意外な人物の裏の顔
ある日、シカマルはサスケと喫茶店に来ていた。
マスター黒子は、珍しい組み合わせだと心の中で思いつつ、コーヒーを淹れていた。
シカマルは、朝、たまたまゴミを出しに外へ出て来たところをサスケと出くわした。
普段、部屋の中で過ごすことが多く、ゴミ出しとバイト以外はあまり外に出ないシカマルだったが、今日は外へ出たい気分になったところだった。
引っ越してきて、一通り挨拶して回ったが、サスケとはそれ以来話していなかったと気が付いた。
たまには、自分から誘って外へ出るのもいいだろうと思い、暇そうな顔をしていたので、少し話でもしないかと誘ったのだ
しかし、誘ったのはいいが、どうも会話が続かない。
サスケと言えば、女の間ではクールと評判の男だ。
所謂イケメンという奴だ。
サスケ自身は、女にあまり興味を示さない様で、その所も女性のツボにはまるのだろう。
何か話題になることはないだろうかと、シカマルは考えた。
「そ、そういや、チョウジってめんたいこっぽい男だよな」
「…どこが」
「ほら、頬のあたりが赤くなっているところとかさ」
「どちらかというとナルトっぽくないか。……ああ、食べ物の方の」
二言三言続いて、また会話が途切れてしまった。
運ばれてきたサンドイッチを一口かじり、シカマルは外を眺めた。
(なんてめんどくせぇ奴を誘っちまったんだ…)
コーヒーを啜り、サスケは外を向いているシカマルに問いかけた。
「どうして、オレを誘ったんだ?」
「は…?あ、いや、暇そうだったからよ…なんとなく…。お前も珍しいな、誘いにのるなんて。普段、一人でブラブラしているだろ?」
「……まぁ、今日は一人でじっとしていると、いろいろ考えちまいそうだったから」
コーヒーが苦かったのか、それとも嫌なことを思い出したのか、サスケは顔をしかめて外を見た。
彼のことはよく知らない。
そもそも、この島へ移住してきた住民たちの過去のこともよく知らない。
島へ来る前の出来事は、お互い聞かないようにしようという、暗黙の了解がいつの間にか作られていたのだ。
ついこの前引っ越してきたヒナタという女は、見るからに問題を抱えているようだった。
サスケもこの島に来る前に、何か問題を抱えていたのかもしれない。
一人でいると、そのことを思い出すのだろうか。
勝手な憶測だが、シカマルはサスケを見てそう思った。
「そ、そういや、最近リーが女子の間で話題の中心らしいぞ」
「へぇ…あの筋肉バカが?」
「この前なんか、浜辺で長時間走り込みをしていたし、部屋にはルームライナーやサンドバックもあるらしいぜ。本当に、筋トレオタクだよな」
ガチャンッ
サスケが手を滑らせ、コーヒーカップをテーブルに転がしてしまった。
幸い、中身は空だったのでテーブルは大惨事に至らなかった。
サスケの顔を見ると、冷や汗をかいているようだった。
動揺するサスケを見たのは初めてだ。
いつもクールぶっている彼が、こうも落ち着きがないところを人に見せるのは、初めてではないだろうか。
サスケの反応に驚き、シカマルは恐る恐る尋ねた。
「お、おい、どうしたんだ」
シカマルの声で我に返り、サスケはぶんぶんと首を振った。
「…なんでもない。ただ、リーがそこまで筋トレ…オ…オ…オタク…とは知らなかった」
ピンときた。
サスケが動揺した理由は「オタク」という単語にあるようだ。
どうしてその単語がサスケに不安を与えるのか理解できないが、彼がさきほど「考えてしまう」と言った言葉にも関係しそうだと、シカマルは感じた。
しかし、「過去を聞かない」というのがこの島のルール。
気になるところだが、シカマルは聞きたい欲を何とか抑え、サスケの手の震えを待った。
それから数日後、シカマルの部屋のチャイムが鳴った。
あれから、サスケと頻繁に会うようになり、このチャイムも彼だろうと思い、戸を開けた。
だが、そこに立っていたのは、サスケではなかった。
自分より頭半分背の高い男だった。
顔立ちは整っていて、少し誰かに似ているように思えた。
まだ若そうなのに、鼻のあたりに皺ができていて、服は医者の着る白衣を身に付けていた。
「ど、どうも…どちらさま?」
「突然、すまない。今日、越してきたイタチという。よろしく」
「ああ、新しい住民っスね。オレは奈良シカマルっていうっス」
「シカマル君か、なかなか利発そうな子だ」
「…は、はぁ…イタチさんは、医者なんスか」
白衣と首に掛かる聴診器をまじまじと目にやり、シカマルは尋ねた。
どうも気にかかっていた。
医者とは、聴診器を首から下げ、白衣を着たままブラブラと外へ出歩くものだろうか。
近くの薬局などに行くときはそのままかもしれないが、挨拶回りで着て来るものだろうか。
「嗚呼、これはコスプレだ」
…。
今、彼は何と言った?
シカマルは、彼の言葉がうまく読み込めず、混乱した。
「こういう服を着ているとよく間違えられるんだ。前、パイロットの制服を着ていたら、子供に写真撮影を求められたりもしたな。どうだい、君も一緒にやらないか」
「…いや、遠慮します…」
見た目とのギャップに、シカマルは眩暈がした。
ときどき、個性的な住民が訪ねてくることはあるが、まさかコスプレイヤーが来るとは思いもしなかった。
しかも、見た目はイケメンで、絶対女子から人気が出そうな人物だ。
コスプレオタクと黙っていればいいものを、それを惜しみなく公開する様を見て、何とも残念な人だとシカマルを思った。
イタチが去ってからしばらくして、サスケの部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。
何事かと思って駆け付けると、サスケが真っ赤な顔をしてイタチを睨んでいた。
イタチはニコニコ笑っている。
「ど、どうしたんだよ、サスケ。イタチさんも、何があったんですか」
只事ではない雰囲気に、シカマルは取り敢えず2人の間に割って入った。
「オレは…オレは…この島に来て生まれ変わりたかったのに…!どうして、この島に来た!イタチっ!」
「兄にその言い方は無いだろう、サスケ」
この2人は兄弟らしい。
シカマルはその事実に驚いたが、それはひとまず置いておかなければならない。
まずは、この不穏な空気を正さなければ。
「イタチさん、サスケに何をしたんすか。サスケはオレのダチッス。お兄さんだからと言って、サスケを傷つけることは許しませんよ」
今回ばかりは面倒臭いと言っていられなかった。
シカマルはキッとイタチを睨み、サスケを後ろで庇った。
イタチは溜息を吐き、哀しそうな顔でシカマルを見た。
「憐れだな、サスケ。荷物にアレを入れている時点で、お前は変わることができない」
そう言って、イタチはサスケのクローゼットを開いた。
バラバラと雪崩のように崩れて来たそれらは、パソコン部品やゲーム機、中にはコスプレ衣装と思われる衣料も混ざっていた。
何度かサスケの部屋を訪ねたことはあるが、クローゼットだけは近づくことができなかった。
その理由が分かってスッキリしたと同時に、今までのサスケのイメージがガラガラと崩れていった。
「サスケ、お前の本質は“オタク”だ」
今、目の前にあるグッズの山と、魂の抜けた顔をしているサスケを見比べて、以前、喫茶店でお茶をしたときの出来事を思い出した。
オタクの単語にひどく動揺した彼の顔が、今、頭の中でフラッシュバックされた。
どうやら、この島に来てオタクと思われる要素を無くしたいと思っていたらしい。
しかし、その彼の意志は来島する以前に折れていたようだった。
(オレは面倒臭いことに巻き込まれないために引っ越してきたのに……。結局は巻き込まれてやがる…)
(人の本質は変わらないものなのか…)
シカマルは仲裁に入る気力を失い、ただサスケとイタチの言い争いを眺めているだけだった。
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