01
逃げて、逃げて。
手のひらに食い込むスペアキーと、ビニール袋の中の卵が潰れる音と、目から流れる涙が知らしめる。
僕は負けた。
儚く、綺麗な彼に、告げられた事が、黒い靄となって胸を覆う。
翔庸がちゃんと僕の事を好きだって自信が一気に崩れ去ってしまった。
最近会えなかったのは彼に会っていたからじゃないのか、とか。ある事ない事頭に浮かんでくる。
信じなきゃいけないのに。信じたいのに。
幸せだったのに。なんで、僕はこんなに弱いんだろう。
今はとりあえず一人で考える時間が欲しかった。
なんか前にもこんな事あったな、なんて考えながらふらつく足で図書室に向かっていると廊下の曲がり角の向こうから声が聞こえてきた。
なんだか嫌の予感がして近くの教室に隠れた。
声の主は角を曲がりさっきまで僕がいた廊下を歩く。
耳を澄ました。
「いたか?」
「いない。」
「翡翠さんは図書室に行くはずって言ってたよな」
「おう」
「ここら辺で待ち伏せでもする?」
「そうだな。」
「あー、早く捕まえてヤりてぇな」
「だよなー」
「でも大丈夫なのか?生徒会長の恋人だろ?集会で言ってたじゃん」
「翡翠さんが大丈夫って言ってたし、大丈夫だろ」
「じゃあ平気か」
「おうよ」
3人の男子生徒の声、それと耳に入ってきた信じがたい内容。
うそ、でしょ…
ヤる?僕を?
逃げないと…!
「じゃあここに入って待ち伏せするかー」
「いいねー」
まさか!こっち来る!?
ーガラッ
「あ?今なんか音しなかった?」
「マジかよ。変な事言うなって」
「俺も聞こえた」
「夜の学校とか怖すぎるだろー」
入ってきちゃった!!!
咄嗟に掃除用具入れに隠れたけど、探されたらすぐ見つかっちゃう!
それより、この人達翡翠さんって言ってた。
やっぱりあの人は僕の事嫌いなんだ。
それもそうだよね。僕なんかがあんなみんなの憧れの生徒会長と恋人だなんて。
でもこうやって人に頼んで僕の事をズタズタにするなんて。
見つかりませんようにと頭で何度も祈りながら目を瞑る。
教室では数人の男が歩き回っている。
…僕の事を探している。
見つかったら、襲われる。そんな事になったら、それこそ翔庸は僕の事嫌いになるかもしれない。誰かに汚された、汚い僕なんて。
そんなの、嫌だ。
「なんもなくね?」
「…絶対音したんだけど」
「風の音とかだろ」
「ビヒリー」
「うっせ」
男達は諦めて、椅子や机の上に座り談笑し始める。
良かった。でも油断は出来ない。この人達がいつまでここにいるか分からないけど、いなくなるまで僕はここにじっとしていなくては。
ぎゅっと目を閉じて祈った。
今度、翔庸に会ったら好きって言いたい。思えばあの図書室での件以来好きと言っていない。忙しかったっていうのもあるけど、恥ずかしかった。でも、そんな事で翔庸が離れていってしまうよりは全然良い。
どんなに釣り合わないって言われたって翔庸の事が好きなんだよ。
だから、どうか、見つかりませんように。
そう祈ればガタガタとなるドア。
「みーつけた」
満面の笑みが見えた。
祈りは届かなかったみたい。
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