人魚鉢(十九)


結局、キバが尋ねて来たその日、ナルトは部屋から一歩も出ず悶々とヒナタについて考え続けた。
大好きなカップラーメンも味がせず、風呂に入ってもさっぱりした感じもせず、ムスッとした一日を過ごした。

九喇嘛に相談しても、彼はだんまりを決めていて、相手にもされなかった。

仕方が無く、翌日の午後、ナルトはサクラ、サイ、サスケを集め、相談に乗ってもらうことにした。

「何故、オレまで呼ばれる…」

サスケが迷惑そうな顔でナルトを睨みつけた。
彼は、抜け忍や五影会談襲撃の罪で、現在木の葉の里で謹慎中(暗部の見張り付き)の処分を受けている。
第四次忍界大戦の功績もあり、ナルトを始め同期たちからの嘆願が叶い、1年の謹慎処分で済んだのだ。

「別に話に付き合ってくれてもいいだろ。どうせ、暇だろ」

「他人の惚気話に聞く耳を立てるほど、オレは暇じゃない」

「まあまあ、聞いてあげようじゃないか、サスケ。後でナルトが恥ずかしくなるくらい、からかってやればいいだろう?」

「フッ…それもそうだな」

「おいっ!何で、お前達そんなに仲良くなっているんだってばよ!」

男三人でぎゃあぎゃあと騒いでいる様を、一歩退いた位置でサクラは眺めていた。
拳に青筋を立て、震わせて、ごつんとナルトにお見舞いした。

「さっさと、本題に入りなさい!」




((はぁ……長かった……))

サクラとサイが同じことを考えている横で、サスケが驚いている。
ナルトがヒナタのことを好きだと、今初めて知ったらしい。

昨日一日考えて答えが出なかった「ヒナタに告白するべきか・様子を見るべきか」という問いを、サクラ達にも投げかけてみた。

「なに、ぐずぐずしているのよ?ガツンと告っちゃいなさいよ」

と言うのがサクラの意見で、サイも、戸惑いながらもサスケも同意見であることを示した。
ナルトは深いため息を吐いた。

「分かっちゃいるんだけどさ、今、告白よりも先にしなくちゃいけないことがある気がするんだってばよ」

机に顎を載せ、口を尖らせているナルトを、サスケが鼻で笑った。

「もう答えが出ているじゃないか。その告白よりも優先すべきことをやればいい」

「…でもさー、その優先する事の意味が分からなくて…」

「そんな説明じゃ私達も分からないわ。ナルトは何をそんなに気にかかっているの?」

サクラが頬杖をついて尋ねた。

「ん?えっとさ、なんかヒナタのオレを見る目や雰囲気が変わった気がして…。よそよそしいつーか、オレのことを好きじゃなくなったみたいな……」

「惚気か」

サスケがすかさずツッコミを入れる。
しかし、サクラとサイは戸惑っていた。

「ナルト、その“オレのことを好きじゃなくなった”ってどういう意味だい?」

口をパクパクさせているサクラに代わり、サイが尋ねた。

「え?そのままの意味だけど。昨日、キバがヒナタがオレのことが好きだって教えてくれ」

「待って、昨日、キバはナルトん家に行っていないわよ」

ナルトの言葉を遮り、サクラが声を上げた。
突然声を張るサクラを凝視したナルトは、「だって来たもんは、来たんだってばよ」と濁した。

サクラとサイ、ナルトの言葉に気になる点を見つけたのか、2人顔を寄せてひそひそと何かを談義している。
ナルトも、サスケも、一体何が何だかわからないと思い、ただ二人を見つめるだけであった。




サクラ達によれば、昨日、キバは日向の屋敷に赴いてからずっとサクラやサイ、豆井戸村に関わったメンバーと集まって、情報を共有していたというのだ。

その情報というのが、ヒナタに付いてだった。

これはキバが言い出したことなのだが、泡姫の騒ぎが収まり、奪われた魂が戻って来てから今日まで、ヒナタの様子が可笑しいというのだ。

「それは、オレも感じていたってばよ」

ナルトは只事ではないとすぐに感じ取り、サクラ達の話に耳を傾けた。


昨日の昼過ぎ、キバは日向の屋敷を訪ね、そこでコウからヒナタの様子の変化を聞き出していたという。
ちょうど、ナルトがキバと話した時間と全く同じ時刻に。

彼によれば、ヒナタはまるで生気を失ったようだというのだ。
彼女は、ナルトの誕生日に手作りのものを用意していた。
しかし、制作の途中で材料が切れてしまい、さらに任務が入り、完成はギリギリだという状態だった。

任務に赴く前、ヒナタは返って来たら、ナルトの誕生日パーティーまでに必ず完成させると意気込んでいたらしい。

だが、任務から帰って来た彼女は届けられた材料を見て「もう間に合わない」と力なく呟いたと言うのだ。

代わりに、市販のプレゼントを買うと出かけてしまったのだ。


その何処が変だと言うのだ、というサスケに、サクラはこつんとサスケのおでこに凸ピンした。

「サスケ君は、分かってないわね。いつものヒナタなら、二日連続で徹夜しても、絶対プレゼントを間に合わせようとするわ」

「……って、キバが力説していたんだけどね」

サイが補足した。

ナルトはしばらく黙りこんで考え込んだ。
そして心配そうな顔をして、サクラ達を見つめた。

「………もしかして、本当にオレってば、愛想つかされたのか?」

「「違う!」」

サクラ・サイが同時にナルトに詰め寄った。
2人の勢いに押され、ナルトはのぞけった。

「あの子の片思い歴なめんじゃないわよ!急に、あんたを嫌いになるとか絶対にないんだから」

「ここは単純に、泡姫の幻術がかけられていると考えていいと思うよ」

―――賭け。

豆井戸(まめいど)村に現れた泡姫が最後に残した「言葉」が、脳裏を過った。

(まさか……。)

「……なぁ、気になる点があるんだが」

しばらく黙っていたサスケがゆっくり口を開いた。

「ヒナタの歩いた跡に水がこぼれていたと言ったな。それは何か分かっているのか?」

「そのことだけど、ある仮説が―――いや、もうこれは確定として考えて行動した方がいいと思うんだ。―――このままだと、ヒナタは泡になって消えてしまう」


―――このままだと、ヒナタは泡になって消えてしまう


サイの言葉に強い衝撃を受け、ナルトは雷に当たったように動けなくなってしまった。

(……ヒナタが消える?……お伽噺じゃあるまいし…)


―――少し早いけれど、誕生日、おめでとう。
―――言えなくなるかもしれないから。


夢の中で囁かれたヒナタの言葉が、サイの言葉と一緒に頭の中で反響した。

(あれは、夢じゃなかったのか…?)

冷や汗がどっとあふれる。
目の前では、サクラ達がヒナタを助ける為に今必死になって策を練っているところだという話をしている。
綱手やシズネも、医療の立場から解決策を探しているという。

≪何、ぼーっと突っ立ってやがる……ッ≫

ずっと言葉少なかった九喇嘛が、大声を上げた。
ナルトは後ろを振り返った。

≪あいつに聞けば、ヒナタを助ける方法が分かるだろう…!行けっ!≫

誰に?どこへ?

その疑問を考える間もなく、ナルトは九喇嘛モードになり、走り出した。

外はすっかり日が暮れていて、西の空には金星が光り輝いていた。

あと数時間で日付が変わる。






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