快楽を呼ぶ悪魔 | ナノ

快楽を呼ぶ悪魔

09


ぶわって、視界が大きく歪んだ。


「触んないでよ!……っ、紳のばかあっ!」

「…………っ、」


紳が額をくっつけたまま、顔をしかめた。


「なんで首輪なんか、つけたの!?なんで・・・あたしなの!?」

「……最初は、本当に・・・きまぐれだったんだ。……悪い、」

「ばかっ!なんでっ……」

「本当に・・・すまない……」


紳の手が、あたしの髪の毛をすくう。
空いている方の手が、あやすようにあたしの背中を動いた。


「ばか・・・、紳のばかっ……」


紳の顔が、すっごくつらそうで……。
でも紳への罵倒が抑えきれない。


紳は悪いとか、ごめんとか言いながら、あたしの言葉にいちいち頷いた。
なんでか……それがまた許せなくて、あたしは罵りの言葉を浴びせ続けた。


「ばか、あっ・・・っく・・・ひ、っく、」

「ああ。・・・ごめんな……」

「紳の、ばかっ!……最低っ!悪魔・・・っ!!」

「ん。……悪かった。頼むから……泣くな」





泣き続けるあたしを、紳はいつまでもあやし続けた。
あたしは紳にしがみついて、この2日間の辛かった気持ちとか、全部紳にぶつけたんだ。











**********


「本当に、きまぐれだった。ただの、暇つぶしだったんだ。……魔界から、いろんな男が欲望の目で見ている女を探した。それが、お前だった」

「…………っ、」


涙が枯れるくらい泣き続けたあたし。
落ち着いたころ、紳がぽつぽつ話し始めた。


「襲われてるお前を見て、はじめは……楽しんでた」

「…………っ」

「悪い。……それで、傍でお前を見ていたくなった。1回きりで済ますのが惜しくて……。だから昨日、最終段階で時間を止めた」


そうしないと、解除されちゃうから。


「でも、襲われても尚、あの二人の心配するお前を見て……。なんつうか、むしろほかの男に抱かせたくなくなったんだ。だから、首元を隠せばいい、とか言った」

「…………?」

「お前は、思っていたよりずっと・・・まっすぐ、すぎたんだ」

「まっすぐ・・・?」

「…………なんでもない。そんな感じだ」


どんな感じ?
・・・よく、わかんない。まっすぐ?


「まあ・・・。それは、いい」


紳が、口元を手で覆った。
心なしか、頬が赤くなっている。





「……あずみ、」


紳が、あたしの名前を呼ぶ。
まっすぐな視線に、あたしは怯んだ。
紳の目は・・・強すぎる。





「……俺が、お前を守ってやる」

「へ?」


言葉の意味が理解できなくて、あたしは聞き返した。
悪魔が……人を、守るの?


「お前が……本当に、繋がりたいやつと出会えて、繋がれる日が来るまで……。俺は、お前の傍から離れない。……まあ、だから学校にもぐりこんだんだけどな」


紳が下を向いて、ははって笑った。


……学校に来たのは、あたしのためだったの?





「俺は、人間になっているとき、著しく魔力が低下する。すぐに、お前を助けに行けないんだ」

「う、ん……」


「だから、俺から離れるな。ずっと、俺の傍にいろ」


「…………っ、」


照れてる場合じゃないよね……。
そういう意味じゃないんだから。
でも、急にこんなこと言われたら……。
嫌でも、照れちゃうよ。
そうじゃなくても、紳って顔だけはいいんだから・・・。





「う、ん……」


あたしは、声を絞り出した。
その言葉を聞いて、紳は少しだけ、悲しそうな顔をした。


「ん。……だからもう、泣くな」

「うんっ・・・」





問題が、解決したわけじゃないけど……。
少しだけ、気持ちが楽になった。


と。
あたしは、もうひとつ紳に聞いてないことがあったのを思い出す。
不思議で、聞きたいけど……なんだか、聞きにくいこと。
なんで……?なんで、紳は……





「なんで・・・キス、したの?」


言葉に出した瞬間、恥ずかしくなって……あたしはうつむいた。


「……わからない」


紳が、ぽつんって呟く。


「なんか……したかった。……なんだか、無性に触れたくなった」

「なんで……?」

「わからないって、言っているだろ」


紳が顔を赤くして……ふいって横を向いた。


「……じゃ、じゃあ・・・なんで紳の手ってそんなに冷たいの?氷みたいだよ」





なんだかあたしまで恥ずかしくなってきた。
話題をそらしたくて、あたしは紳の手を握りしめて尋ねた。
ほんとに、冷たい手。
あたしは、両手で温めるように包んだ。
だって、血が通ってないみたいな冷たさなんだもん。
大丈夫だとは思うけど・・・なんだか、変に心配してしまう。


でも、問いかけた瞬間、紳は目を少し開いて・・・。
それから、すっと視線を落とした。





「……俺が悪魔で……あずみが人間だからだ」


紳は、そう言うと、ばって手を引っ込めた。
冷たさが、あたしから離れる。


「そっかあ」





紳は、やっぱり人間じゃないんだね。











紳は、自分の中の感情がわからないでいた。
あずみを泣かせたくないと思いつつも、自分以外の男に抱かれたくはない。
そしてなにより……あずみが人間で、自分が悪魔だということが、この上なく悲しかった。





自分は、何をしたいんだろう・・・。
自虐的に笑って、紳はその気持ちを、心の底に押し込めた。



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