言った「一番楽しい」ということ…。
それが、今、言っても大丈夫なように感じた。
口を開きかけたサクラを、ヒナタが手で制した。

「兄さんと家のことは、取り敢えず解決の方向へ進みそうだけれど…。それとナルトへの仮初めの気持ちは別のことだよ。自分の保身のために、ナルトを利用した。到底許されるものではないよ…。自分が……恥ずかしい」

「そんなこと…」

思わないで。

サクラは沈痛な面持ちでヒナタを見た。
ヒナタが心からナルトが好きなことは明らかだ。
だが、ヒナタはそれを自分の保身のためだと思い込んでいる。

そう思い込んでいる限り、ヒナタはずっとナルトに近づかないだろう。
どうにか、ヒナタが再びナルトと会わせることはできないものか。

サクラは、考えた。




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