反抗期3
ギルの部屋の前にたどり着いたマルコは、ノックもせずに扉を開け、ずかずかと中に入った。背後で扉が小さな音を立てながら閉まり、薄暗くなった部屋の隅に置かれているベッドの上で毛布にくるまり小さくなっているギルを見つけ、ほんの少しだけ罪悪感に駆られる。毛布から覗く金色の尻尾は小刻みに震えており、その姿はもはや虎というよりも叱りつけられた子猫の様だった。ベッドに腰を下ろし、毛布の上からその背中にそっと手をかけると、ぴくりと尻尾の先が震えた。
「ギル」
顔を上げろ、と言ってもくぐもった声で小さくいやだと返ってくるだけだった。
これは些か時間がかかるかもしれないな、とマルコは溜息をつきそうになるのをぐ、と堪えた。幼い頃は素直に自分に甘えてきていた弟がついに遅い反抗期を迎えたのか、ここ最近で溜息の数が格段に増えた気がするがそのことには今は目を瞑ろう。心配のあまりとは言え、言い過ぎてしまったことは自覚している。
ゆっくりと背中を撫でてやっていると、ぐずりと鼻をすすり、兄貴は、と掠れた声でギルが喋りだす。
「兄貴は、おれっ、俺より、1番隊の奴らのが、ひぐ、だいじなのっ?」
とうとうしゃくりを上げながら泣いているであろう弟の顔を思い浮かべて、マルコはこんな勘違いをさせるようなことを言ってしまった数分前の自分を恨んだ。
(そんなわけねぇだろい)
「俺が、足手まといだから、そしたら、みんなが迷惑するから、だから俺は戦っちゃいけないの?俺だって、俺だってみんなと一緒がいいのに」
「ギル、そうじゃねぇよい」
静かに毛布をどかして、出てきた金糸に指を絡める。それと同じ色をした耳はへたりと下がりきり、尻尾と同様細かく震えていた。これでは本当に子猫ではないか、とマルコは思わず頬を緩め、根元から先にかけてその耳をやんわり撫でてやる。
「俺はお前が大事なんだよい、ギル。お前をいつまでも戦闘に参加させないわけにはいかないとは思っているが、兄貴ってのはいくつになっても弟が心配なのさ」
耳を撫でつけていた手とは反対の、背中に回していた腕にやわらかな尻尾が甘えるように絡みついてくる。
「お前がどうしても戦闘に参加したいって言うなら認めるよい。だが、まずは小さい戦り合いだけだ。戦闘中は俺か他の隊長の傍から離れないこと。それと、この能力も少しは使いこなせるように訓練しないとねい」
そこまで言うと、ギルは毛布から飛び出し胸に抱きついてきた。
「おれ、ごめ、ごめんなさっ」
必死に謝ってくるギルの少し垂れ気味の眼に滲んだ涙を拭ってやり、優しく、しかしあらん限りの力で抱きしめ返し、ようやっとマルコは心の底から安堵することができた。ぐずぐずといまだに鼻を鳴らしている弟の額に唇を押し付け、敵船のクルーに切り付けられた腕をとる。うっすらと血をにじませているその傷を消毒し、手早く包帯を巻いていく。ギルはもう片方の腕でマルコに抱きつきながら、されるがままだった。
(いつもこれだけ素直なら可愛いのにねい)
巻き終えた包帯の上から労わる様に撫でつけ、もう1度腕の中に抱きしめ直す。これくらいの傷なら跡も残らないだろう。
「ギル、もうあんな無茶はするんじゃねぇよい。心臓がいくつあっても足りない」
胸にすり寄ってくる頭を撫でてやると、ギルは気持ちよさそうに目を細めながらこくりと小さく頷き、寝息を立て始めた。
泣き疲れて眠るなんて、まだまだ子供な弟を腕に抱きながらマルコはその愛おしさを再確認するのであった。
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あとがき
マルコに認めてもらいたい主と、そんな弟が心配でならない過保護兄マルコ。
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