小説 | ナノ


後日譚「 知らずのメロウ


 ハートの海賊団一行はとある島へと足を踏み入れていた。船員の誕生日が近く、そこへ丁度良く菓子類の貿易で発展している島へたどり着いたのだ。これ幸いと船長であるローが口角を引き上げるのを見たペンギンはひっそりと内心安堵の溜息を吐く。普段甘い物を好まず、ましてや船員とはいえ誰かに贈り物をするのを想像できない船長が率先して買い出しに行くと言い張ったのだ。いや、プレゼントを全くしないわけではないが、いつの間に買ったのだと思わせるほどひっそりと一人で買いに行って準備しているのだ。
 その船長が、だ。可愛いうちの航海士のためにお供を連れてその御御足をわざわざご足労すると言うのだ。きっと今日は一日機嫌がいい。付き添いを言い渡されたペンギンも必要以上に神経を張り詰めなくて良い。


「……しっかし、どこもお菓子屋が多いですね。これじゃあ何処で買うか迷っちまいますね」


 ペンギンとしては何処の店で買っても構わないのだが、きっと船員思いの船長は妥協を許さないだろう。現に彼は品定めをするように街を歩いている。


「こういうのは行列が出来ている店がいい。店の大きさは兎も角、多箇所展開している所は味が均一してはいるが飛び抜けて美味いわけじゃねェ。聞き込みが一番だろうが時間がかかる。箱を持っているやつのロゴも見ろよ」
「……あ、アイアイ……」


 彼は本気のようだ。戦闘の時以上の執念を見せ付けられてペンギンは気後れした。甘い物に関してはからっきしの二人が集まっても日が暮れるのでは、と懸命な部下は口にしない。
 様々な店が立ち並ぶ。特産品というものはなく、あらゆる国の菓子や創作菓子の品々に一種の芸術性と多様性が見受けられる。気候も安定していて作物や果実も島内で賄えるらしい。恵まれた環境化で発展した産業品に、素人目で見てもどこの店の菓子も美味しそうに見えるのだ。これでは一つに絞るのも頭を悩ませるかもしれない。


「……船長、彼処なんてどうでしょう」


 ただ街を練り歩くだけでは一向に決まらないだろう。一先ず提案してみるのも得策と判断したペンギンは一角の店を指差す。そこそこの大きさの店はテラスのイートスペースもあり、ワノ国の珍しい菓子も揃えているとかで賑わっていた。店の中は客や接客の店員が動き回り、店の外にも並ぶ列が出来ている。冷やかしだけでもするか、と気乗りしたローの一歩後ろを付いて店内に入る。ケーキの並ぶショーケースもあるが、右半分はワノ国独特の雰囲気を醸し出しており和菓子と呼ばれるワノ国のお菓子を販売しているようだ。物珍しさで買う客もいればリピーターのような懇意にしている客もいる。店員の接客態度も柔和なものだった。店内も広めに作られているが、売れ行きが好調なためか人が多い。
 割と好条件の店だ。これならローも満足するだろうと顔色を仰ぎ見ると、彼は何処か別の場所を見ていた。その視線を追えば、一人の男性店員を見ている。好青年を絵に描いたような外見で、バインダーを片手に忙しなく指示を飛ばしている。


「……ローレン、タルトはあとどれ位で焼きあがる?」
「二十分ほどです!」
「じゃあ、その間にレアチーズとブリュレ追加して。リアーナ、生菓子手伝ってやって」
「かしこまりました」
「イアン、ミルとレジ代わって。交代で休憩入ってね」
「はい!」
「ヨハンナ、今日は焼き菓子はストックで賄えるから包装のフォローに回って。期限が近いのはガレットだっけ?」
「あとブルーベリーのクイニーアマンも少し……」
「わかった、あとで売変する。ああマダム・ブネ、御機嫌よう。今日はオランジェット・カヌレが美味しいよ」
「御機嫌よう。いつもありがとうねぇ。今度うちの栗が選別し終わるから持ってくわね」
「本当? マダムのマロンはいつも好評頂いているから嬉しいよ。楽しみにしてる」


 穏やかに笑う青年の好印象は見ているだけのペンギンでさえとても気持ち良いものだった。今一度ローに視線を戻すが、彼は青年を未だ見ている。まるで品定めをしているかのような視線に、ペンギンは嫌な予感がした。


「……ニイナはん、ニイナはん」
「モクレンさん、どうしました?」
「さっきな、スミレから連絡が入ってお子さんが熱出したから来れないみたいなんや」
「分かりました。後で俺が和菓子のフォロー入ります。モクレンさんは餡子だけ炊出ししてください。和生は俺が作りますからそれ以外をお願いします」
「おおきに、ニイナはん」


 ころころと鈴のように笑うワノ国の着物を着た女性が去るのに合わせてローが感嘆の溜息をついた。彼の言う「和生」とはきっとワノ国スペースにある色取り取りの和生菓子と呼ばれるものだろう。繊細な造形と鮮やかな色彩は菓子だと言われるまで魅入ってしまうほどだ。ニイナと呼ばれた青年は人を使うのが上手いだけではなく、手先が器用らしい。


「ニイナ、戻った」
「店長、お疲れ様です」
「それで来月のプロモの話だが……」
「はい。粉物が値下がりするようなので焼き菓子を中心に展開してみますか?」
「そうだな、そろそろ秋物の果物が入ってくるし」
「先程マダム・ブネからマロン入荷の話を頂きました。マロン・フィナンシェやアップルパイ、葡萄のタルトなんてどうでしょう」
「バターの原価はどうだ」
「横這いですね。ムッシュ・サンシェーズに交渉してみます。宣伝も兼ねてここで広告することを条件にしてみるのもいいかもしれませんね」
「それがいい。頼むぞ。午後からは洋生のほうか?」
「ええ。和生のフォローしつつ、ですかね」
「君の作る新作はどれも美味しいからな。次も期待しているぞ」
「恐縮です」


 どうやら彼は店長ではなくチーフ的な立場のようだった。現場への的確な指示、個々のスケジュール管理能力、全てを満遍なく熟せる要領の良さ、企画の起案、営業力と愛想。更に好青年ときている。これは女と企業が放っておかないな、とペンギンは思った。そしていい加減彼を眺めて固まっている船長に声をかけようとした時、ローが動き出した。


「……おい、」
「いらっしゃいませ、ムッシュー。お困りですか?」
「ああ、頼みがある」


 ちらりと彼の視線がローの長刀へ向けられたが、気にした風もなく挨拶をするニイナにペンギンの好印象ポイントが上昇した。初対面の客に分け隔てなく接せるのは店員の鑑である。そしてローの行動を見届けるために未だ口を開くような不粋なことはしない。


「ちょっと耳に挟んだが、アンタ新作も作るのか?」


 ペンギンは思った。嘘つけ、ガン見してただろう、と。


「ええ……まあ。今はケースに並んでいませんが」


 申し訳ございません、少し前に好評頂き売り切れてしまって。とちょっと予想外の所からの問いだったらしく、困ったように一瞬眉を下げた青年が答える。


「これからまだ発表していない新作は作る予定はあるか?」
「今日はありませんが……新作の発表は商品陳列をもってお伝えしているので何時とはお教えできません。申し訳ございません」
「別に新作が欲しいわけじゃねェ。さっき言っただろ、頼みがある」


 ローの口端が悪どく歪む。それにペンギンは女が放っておかない前に船長の方が放っておかなかった、と内心独り言ちた。


「俺にケーキを作れ。金なら積む」
「……はい?」


 ペンギンは思わず青年と声が被りそうになった。丸く見開かれた目から驚愕を汲み取って、ローは面白そうに喉を鳴らして笑う。


「船長、先程の話聞いていたでしょう。彼は忙しいのに無茶振りもいい所ですよ」
「客の要望に応えるのが店員だろう」
「それ店員に嫌われる客層ぶっちぎり一位ですよ」
「ペンギン。今日の俺は機嫌はいいが、バラさないってわけじゃねェぞ」
「青年、悪いが頼めるだろうか。船長は甘いもの苦手でな」


 即座に手の平返したペンギンにニイナが更にポカンとしたが、その肩に手を置いたのは先程店長と呼ばれていた男だった。


「いいじゃないか、ニイナ。手が空くから洋生は俺に任せておけ」
「……店長、」
「今なら二号店店長就任の件、一先ず見送ってやるぜ?」
「少々お時間頂きますので、テラスの方でお待ちください。後程珈琲をお持ちします」


 此方もくるりと翻した。引き締まった表情で早口に捲し上げてから、ニイナは厨房に走っていった。取り残された店長に話を聞くと、二号店進出にさし当たりニイナをそこの店長にしようと打診をしているが悉くニイナに却下されているようだった。理由は今の仕事で間に合っているからだそうだ。仕事量は今より減るだろうが、これ以上昇格する気がなく離れるつもりもない。それに店長は手を焼いているようだ。


「まあ……勿論ニイナがいないとうちの店が回らないのも事実だ。それに、最近ニイナはスランプ気味なんだ。新店に踏み出せないのはそれも一因なんだろうけどよ」


 苦笑いを零して案内されたテラス席にローが座ると視線をペンギンに寄越す。そのコンタクトに頷きを返して、自船が停泊している船着場へと踵を返すのであった。
 店長のその何気ない愚痴とローの熱視線。二ヶ月前に奪取したベリーで足りるだろうか、とペンギンは独り言ちて甘い香りが漂う中に潮の空気を求めるのだった。





「お待たせいたしました」


 ペンギンが戻ってきてから三刻ほどが経った。四杯目の珈琲が冷める頃にニイナがシルバーのトレイを抱えて姿を見せた。ローとペンギンの前に並べられた皿に1ピースのケーキが乗る。ショーケースに並んでいなかったものだとローは記憶している。


「甘さは控えめです」
「……これは珈琲か?」
「ええ。スポンジに珈琲リキュールを染み込ませてワノ国の餡子を挟みました。上のグラサージュはブラックショコラです」


 トロリとした艶のある柔いチョコレートが光を反射している。下のスポンジから珈琲の香ばしい香りがして、間からはふっくら炊き上がった小豆が覗いていた。ワノ国と世界の常識を覆すケーキのようにペンギンは思えた。菓子の世界は深い。ローがシルバーのフォークでその一口を切り分ける。それを舌の上と運び、咀嚼をする。ペンギンも同じようなことを繰り返す。
 一言で言えば、美味かった。珈琲の風味が口内を占めてブラックショコラと共に苦味が舌で踊ったかと思うと、餡子の甘さがそれに混じり調和する。粒の残った柔らかい小豆がアクセントとなり、スポンジとは違った食感を生み出す。即行で作ったケーキにしてはなかなか考えられたものである。


「……悪くねェな」
「ええ、これならいくらでも食べられそうです」
「恐縮です」


 純粋に嬉しそうに笑うニイナ。それとは反対に完食した皿にフォークを置いたローが凶悪に笑ったのをペンギンは見逃さなかった。多めにベリーを持ってきてよかった。


「これはこのケーキの分だ」
「こんなに多く……頂けません」
「此方の無茶を聞き入れてくれた礼だ。それと……おい、店長」


 ジーンズの後ろポケットに捻じ込んでいた財布から一番高い金種のベリーを数枚抜いてローはニイナに渡した。それを仕舞う動作のついでに振り返って店長を呼ぶ。割と近くにいた店長は作業の手を休めてニイナの側に並ぶ。


「なんでしょう」
「これで、買いたいものがある」


 ローが顎でペンギンに合図するとテーブルに重たい袋が置かれてコーヒーカップを揺らした。それを札束だと気付いた店長が片眉を上げた。


「……店内にこんな高価なものはございませんが……」
「ここにあるじゃねェか」
「……え?」


 ローの指差す先にいたのはニイナだ。後ろや左右を見回すニイナだったが、ペンギンからの「人を指差すなんて行儀悪いですよ」と窘められた言葉に本当に自分が指名されているのだと気付く。


「……え、えっ! 俺は非売品ですよ!」
「だから交渉してんだろ。お前、二号店にいきたくねェんだろ? ならうちに来い」
「海賊にパティシエなんて聞いたことないですよ……!」
「待ってください、ニイナがいなくなったら二号店の店長が……」
「だからジーナに任せてくださいと何回も言っているでしょう! タスクマネジメントは出来ても俺は……悔しいですが彼女より技術はありませんし」


 ニイナの瞳が歯噛みをするように歪む。店長の言っていたスランプはニイナの中に浸透していた。彼もまたそれを自覚して未熟だと理解している。もしそれを理解できないまま驕るのならローの目に止まらなかっただろう。ローが上げていた口角を緩く下げて、満足そうな笑みを作る。


「なら俺が買っても問題ねェな。俺らは海賊で、世界を回る。一緒にいればてめぇの腕も上がるだろ」
「……それは、」
「それとも奪って欲しいか」


 俺たちは海賊だ。
 そう強気な台詞を吐くローにニイナの目が丸くなる。


「……俺が欲しいんですか」
「じゃなきゃこんな大枚叩いて買おうなんて真似しねェよ。選ぶ余地も与えた。後はお前が頷くだけだ」


 選ぶ余地なんてないじゃないですか。
 苦笑するニイナにローが喉を震わせて笑う。

 欲しいと思ったものは、奪う。それが海賊だという世の中の常識の中、ローは売買の法則を選んだ。今すぐ駆け抜けられる逃げ場も、言い逃れられる逃げ道もある。ローらしくない、詰めの甘さをいくらでも用意している。試しているのだ。己の手中に墜ちてくるのを。そして確信している。
 ニイナはゆるりと笑むと、その桃のような淡い色の唇を開いた。


「店長、俺の有給の話ですがーーー」





「…………そんなことも、あったなぁ」


 しみじみと吐息交じりに吐き出した郷愁と共に椅子の背を引いて座る。
 あれから引き継ぎや後処理のために三日三晩奔走した。あの時の地獄の日々はもう思い出したくもない。出航間際までシフトの制作に取り掛かっていた所を担がれて拉致も同然に乗船したのだ。そして初めて見たミンク族の白熊のためにバースデーケーキを作ったのである。それを終えると祝辞を述べる前に机に突っ伏して寝てしまったことも合わせて苦い思い出である。
 それからというものの、ニイナの仕事は専ら食事の用意だった。つまり、パティシエではなくシェフの立場である。ローに抗議をしたものの、いとも容易く非戦闘員のニイナはバラされたのであった。
 そしてニイナが一番不服だと思うことは、唯一の女クルーであるイッカクでさえ甘い物を好まないのである。ハートの海賊団はそこまで大きな海賊団ではないが、二十人もいれば一人くらい甘党がいてもいいはずだ。それなのに皆ケーキより酒のつまみである。これにはニイナも頭を抱えて、船員の誕生日には好物を作るとパティシエ形無しのことをしているのだ。最近、腕は磨かれるどころか燻んでいっているような気がするとニイナは思った。

 乗船してから約一年が経とうとしている。またベポの誕生日を祝う一月少し前の現在。横暴な我が船長の生誕のためにニイナはまた腕を振るっていた。目の前に聳えるウエディングケーキ並の高さのケーキ。今回は船員達の意向を受けて作成したものだ。お前らこんなに食べないだろうと零すと、雰囲気が大事だと乗せられたのである。いや、これはローも食べない。
 食堂の扉には「船長立入禁止」とベポ直筆の張り紙があり、中は船員達が気合を入れて飾り付けた。そして真ん中のテーブルにはニイナ作のケーキ。あまりに大きいので夜更けまでかかってしまった。欠伸を一つ零してそろそろ寝ようか、と目を擦った所で涙の膜以外の青い半円が侵入してきたのである。


「……張り紙があったはずですが」
「意味のねェことくらい知ってるだろ」


 扉の外で椅子が床に落ちる音がした。ニイナも一年もいれば急なシャンブルズに動じることもなかった。頬杖をついて眠そうな瞳を瞬かせる。反対にローの瞳は見開かれた。


「……なんだこれは」
「貴方のですよ。サプライズになりませんでしたがね」
「ここ数日コソコソしていたのはこれか。お前の方は徹夜みたいだがな」
「ええ。生クリームは長持ちしませんから」
「それよりこうも大きいと隠す方が難しそうだな」


 ニイナの隣の椅子に楽しそうに喉を鳴らして座るローは寝る予定だったのか、比較的ラフな格好で帽子は置いてきたようだった。朝イチのサプライズは彼のためではなく、驚かない船長に驚く船員達へのものへとなったようだ。溜息をついたものの、一番に見てくれてよかったと思ったのも事実だ。


「あ、ダメです。食べちゃだめ」
「俺に命令するな。大体これは俺のなんだからいつ食おうが俺の勝手だろ」


 徐に立ち上がったローがその顔を特大ケーキに近づけたかと思うと、大きく口を開いたためニイナは慌ててそれを止める。不機嫌な瞳を寄越されても怯まなくなったのはいつだろう。


「だからってそれはワイルドすぎます」
「汚れるだろ」
「フォークを使おうという発想はないんですか。ああもう……そんなに食べたいならちょっと待ってください」


 本当は明日渡すつもりでしたが、と一度キッチンの影にニイナが隠れたかと思うと戻ってきた時にはフォークと皿を持っている。その皿の上に乗っているものは見覚えがある。珈琲リキュールが染み込んだスポンジ、ふっくらと炊き上がった餡子、艶のあるブラックショコラのグラサージュ。ニイナを引き入れるための口実に作らせたケーキだった。ローはそれを強く覚えている。
 あれ以来船員達が望まなかったため、ケーキを作らなくなったニイナをパティシエだと忘れそうになる。たまに自分で作って消費することはあれど、誰かに作ったりするのはあの航海士の一件以来見ていないのだ。気分が高揚するのが分かる。三日月に歪むその口元を隠せる帽子はない。


「……懐かしいな」
「ええ。覚えてて頂いたようで嬉しいですよ」
「最近までお前がパティシエだということをすっかり忘れていた」
「ちょっと……話が違いますよ!」
「俺はお前を買ったが契約はしてねェ」
「だからってシェフ扱いしないでくださいよ……!」
「お前の飯が美味いのが悪い」


 懐かしい味が口内と脳に蘇る。餌を待つ動物のように舌舐めずりをする。
 自分は割と奔放な性格で他人を縛るような真似はしないと思っていたが、自分のためだけの、自分だけが知るケーキ。それを彼もまた特別だと思って作ってくれたことへ、一種の優越感のようなものが生まれる。いや、優越感だけではない。言い様のない感情が胸中に波紋を広げる。


「お誕生日おめでとうございます、船長」
「……感謝する、ニイナ」


 ニイナが持ってきたフォークを差し出してもそれを手に取らず、噛み付いたケーキはあの時と同じ味がした。ローは唇に付いたショコラを舐め取るが、端に付いたものに気付いたそれをニイナの指が掬う。


「行儀が悪いですよ」
「海賊に行儀を求めるなんざお門違いもいい所だ。というか、これは俺のだろう。お前まで食うな」
「俺が作ったんですよ。それに、俺もこれも貴方のものです」


 もう一度そのケーキへと噛み付こうと開けた口が、ニイナの言葉で静止させられる。反対側を持っていたフォークでニイナが削っていくのをただ見つめていた。狭められた思考で先ほどの言葉を反芻しながら、溶けることのない文章の意味を探る。なぜ、そんなことをするのだろう。彼の言うことは事実だ。ローの為に作ったケーキはローのものであるし、ニイナは自分の部下なのだからローのものだとそう言うのは当たり前である。だからこそ解せないのは、そのニイナの言葉の真意を探ってしまう己の意図が理解できないのだ。


「船長? 食べないんですか?」


 声に一つ瞬きを落として、目の前に差し出された一欠片の意味を理解して何も思わず食らいつく。その瞬間に霧散してしまった思考を、利口なローにしては珍しく再び纏めるようなことをしなかった。
 記憶のものと相違ないそれを味わい、飲み下した先に芽生えた感情は知識としてとうの昔から知っていた。その症例に罹患している事に今しがた気付いただけだった。もう少し経過観察した方が得策かもしれない。
 ニイナは船長に対してこんなことをしてしまっても良いのかと一瞬身構えたが、ローはそれを止めもせず、むしろまた食わせろとばかりに口を開いた。それに笑ってニイナはフォークを差し込む。ケーキはあと半分ほどを残し、夜はまだ明けない。


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