休憩も兼ねて材料の追加買い出しに行ったのが間違いだった、とナマエは気づいた。あの時は何も感じなかったが、この部屋の匂いがすごい。チョコレートは嫌いじゃないが、ここまで匂いが充満していると吐き気がする。仕方ない、と息を止めたまま中へと足を踏み出し、窓を開けた。僅かに春の気配が漂う空気がチョコレート臭のする空気と入れ替わる。通行人が一瞬こちらを見た。よほど匂いが濃いのだろう。近所迷惑にならなければいいが、女の子の為のバレンタインという行事を分かってくれるはずだ。くるっと後ろを振り返り台所を見れば、失敗に失敗を重ねてできたチョコレートの山。食べられないことはないが、人にあげるには形が悪すぎたり生クリームを入れすぎたりして、少し恥ずかしい代物。

「・・・今度は食べられるやつを作らないとね」

だいたい当日にもなって作っている方がおかしいのだが、ナマエはいたって真面目なのだから仕方ない。今回は今まであげてきた義理チョコではない。大本命である彼に向けて作っている。

「何ていうかな・・・」

相手はモテるからうんざりしているかもしれない。さらに休日なので、彼女が入ればデートしているかも―――

「と、とりあえず完成しないとね」

悪い考えは意外に当たったりするから嫌だ。そんなことはない、と自分に言い聞かせて再び買ってきたチョコレートを開ける。またさっきと同じ匂いがしてきた。当分チョコレートは見なくていいや、と暫くチョコレート見ない宣言をしていると、強烈な誰かの視線を感じる。

「・・・・・・・・・」
「・・・何してるの、兄さん」
「いや、チョコレートの調子はどうかなぁ、と」
「あいにく、手先は器用じゃなくて」
「そいつは残念だ」

ストーカーまがいのあの視線をなかったことにし、湯煎を再開した。兄はちょこまかと自分の周りを徘徊し、物欲しげに見てくる。でも気づかないふりをして、声をかけた。

「どうしたの?兄さん」
「いや、その・・・なぁ?別に今年もチョコレート欲しいとか思ってないんだぞ?」
「じゃあいらないよね」
「いや、そ、そう言うわけでは・・・」

その後も無駄にだらだらとやり取りが続く。馬鹿らしくなって、くすくす笑っているといい加減冗談だと気づいたようで、あの不安顔をさらっと流して上機嫌でソファーに座る。

「にしても、やけに今年は気合い入れて作ってるな。好きなやつでもできたか?」

そこで答えがつまるなんて思ってもいなかっただろう、自分がしばらく答えないでいると、ハッとして振り返った。

「そっそうなのか?!できたのか、好きなやつ!?」
「・・・よ、よーし、包装終わりっ」

包装紙もやたら可愛らしい感じで、友達にあげるには豪華すぎるそれ。兄ははっきりと悟り、恋する自分の顔を凝視した。

「ナマエ・・・」
「な、何?」
「昔は、昔は・・・っお兄ちゃんのお嫁さんになるって言ってたのに・・・っ!あの約束はどうする!?」
「本当に昔の話よね。っていうか恥ずかしいから大声出さないでよ」

じゃあ行ってくるわ、と丁寧に包装されたチョコレートを鞄の中にいれ、片手を上げたままそそくさと駆け出す。

「ちょ、どこに?」

慌ててソファーから転げ落ち、どたどたとずり這いをしながら玄関まで来る。おぞましい光景だったがなるべく視界に入れないようにし、しばらく思案した後、自分でいうのもなんだが、最高の笑顔で答えた。

輝きの海
 
 響きの森

 壮大な空

 神秘の砂漠

 荘厳な草原 に!」





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