最期のことば | ナノ



一生のお願い


次の日から、茜はここから電車で1時間くらいの場所にある大きな病院に入院した。
俺は、学校が終わってから、毎日そこへ足を運ぶ。
一度、「アキくん勉強は・・・?」なんて聞かれたけど……。
ごめん、茜。無理だよ。
本当は、学校だって休んで、ずっといたいくらいなんだ。
でも、それをすると茜は泣きそうな顔をするから……。
だから、許して。勉強なんて、できないんだよ。





「茜・・・?」


今日も今日とて、学校終わりに茜の病室に行く。
ベッドに近づくと、茜は眠そうな目をこちらに向けた。


「……アキ、くん・・・」

「茜、悪い。起こした……?」


茜は、ふるりと首を振って、にこりと笑った。
茜の体には、大量の点滴がくっついている。
細くて白い腕に、幾本もの針が刺さっているのは、見るに絶えない光景だった。


「なんか、どんどん弱っていくね・・・」


俺が点滴を見ているのが分かったんだろう。茜が、小さく言葉を漏らす。
……不安にさせるなよ、茜を。
俺は、馬鹿か。


「そうか・・・?大丈夫だよ、全然」

「うそばっか。ずっと一緒にいたんだから、分かるでしょ・・・?」


俺が発した言葉に、茜は膨れて見せた。


「……おばさんは?」

「お母さん・・・?いま、先生とお話してる」

「そ、・・・っか」


ゆっくりと手を伸ばして、俺は茜の額に手を乗せた。
茜は、まどろむように目を細める。
……ああ、なんでだよ。
なんで、茜がこんな目に合わなきゃなんねえんだよ。


「アキくん・・・笑って?」

「え?」


言われて、はっと気づく。
俺は、どうやらまたもや涙をこぼしていたらしい。
不安がらせないように、茜が悲しい思いをしないようにって、泣かない決意を固めていたのに……。
泣こうと思っているわけじゃない。気がつくと、涙がこぼれているって状態で……。
自己嫌悪と共に、俺は涙をぐいっと拭った。


「わ、悪い・・・」

「ううん。……ね、アキくん。約束して?」

「え?」


茜の手が、ゆっくりと動いた。
管に繋がれた手は、俺の腕を、ぎゅっと掴む。


「泣かないで・・・?最期のとき、笑って?」

「……あ、かね・・・」

「……ごめん、アキくん。なんとなく、分かるんだ。わたし、たぶんそろそろダメだと思うの」

「茜!」


うっすらと微笑みながら、とんでもないことを言う茜。
茜が、歯を食いしばって、ものすごい辛い思いを抱えながらそれを言ったのは分かってる。
でも……俺はガキだから、その言葉をおとなしく聞くことができなかった。
そんなこと聞きたくなくて、思わず大声を出して、茜の言葉を制してしまう。


「アキくん、・・・アキくん、聞いて?」

「やだ・・・ダメだ、茜。諦めんなよ!大丈夫だから……大丈夫だからっ!!」

「アキくん……」

「明日は、クラスのやつらも来るって言ってた。だから・・・茜、諦めんな。頼むから……」

「アキくん、お願いだから……聞いて。お願い……」


目に涙を溜めて、茜が俺に懇願する。
……ダメだ、俺。
茜の言葉、聞かなきゃいけないのに……。


「アキくん・・・。あのね、わたしアキくんの笑顔が好きだった」

「あかね・・・過去形で言うなよ・・・っ」

「……ごめん。好きだよ、アキくんの笑顔。どの顔よりも、アキくんの笑顔が好き」

「……茜・・・」


だから、と一呼吸おいて、茜は口を開いた。


「一生の、お願い。最期のとき、笑って?」

「最期・・・とか……」

「アキくん。……お願い。最期のわがまま、聞いて?」

「うっ・・・あ、」

「酷なこと、言ってるよね。……でも、お願い・・・お願い、アキくん」


無理だよ、笑えねえよ茜。
自信なんて、ない。
大事な茜を失う瞬間、俺が笑えるなんて、そんな自信は……かけらも、ないんだ。


でも、でも……。


「……ね?アキくん」

「……分かっ、た」


めったにわがままを言わない茜が、それを望むなら……。
俺は、頷くしかないんだ。








茜の容態が急変したのは、その日の夜のことだった。






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