一目惚れ2
少年はエースの隣に腰を下ろし、マグカップを床に置くと、ずいと無言で毛布を差し出してきた。首を振り、それを断る。
「俺は火だから、寒さには強いんだ」
そう言って人差し指の先を燃やしてみせると、少年は目を瞬かせ、火拳の、と小さく呟いた。
「お前、名前は?この船のクルーだよな?」
「ギル」
少年はそう名乗ると毛布に包まり膝を抱えた。今の航路は春島の気候とはいえ、夜の甲板は冷える。毛布を握る指先は白く、血の気がなかった。俺の分の毛布は持ってきて、自分の分は持ってこなかったんだろうか。俺が断らなかったらどうするつもりだったのだろうと見つめていると、くるりとギルの眼がこちらを向いた。澄んだ碧眼に見つめられ、エースの胸が音を立てる。
「飲まないの?」
そう言って床に置いたマグカップをこちらに押してくる。もうひとつのマグカップは両手に持ち、しきりに息を吹きかけている。湯気の立つそれからは食欲をそそるスープの匂いがしてくる。空っぽの腹はしきりに空腹を訴えてくるが、エースは素直にそれを受け取れない。もはやただの意地だということは自分でもわかっていたが、そう簡単に認めることはできなかった。
(親父、だなんて)
「サッチが、」
いつまでもスープを受け取ろうとしないエースを見かねてか、ギルが口を開いた。
「新しく入ってきたやつが、ちゃんと食べてくれないって」
そう言って手元のスープに視線を戻すと、また息を吹きかけ始める。
「俺は、まだこの船に乗るって決めたわけじゃ……!」
エースは思わず大声を上げるが、びくりと肩を揺らしたギルを見て我に返る。
「わ、悪い」
でも、俺は、と言いよどむエースに、ギルは不思議そうに首をかしげた。
「どうして?」
「え……?」
「だって、アンタもうこの船のクルーでしょ?」
今度はエースが首をかしげる番だった。確かに今この船に乗ってはいるが、それは仕方なくであって、自分はまだ白ひげの息子になると決めたわけでは、
「アンタはもう親父を受け入れてる。親父を受け入れて、息子になる覚悟だって、もうできているんじゃないの?」
こちらを見つめてくる碧眼に、エースは先ほどから胸が落ち着かない。広がる夜の闇の中で、月明かりをその中に閉じ込めた様に、その青の存在はどこか強烈で、エースはそこに引き込まれる様な感覚に陥る。
(目が、逸らせない)
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