おべんきょー会 in おうち!
ガッコに行くようになってから3日後、兄ちゃんが海外出張から帰ってきた。 兄ちゃんは、オレがガッコ行かないで遊んでるんじゃないかって心配していたらしくて……。オレが真面目にガッコに通って、しかも放課後べんきょして帰ってきてるって知って、ちょー喜んでた。 ……ギリギリセーフだったよぅ。リッちゃんホントありがとう!
つまり、なにが言いたいかっていうと、兄ちゃんがいるから部屋がきちんと片付いてるってことねん。 兄ちゃん帰宅前は、遊びに来てくれる女の子が片付けてくれてたんだけど、いまは散らかすと兄ちゃんが怒るから、定期的にお片づけしてるの。
「いらっしゃーいっ。あがってあがって♪」
「はい、ありがとうございます」
「いいよぅ、靴とか揃えなくて。はやくはやくっ」
「そういうわけにも行きませんよ。保護者の方はいらっしゃらないのですか? ご挨拶を……」
「保護者の方は、兄ちゃんだよぅ。でも、仕事で帰ってくるのは夜だからいまはいない。父ちゃんと母ちゃんはいないよぅ。離婚して、親権母ちゃんがもってたんだけど事故で死んじゃったからぁ……。父ちゃんからヨーイクヒ?はもらってるみたいだけど、もう何年も会ってないしねん」
別に、隠していることでもないし……と思ってペラペラ家の内情を言うと、リッちゃんは少しだけ目を見開いて、それから「すみません」と頭を下げた。 謝らなくてもいいのににゃー。確かに母ちゃんが死んじゃったときは悲しかったけど、いまは結構幸せに生きてるんだから。
「いいから、早く上がってよぅ」
「あ、はい」
「ね、ね? お部屋キレーでしょう?」
「えぇ、キレイに片付いてますね」
「オレがお片づけしてるんだよーぅ。褒めて褒めて」
「えっと……大変よく出来ました?」
「えへへー」
リッちゃんに褒められてウキウキなオレは、入り口でなにやら考え込むようにして突っ立っているリッちゃんの手をとって、ちゃぶ台近くのクッションに座らせた。 リッちゃんお客様だからねん。おもてなし、しなきゃ!
「リッちゃん、コーヒーとりんごジュースとお茶どれがいい?」
「あ、……それではお茶を・・・」
「はーいっ。あとねぇ、お煎餅と大福があるんだよぅ。兄ちゃんの好物で……」
「あ、あの・・・永瀬くん!」
「ほえ?」
クッションに腰掛けてからも何やら考え込んでいたリッちゃんは、不意に何か思い立ったように顔を上げた。 うーん。お部屋に美人さんがいると、なんだかテンション上がるよね〜。
「お母様のご仏壇は、こちらにありますか?」
「仏壇・・・? あるよぅ、隣の部屋に」
「あの・・・厚かましいお願いかとは思いますが、お線香を上げさせていただいてもよろしいですか?」
リッちゃんは、おずおずと・・・でも、しっかりとした口調でそう言った。 お線香・・・? リッちゃんってば、オレの母ちゃんに挨拶してくれるんだぁ……。 いままで、この部屋に来た女の子に母ちゃんのことを話したことは何度かあった。「かわいそう」って抱きしめられてそのままエッチになだれ込んだり、頭撫でてもらってそのままベッドに直行したりはあったけど、母ちゃんとお話してくれるのはリッちゃんがはじめてだ。 なんか、ちょー新鮮。
「もちろん、いいよぅ! 母ちゃんとお話してあげて〜」
「あ、ありがとうございます」
「リッちゃんは優しいねぇ。母ちゃんも喜ぶよぅ」
「いえ……違うんです。お世話になった方なので・・・」
感激中のオレに向かってふるふると首を振ると、リッちゃんは隣室の仏壇前に腰掛けた。 お線香を上げて、リッちゃんは静かに手を合わせる。わーお、やっぱし横顔ちょーキレイ。
母ちゃんに、オレちゃんとべんきょしてるよぅ、なんて報告をしつつリッちゃんの横顔を眺めていると、リッちゃんの閉じた目から、すーっと一筋の涙がこぼれた。 ……はいぃ!?
なぜに!? なんで泣いちゃったのこの子! しばらく母ちゃんに向かって手を合わせたリッちゃんは、最後にぺこりと仏壇に頭を下げて、こちらに向き直った。リッちゃんのほっぺたには、涙の痕が残っている。
「り、リッちゃん!?」
「……は、はい?」
「どったの? 泣いちゃってるよぅ!?」
「え? ……あ、」
言われてようやく気がついたのか、リッちゃんは自分のほっぺたに手を当てて、驚いたような顔をして見せた。
「す、すみません・・・」
「ダイジョブ? なんか辛いことでもあったの?」
「い、いえ・・・大丈夫ですよ。すみません、変なところを見せてしまって」
リッちゃんは、ふるふると首を振ると、最後にもう一度仏壇に頭を下げてからすっくと立ち上がった。 オレがリッちゃんと出会ってまだ10日余り。リッちゃんって基本的には表情が全然動かなくて……だから、笑ってもらおうと躍起になっているんだけどねん。 とにかく、リッちゃんが泣く・・・なんてのは、オレが予想もしていなかったことなんですよぅ。
仏壇を離れたいまも、リッちゃんの大きな目は悲しそうに揺れている。その様子を見たオレは、咄嗟に立ち上がりかけたリッちゃんの腕を掴んで自分に向かって引き寄せた。たぶん、オレがそんなことするなんてリッちゃんは想像もしていなかったんだろう。リッちゃんは、なす術なくオレの胸に向かって飛び込んでくる。
「な、永瀬くん・・・?」
「なんで泣いてるの? オレ、リッちゃんが悲しい想いをするのはやだよ・・・」
「え、あの・・・ひっ!?」
つい、……本当に、つい。 オレは、リッちゃんのほっぺたをペロリと舐め上げた。 リッちゃんって、化粧とか全然してないんだろうなぁ。ほっぺた、化粧品の味がしないもん。
「しょっぱいねぇ・・・」
「な、永瀬くん!? ちょ、わっ・・・」
「泣かないで? リッちゃんが泣くと、オレまで悲しくなるよぅ・・・」
「な、泣いてません。泣いてませんから!」
リッちゃんは、そのままリッちゃんの目じりにちゅっちゅっと口づけ始めたオレの胸をぐいっと押した。さっきまで涙で濡れていたほっぺたは、ほんのり赤くなっていて……そのままふるふると首を振られると、若干ムラッと来ちゃったりなんかする。 ……っていうかオレ、何してるんだろ? こんなことしたってばれたら、進ちゃんに殺されちゃうよぅ。
「ご、ごめんねぇ? リッちゃん泣いてるの見てたら、つい・・・」
「いえ……いえ。変わりませんね、永瀬くんは」
「ほへ?」
「なんでもありません。勉強、はじめましょうか」
「はーいっ」
びしっと手を挙げて返事をすると、リッちゃんはちょっとだけ微笑んだ。 今日のことは、進ちゃんには内緒だねぇ。
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