快楽を呼ぶ悪魔
05
――……
追試は、自分で言うのもなんだけど、結構・・・できた。
……よかったあ。
これも、ヒロ兄のおかげだね。
先生に頭を下げて、あたしは学校を出た。
「……行くんだろ?」
校門を出た瞬間、低い声が聞こえる。
……紳だ。
校門に寄りかかって、あたしのことを見つめる。
「……ん、」
あたしは、小さくうなずいた。
昨日、ヒロ兄にメールをした。
補習が終わって、午後4時に駅前のスタバで、話があるって。
……そこで、あたしも好きだったってこと、伝える。
「行って来い。……がんばれよ」
「う、うん……」
紳は、あたしが頷くのを見届けると、くるっときびすを返して、駅とは反対方向に向かって歩きだした。
・・・あたしは、一度首を左右に振ってから、駅に向かって駆け出す。
昨日から、もやもやは消えていない。
でも、これ以上の道が見えない。
ヒロ兄のもとへ・・・ずっと片思いしてた人の元へ走っていく以外の道が見つからない。
走るような時間じゃない。
でも、雑念を消したくて、あたしは走り続けた。
そうしないと・・・余計なこと、考えちゃうから。
好き、の意味を考えたら・・・。
同時に、気付いてはいけないことに、気付いてしまいそうだから……。
**********
「あ、あずみ!こっち・・・!!」
駅前のスターバックス。
約束の時間の10分前に、あたしはお店のドアを開けた。
開けた瞬間、窓際の席からヒロ兄が手を振る。
「ひ、ろにい・・・」
はあ、って息をつきながら、あたしはヒロ兄の正面の席に、腰かけた。
「なんだよ、走ってきたのか?大丈夫か?」
「う、ん・・・だい、じょぶ……」
まさか、深く考えたくなかったからなんて言えない。
あたしは、ヒロ兄が差し出してくれたお水を一気に飲み干した。
それから、ふうっと息を吐く。
よし。
言わなくちゃ・・・。
あたしの気持ち、伝えなきゃ。
「・・・あの。あのね……あの……、」
一呼吸ついてから、あたしは口を開いた。
でも、どもっちゃってうまく言葉が出ない。
「うん」
ヒロ兄は、うんうんって頷きながら話を聞いてくれる。
「あのね。ちっちゃいころからね、あたし、ね……」
「うん」
「あたしね、あの……ちっちゃいころからね……」
「うん、うん」
あーっ、もう!!
ちゃんと話さなくちゃ!
「あのね、あの・・・ヒロ兄がね、あのね……」
「……あずみ、俺と付き合って?」
あのねと、あたしね、しか言えない、情けないあたし。
それを見かねたヒロ兄が・・・言った。
「・・・は、はいっ。よ、よろしくお願いします・・・」
こくん、
助け船を出してくれた、ヒロ兄。
あたしは、ゆっくりうなずいた。
「……まじで!?」
しばらくして、ヒロ兄が椅子から立ち上がって、言った。
ガタン、という派手な音が、店内に響く。
「………ん、」
あたしは、こくんと頷いた。
あたしも、ちゃんと言わなきゃ。
「あたしも、ずーっと前から……ヒロ兄が、好きだったからっ」
「……まじ、かよ」
ヒロ兄が、椅子に崩れるように座った。
「よかった。……だめかと、思ってたんだ」
ヒロ兄が、薄く笑う。
「だめなわけ、ないっ……」
あたしも、ヒロ兄に笑い返した。
だめなわけないよ。
あたしが好きなのは、ヒロ兄だもん。
ヒロ兄、だもん……。
もう、あとには戻れない。
あたしは、ヒロ兄を選んだんだ。
ヒロ兄は、あたしの手をぎゅっと握った。
「大切に、するから。今まで以上に、お前のこと大事にする」
ヒロ兄の、そんな言葉が嬉しくて、あたしは笑った。
今も、すごく大好きなんだもん。
もっともっと一緒にいられるようになれば、もっともっと好きになるはずだよね。
「うん。……よろしくお願いしますっ」
こうして、あたしはヒロ兄と……。
ずっと大好きだった幼馴染と、付き合うことになった。