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子守りはおしまい


なんか……聞いちゃいけないことのような気がする。っていうか、聞きたくない・・・気がするの。
オレが知らない、センセたちとリッちゃんの話なんか。それに、オレが絡んでくる話なんか、なおさら。

でも、オレはそこを動けなかった。
宿題・・・出さなきゃいけないし、リッちゃんのこと話してるし……なんていろいろ頭の中で言い訳はしているけど、結局はさっきのセンセたちの言葉がオレをこの場から動けなくしてしまったんだと思う。


「やはり、いくら問題児とはいえ学校から留年者を出すのはちょっとまずいですからねぇ」

「まぁ・・・そうですよね。査定にも響きますし……」


問題児って……オレのこと、だよねぇ?
うちのクラスで、留年しかけてるのなんてオレくらいだし……。


「ですが、永瀬くんきちんと学校に来るようになりましたし……授業にもついて来られていますよ。昨日提出の数学の宿題も……あら、出してないわ」


鈴木センセが、手元の名簿を見ながらはぁ、と息をつく。
宿題・・・宿題、持ってきたよぅ。でも、オレ今足が動かないの。そっち、行けない……。


「授業も・・・どうやら、里中が放課後勉強に付き合っているようです。まったく、そこまでやってくれるなんて……感心した子ですよ。永瀬とは大違い」

「佐藤先生が頼んだんでしたっけ? 里中さんに、永瀬くんのこと」

「えぇ。結果オーライとはいえ、里中には本当に申し訳ないことをしました。一応、大学の推薦状に今回の件も加味する・・・という報酬はつけましたが……」

「あら、ひどいですねぇ佐藤先生も。もとから、里中さんの成績なら推薦状を書かないわけないじゃないですか」

「まぁ・・・そうなんですけどね。だから、里中には本当に申し訳なくて……。でも、やっぱりそろそろ厄介ごとからは身を引かせましょう。里中の学園生活の邪魔になるといけませんから」

「でも、永瀬くんってば相当里中さんに懐いていますよ?」

「それが問題なんですよねぇー」


も、無理。これ以上聞いちゃったら、泣いちゃうよオレ。

オレは、廊下に置いてあった提出BOXに宿題のノートを投げ入れると、センセたちに気づかれないように職員室を離れた。

センセたちに、怒りを感じる。だって……佐藤センセ、リッちゃんのこと騙した、んだよね? 元から書く予定だったスイセンジョーを交換条件にして、ガッコにこないオレのこと押し付けたんだもん。
でも……センセたちへの怒りより、オレの心の中は悲しみでいっぱいだった。
自分が「厄介ごと」扱いされていたことじゃない。そんなのは、うすうすわかってたもん。そんなことより……、


「……そっかぁ。リッちゃんがうちに来てくれたのって・・・報酬があったから、なんだぁ・・・」


あんまり、考えてなかった。今まで……なんでリッちゃんが、オレのこといっぱいいっぱい助けてくれるのか。
考えても理由なんてわからなかったし・・・とにかく、オレは「リッちゃんはすごいなぁ、優しいなぁ」ってそんな言葉だけでそれを片付けて、深く考えようとはしなかったんだ。
でも、センセたちの言葉で、その理由がわかってしまった。佐藤センセがリッちゃんにお願いして……そんでもって、それに対する報酬を出していたからなんだ。


「ご、めんなさい・・・リッちゃん」


泣きそう……。
じわりと目が熱くなってくるのがわかって、オレは慌てて目をぐいっと拭った。
リッちゃんにとって、オレは厄介者で……そんでもって、リッちゃんが進もうとしている道に対する邪魔者、なんだ。
オレが、リッちゃんに対していい影響を与えているだなんて、もちろん考えてもみなかったけど、そこまで悪い影響を与える存在だったなんて、思ってもみなかった。……たぶん、考えることをやめていたから気がつかなかっただけなんだろうけど。

それなのに、リッちゃんの優しさに甘えきって、カズちゃんと仲良くしてなんてわがまま言って、朝迎えに来てくれることも当然のようにお願いして……。
どうでもいいじゃんね。リッちゃんからしたら、オレにやりたいことができたとか・・・ホントびっくりするくらいどうでもいい話しじゃん。それなのに、「後のお楽しみ」とか言っちゃって。……もう、オレって本当にバカ。わかってたけど、ちょーバカ。バーカバーカ。

センセたち、言ってたなぁー。
オレがリッちゃんに懐いてるのが問題だって。そりゃ、懐いちゃうよ。
だってリッちゃん、ちょー優しくて、キレイで、オレが知らないことをいろいろ教えてくれて……。スーパーマンみたいだもん。ついつい甘えちゃうよ。
でも……そうだよねぇ。もう、終わりにしたほうがいいんだろーな。中間テストも近いし。進ちゃんも言ってた。リッちゃんは入学以来ずーっと学年1位をキープしてるって。オレなんかにかまけている暇があったら、リッちゃんはリッちゃんの勉強をしたほうがいいに決まってるもんね。


「うぅ・・・ぐすっ」


半べそかきながら、廊下をとぼとぼと歩く。まだ少し早い時間だからか、人影はまばらだ。
そうじゃなかったら、さすがに高校2年生がガッコでべそなんてかけないよぅ。


「……永瀬、くん?」

「へぁ!?」


自分のバカさ加減とか・・・その他もろもろのせいで、心の中は悲しい気持ちでいっぱいだ。
前も見ずにとぼとぼと歩いていると、ふいに正面から聞きなれた声がした。視線を上げると……リッちゃん。


「どうされたのですか? 職員室、行かれました?」

「あ、・・・う、うんっ」

「永瀬くん・・・? 目、真っ赤ですよ?」

「ふぇ・・・。か、花粉症・・・なんだよぅ。……それより、リッちゃんどったの? 挨拶、しなくていいの?」


なんとかごまかして目をごしごしと拭う。泣いてるところ、一番見られたくない人に見られちゃったよぅ。
リッちゃんは、まだ少し不思議そうな顔をしつつ、「えぇと」と口を開いた。


「急に、佐藤先生に呼ばれたんです。お話があるとかで」

「佐藤、センセ・・・?」


どきん、と。心臓がいやな音を立てる。
このタイミングで挨拶運動中のリッちゃんを呼び出すなんて……頭の悪いオレでもわかる。オレとのこと、話すつもりだ。
ご苦労様って。もう、オレの面倒見なくていいよ、って。


「永瀬くんのご報告は、また後で伺いますね。お話、まとまりました?」

「あ、あ・・・あのっ」

「……? 本当に、どうかされたのですか?」


リッちゃんは、心配そうにオレの顔を覗きこんでくる。

も、やだ。やだやだ。
リッちゃんはこれから職員室に行って……そしたら、オレとリッちゃんを繋ぐ糸はぷちんと切れる。
頭のどこかで、「リッちゃんはそんな人じゃない」って叫ぶオレがいた。だけど、オレの心はとにかくネガティブな心に侵されていて……怖いんだよぅ。職員室から帰ってきたら、リッちゃんが話も聞いてくれなくなりそうで……怖いの。

だから。怖いから、オレはずるいことを考えた。
リッちゃんから手を離される前に・・・オレから、手を離しちゃおうって。


「……や、やっぱりいい。ダイジョブ」

「え?」

「うそ。朝言ったの、うそだから。報告することなんて、ないから」

「うそ? でも、楽しみにしててって・・・」

「だから、それ全部うそ。そんなのない。リッちゃんに言うことなんか、なにもない」


ふるふると首を振りながら言うと、リッちゃんはきょとんとした顔をしてオレを見た。
オレ、ホントうそつくの下手だなぁ・・・。もっと、リッちゃんが不安にならないような言い方、したいのに。


「あと、今日から放課後のべんきょー会もなしでいいよぅ。朝も、迎えに来なくていい」

「な、ぜですか?」

「もう、オレひとりで全部できるから。リッちゃんいなくても、ダイジョブだから」

「あの、永瀬くん」

「っ、」


リッちゃんが、うつむいたまま言葉を述べるオレの手にそっと触れた。
けど、オレはその手を思わず振り払ってしまう。……怖かったんだもん。踏み込まれて・・・挙句に、そっぽ向かれるのが。
リッちゃんは、振り払われた手を見て、一瞬ものすごく悲しそうな顔になった。ど、どうしよう・・・!


「あ、・・・す、すみません」

「ご、ごめんねぇ。……えっと、そういうことだからぁ。オレ、もうひとりでダイジョブだから、リッちゃんもリッちゃんのガッコ生活を送ってくださいってことで! ……今までありがとねぇー」

「あ、あの・・・永瀬くん!」

「しょ、職員室・・・行って? 佐藤センセ、きっと大事な話があってリッちゃんのこと呼んだんだよぉー」


もう、リッちゃんの顔を見ることが出来なかった。
なんだろ? なんでオレこんな……こんな、怖いんだろ。

「来るもの拒まず、去るもの追わずなそーちゃん」って言われてた。
よく意味はわからないんだけど……執着しない?っていう意味なんだって。
でも、リッちゃんが自分から去っていくのが、ホントに・・・怖くて仕方なかった。でも、よくよく考えたらオレの存在ってリッちゃんにとって邪魔者以外の何者でもなくて・・・。
だから、離れた。捨てられる前に、その手を離した。


「うぅ・・・も、やだっ」


リッちゃんの悲しそうな視線から逃げて、オレは廊下をダッと走った。
目の前に「廊下は走るな」って書いてあるけど……知らないもん、そんなの。センセのバカーっ!


「リッちゃん・・・リッちゃん、ごめんなさい。ごめんなさいっ」


悲しい想いをさせたことも、いままで邪魔者がべったりまとわりついていたことも……。
全部、全部ごめんなさい。

オレは、謝罪の言葉を何度も口にしながら、教室までの道をひたすら走った。






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