快楽を呼ぶ悪魔
09
ぶわって、視界が大きく歪んだ。
「触んないでよ!……っ、紳のばかあっ!」
「…………っ、」
紳が額をくっつけたまま、顔をしかめた。
「なんで首輪なんか、つけたの!?なんで・・・あたしなの!?」
「……最初は、本当に・・・きまぐれだったんだ。……悪い、」
「ばかっ!なんでっ……」
「本当に・・・すまない……」
紳の手が、あたしの髪の毛をすくう。
空いている方の手が、あやすようにあたしの背中を動いた。
「ばか・・・、紳のばかっ……」
紳の顔が、すっごくつらそうで……。
でも紳への罵倒が抑えきれない。
紳は悪いとか、ごめんとか言いながら、あたしの言葉にいちいち頷いた。
なんでか……それがまた許せなくて、あたしは罵りの言葉を浴びせ続けた。
「ばか、あっ・・・っく・・・ひ、っく、」
「ああ。・・・ごめんな……」
「紳の、ばかっ!……最低っ!悪魔・・・っ!!」
「ん。……悪かった。頼むから……泣くな」
泣き続けるあたしを、紳はいつまでもあやし続けた。
あたしは紳にしがみついて、この2日間の辛かった気持ちとか、全部紳にぶつけたんだ。
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「本当に、きまぐれだった。ただの、暇つぶしだったんだ。……魔界から、いろんな男が欲望の目で見ている女を探した。それが、お前だった」
「…………っ、」
涙が枯れるくらい泣き続けたあたし。
落ち着いたころ、紳がぽつぽつ話し始めた。
「襲われてるお前を見て、はじめは……楽しんでた」
「…………っ」
「悪い。……それで、傍でお前を見ていたくなった。1回きりで済ますのが惜しくて……。だから昨日、最終段階で時間を止めた」
そうしないと、解除されちゃうから。
「でも、襲われても尚、あの二人の心配するお前を見て……。なんつうか、むしろほかの男に抱かせたくなくなったんだ。だから、首元を隠せばいい、とか言った」
「…………?」
「お前は、思っていたよりずっと・・・まっすぐ、すぎたんだ」
「まっすぐ・・・?」
「…………なんでもない。そんな感じだ」
どんな感じ?
・・・よく、わかんない。まっすぐ?
「まあ・・・。それは、いい」
紳が、口元を手で覆った。
心なしか、頬が赤くなっている。
「……あずみ、」
紳が、あたしの名前を呼ぶ。
まっすぐな視線に、あたしは怯んだ。
紳の目は・・・強すぎる。
「……俺が、お前を守ってやる」
「へ?」
言葉の意味が理解できなくて、あたしは聞き返した。
悪魔が……人を、守るの?
「お前が……本当に、繋がりたいやつと出会えて、繋がれる日が来るまで……。俺は、お前の傍から離れない。……まあ、だから学校にもぐりこんだんだけどな」
紳が下を向いて、ははって笑った。
……学校に来たのは、あたしのためだったの?
「俺は、人間になっているとき、著しく魔力が低下する。すぐに、お前を助けに行けないんだ」
「う、ん……」
「だから、俺から離れるな。ずっと、俺の傍にいろ」
「…………っ、」
照れてる場合じゃないよね……。
そういう意味じゃないんだから。
でも、急にこんなこと言われたら……。
嫌でも、照れちゃうよ。
そうじゃなくても、紳って顔だけはいいんだから・・・。
「う、ん……」
あたしは、声を絞り出した。
その言葉を聞いて、紳は少しだけ、悲しそうな顔をした。
「ん。……だからもう、泣くな」
「うんっ・・・」
問題が、解決したわけじゃないけど……。
少しだけ、気持ちが楽になった。
と。
あたしは、もうひとつ紳に聞いてないことがあったのを思い出す。
不思議で、聞きたいけど……なんだか、聞きにくいこと。
なんで……?なんで、紳は……
「なんで・・・キス、したの?」
言葉に出した瞬間、恥ずかしくなって……あたしはうつむいた。
「……わからない」
紳が、ぽつんって呟く。
「なんか……したかった。……なんだか、無性に触れたくなった」
「なんで……?」
「わからないって、言っているだろ」
紳が顔を赤くして……ふいって横を向いた。
「……じゃ、じゃあ・・・なんで紳の手ってそんなに冷たいの?氷みたいだよ」
なんだかあたしまで恥ずかしくなってきた。
話題をそらしたくて、あたしは紳の手を握りしめて尋ねた。
ほんとに、冷たい手。
あたしは、両手で温めるように包んだ。
だって、血が通ってないみたいな冷たさなんだもん。
大丈夫だとは思うけど・・・なんだか、変に心配してしまう。
でも、問いかけた瞬間、紳は目を少し開いて・・・。
それから、すっと視線を落とした。
「……俺が悪魔で……あずみが人間だからだ」
紳は、そう言うと、ばって手を引っ込めた。
冷たさが、あたしから離れる。
「そっかあ」
紳は、やっぱり人間じゃないんだね。
紳は、自分の中の感情がわからないでいた。
あずみを泣かせたくないと思いつつも、自分以外の男に抱かれたくはない。
そしてなにより……あずみが人間で、自分が悪魔だということが、この上なく悲しかった。
自分は、何をしたいんだろう・・・。
自虐的に笑って、紳はその気持ちを、心の底に押し込めた。