Side boy
どうも、英子ちゃんの様子がおかしい・・・。
「英子ちゃん、どうしたの? 高いところ苦手なら、やめようか?」
「い、いえっ! 大好きですよ!」
「そう? なんか、顔色悪くない?」
「そ、そんなことないですっ! 元気いっぱいです!」
にっこりと笑う英子ちゃん。 それでも、なんだか無理しているような気がするんだ。 お昼前までは、元気に飛び回っていたはず。 なのに、楽しみにしていたはずのメリーゴーランドでは、なんだか俯き気味。その後も、笑顔は見せるものの、どことなく元気がない。 ……俺が、食事のときにうっかり口を滑らせて、「かわいくて好き」なんて言ったから? 英子ちゃん、もしかして引いちゃった、のかな?
時刻は、18時過ぎ。 時間的にも、そろそろ最後のアトラクションに臨む時間帯だ。 最後に乗ろうとしているのは・・・観覧車。 ……ベタ、だよな。わかってるんだけど・・・。 でも、遊園地で・・・もし、告白できるような雰囲気になったら、観覧車かなーって・・・。誰でも思うよな? 少なくとも、俺は思ったんだ!
「次だけど、本当に大丈夫? 具合悪いなら、帰ろうか?」
「い、いいえっ! 乗りますっ!」
「でも・・・」
「本当に、大丈夫ですから! ……お願いします。一緒に、乗ってください」
「う、うん」
きゅっと唇を噛みながら、英子ちゃんが俺のシャツの裾を引っ張った。 なんだか、雰囲気が・・・泣きそう、なんだけど……。 どうしたんだ、本当に。俺、そんなに嫌われてるのか?でも、それなら一緒に乗ってください、なんて言わないだろうし……。
頭に疑問を浮かべながら、滑り込んできたゴンドラに乗り込む。 足を踏み出した瞬間、転びそうになった英子ちゃんの手を慌ててつかむと、英子ちゃんは一瞬固まって、それから更に沈んでしまった。
「す、すみません・・・。本当わたし、ボケボケで・・・」
「全然迷惑じゃないから、気にしないで?」
たしかに、今日の英子ちゃんはテンションが高いからかよくけつまずく。 でも、そんなのたいしたことじゃない・・・というか、俺と一緒にいるときにそんなに楽しそうにしてくれるなんて、すごく嬉しいんだけどな。
「わぁ・・・」
ふと、正面に座っている英子ちゃんが感嘆の声を漏らす。考え込んでいるうちに、ゴンドラは高度を上げていたようだ。 暗くなり始めている園内。ライトアップされているアトラクションはとてもきれいだった。
「……ね、英子ちゃん」
「は、はいっ」
声をかけると、しゃきんと背筋を伸ばしてかしこまってしまった英子ちゃん。 その際に、横に置いていたリュックに手がぶつかったらしく、どてっと床に落っこちてしまった。
「は、わわっ! すみませんっ!!」
「驚かせてごめん!」
慌ててリュックを拾い上げる英子ちゃん。 けれど、落ちた拍子にリュックの外ポケットからなにかが転がり出てきた。 ころころ、と足元まで転がってきたそれを拾い上げると……くちべに? リップグロス、っていうのか?
「わ、ぁっ!」
俺が首を傾げていると、英子ちゃんが慌てた様子で俺の手からそれを取り上げた。 そして、急いでリュックの奥底にしまいこむと、なぜか真っ赤になって俯いてしまう。 ……英子ちゃん、本当にどうしたんだ?
「英子ちゃん、具合悪いの?」
「い、いいえっ」
「お腹痛いなら、ムリしないで・・・」
「いいえっ、痛くないですっ! こ、子ども扱いしないでくださいっ!!」
「ご、ごめん・・・」
悲痛な声で言われてしまって、思わず謝罪のことばを述べると、英子ちゃんはハッと顔を上げた。 そして、慌てたように口を手で押さえる。
「す、すみません・・・」
「いや、俺こそごめん」
「すみません・・・すみませ、」
どうも様子がおかしい……。 英子ちゃんの様子を見ていた俺は、ぎょっとしてしまった。 え、英子ちゃん・・・泣いてないか!?
「え、英子ちゃん!?」
「う、うぅー・・・。ごめんなさいぃっ。子供みたいで・・・、ガキっぽすぎて・・・ふぇ、」
ぽろぽろと涙をこぼす英子ちゃん。 半分パニックになりながら、慌てて英子ちゃんの方に足を踏み出す。 触れてもいいものか迷いながら、英子ちゃんの頭をそっと撫でると、英子ちゃんはもっと大げさに泣き始めてしまった。
「え、えぇっ!?」
「っ、ふっ。ごめんなさ、ごめんなさいっ」
「えいこちゃ、」
「横に並んじゃいけなくて、ごめんなさいっ。お兄ちゃんにしてしまって、ごめんなさいぃ・・・」
「ど、どうしたの?」
俺が鈍感なのかもしれないけれど、英子ちゃんの言葉の意味が、まったくわからない。 でも、とにかく泣き止んでほしくて、ちょっと迷いながら英子ちゃんの背中に手をまわして、あやすようにぽんぽんと叩いてみた。けれど、その行為は火に油を注ぐものだったらしく、英子ちゃんは余計にわんわんと泣き出してしまったんだ。
「わ、わぁっ」
「ピンクさんと一緒のほうが楽しいのに、ごめんなさいっ」
「ぴ、ピンクさん?」
「お昼の、ピンクさんですーっ」
「ピンク・・・。あぁ、生田?」
「生田さん、っ!」
ピンクさん・・・というのは、どうやら同じ大学の生田優奈のことらしい。 今日のお昼、英子ちゃんがトイレに立っているときに、彼氏と来ている生田に遭遇して、ちょっとしゃべったんだよな。英子ちゃんが戻ってくるからって、少し話して解散したんだけど・・・。 どうやら、英子ちゃんは見ていたらしい。
「えーと、生田がどうしたの?」
「とてもきれいな女性の方で・・・」
「あー。あいつんち、噂によると美男美女家族らしいし・・・」
「それなのに、わたしってばちんちくりんでっ!」
「……ん?」
朝倉さんといても、子供にしか見えない。つりあっていない。 ピンクさんはすてきで、朝倉さんと一緒にいると恋人みたいだった。 迷惑ばっかりかけて、わたしばっかり楽しくてごめんなさい。
せきを切ったように、泣きながら言う英子ちゃん。 泣いている英子ちゃんには申し訳ないんだけど……。その言葉を聞きながら、俺はあらぬ方向に考えがいっていた。
英子ちゃんの言葉は・・・まるで、「嫉妬」だ。 言葉を返すと、俺とつりあいたい、と言ってくれているようにも聞こえる。 ……いや、つりあいもなにも、俺はそんな大層な人間じゃないんだけどさ。
じわじわと、胸が熱くなる。 もし、英子ちゃんの気持ちが・・・頼りになるお兄さんを超えて、俺を見てくれているとしたら? 俺が英子ちゃんを想っているのと同じように、想ってくれているのだとしたら?
「……英子ちゃん、」
「っ、ふ・・・」
英子ちゃんの名前を呼んだ俺の声は、情けないことに裏返ってしまった。 なぜか自信を失って、ネガティブな気持ちになっている英子ちゃん。そんな彼女に言う言葉は、「大丈夫?」でも、「具合悪いなら帰る?」でも、ない。 ……つーか、4つも下の女の子相手にヘタレて泣かすなんて、アホかよ、俺は!
「つりあってなく、ない」
「っ、え?」
「俺は、英子ちゃんみたいに性格は良くない」
「い、いですよっ! 勉強、教えていただいてっ! バイト中も、助けてくださって・・・!」
「だから、それ全部下心」
「・・・?」
口に出すと、かっこ悪いなー。 俺は、きょとんとしてしまった英子ちゃんに、笑いかけた。
「俺は、好きでもない子に対して、そんなに優しくしない」
「あ、さくらさ・・・」
「好きだよ」
「…………っ、!?」
言った瞬間、目を丸くしてしまった英子ちゃん。 それから、徐々に赤くなる顔に、なんだか笑いそうになってしまった。
きみの心に触れさせて
劣等感も嫉妬も、すべての気持ちを教えて?
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