陰る月に愛を | ナノ


私の世界は止まったまま


「―――かぐや姉様!よかった…あまりに遅いので道中何かあったのではと心配していたのですよ」
「ご、ごめんなさい。珱姫」

部屋に入るなり怒りの声を上げた彼女は“あの”珱姫だ。絶世の美女であり、どんな病や怪我も治す不思議な力を持った本人そのもの。
二年ほど前、珱姫が“京で噂のかぐや姫様と話してみたい”と言ったことがきっかけで、二人は出会い、今ではもう本当の姉妹のように仲が良くなっている。
その力のせいで外に出られない珱姫に会うため、かぐや姫はこうして頻繁によく彼女の下へと足を運んでいるのだ。

「珱姫、そんなに怒ってるとかわいい顔が台無しよ。あ、今日はスイートポテトを作ったの」

はい、とスイートポテトを取りだし珱姫の手に乗せる。すると香ばしい匂いに負けたのか、はたまたかぐや姫の笑顔に負けたのか、珱姫は表情を緩めてそれを食し始めた。

「(ああもうなんてかわいいのこの子…!)」

嬉しそうに何度も美味しいと言って食べる珱姫に悶えるかぐや姫。

「かぐや姉様が作ってくださる甘味は本当に美味しいです!」
「ふふ、よかった。今度は何を作ろうかしら?」

何か食べたいものがあるか、とかぐや姫が尋ねると珱姫は目を輝かせ、「くっきーが食べたいです!」 と声高々に叫んだ。

いや、別に全然構わないけれど…また?つい最近も食べたのに。

「珱姫は本当にクッキーが好きなのね」
「はい!ですが、珱姫はどーなつも好きです」
「そう。なら今度はクッキーとドーナツを作ってくるわ」

かぐや姫がそう笑うと、珱姫はたちまち無邪気な笑顔を浮かべ喜ぶ。その様子を見てかぐや姫は改めて安堵した。

彼女がこうして頻繁に珱姫の下に足を運ぶのは、ただ会いたいからという理由だけではない。彼女の心を守るためでもあるのだ。


―――とても、優しい人だったらしい。

娘思いの、至って普通の父親。だが、そんな父親も金に目がくらんで人が変わってしまった。
珱姫は人々のために力を使うことに異論はなかったが、ただ彼女が病を治してやれるのは多額の金額を払える人々だけだったのだ。貧しい者は決して話を通さない父親に、心優しい珱姫は日々 胸を痛めている。

さらに大事な金儲けの道具に何かあってはいけないと外へも出してもらえない現状だ。それでストレスが溜まらないはずがない。
故にかぐや姫は、少しでも珱姫に癒しの時間を、と会いに来ているのだ。

いつも珱姫は楽しみにしてくれている。大好きな甘味と自分が知ることの出来ない外の世界の話。そしてもう一つ、

「かぐや姉様!今日もお歌を歌ってくださいな」

―――かぐや姫の歌だった。

かわいい妹分の頼み。かぐや姫はいつものように笑顔で了承した。

昔から歌が好きだった。もう二度とあの世界の歌を聴くことは叶わないけれど、歌うことは出来る。
(例えそれが、どれほど未練がましいことだとしても…)

静かに目を閉じる。スウッ、息を吸ってかぐや姫は今日もまた、二度と帰れぬ愛しい世界に想いを馳せながら、美しい声を響かせた―――…


「かぐや姉様は本当にお歌がお上手ですね!」

パチパチパチと、大絶賛してくれる珱姫にかぐや姫は少し照れたようにはにかむ。またその表情が美しく、珱姫は熱に浮かされたようにほぅっと息を吐きだした。

「どうかした、珱姫?体調が優れないの?」

首を傾げ、心配そうに身を案じるかぐや姫にたまらず珱姫はガバッと抱きついた。

「珱姫はもうかぐや姉様が居れば満足でございます!殿方などいりません!」
「は、え?い、いきなり何の話?」

珱姫の唐突すぎる言葉に本気で首を傾げたくなるかぐや姫。え、本当に大丈夫なのこれ?まさか力の反動で何か脳に異常が!?
などと若干失礼な心配をしつつも、とりあえず抱きついてくる珱姫がかわいいので頭を撫でてやる。
かわいいかわいい私の義妹。本気でもうお嫁にあげたくない。…あの人にあげたくないなぁ。銀髪の彼を思い浮かべながら、近々くるであろう未来に思いにふける。

そして頭を撫でられたことを喜んでいる珱姫もまたかぐや姫と似たようなことを考えていた。

日本一お美しく、お歌もお料理もお上手で、とても心優しいかぐや姉様。まさに女性の鏡であるかぐや姉様ですもの。きっと数えられないほど縁談のお話が来られているはず。…冗談ではありません!!そんな、そんな不逞な輩に…っ

「かぐや姉様は絶対に渡しません!!誰にも!」
「ちょ、ちょっと珱姫!?何の話か知らないけどキャラが崩れてきてる!」
「かぐや姉様はずっと、ずーーっと珱姫だけのお姉様でいてくださればいいのです!」
「え、なにそれ独身強制決定?」

あれ?最近なんだか同じようなことをお父様と従者たちからも聞いたような…
どうやらかぐや姫の周りの者たちは誰も彼女を嫁がせる気はないらしい。

「その心配はないと思うわよ珱姫。お父様もあなたと同じ考えみたいだから無理に嫁ぐこともないでしょうし。…何より私が」

―――誰とも夫婦になるつもりはない。誰も愛すつもりはないから。

「かぐや姉様?」
「…ねえ、珱姫。愛する人を置いて逝くことと、愛する人に置いて逝かれること。一体どちらの方がツラいのかしらね」

窓から覗く朱く染まり出した空を見つめ、小さく問いかけられた言葉。愁いを帯びたその美しい横顔に珱姫は言葉を発することができなかった。

答えは出ぬまま、浮き世の姫はたった独り違う世界に想いを馳せ続ける。
彼女は気付いていない。己の立ち踏みしめている地面が、小さな衝撃一つで崩れてしまうほど薄く脆いものだということに――

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