ペットと触れあう
付き合ってから一週間。
譲は、毎日家までついてくる(送ってくれてるって言えって?……まあ、そうかもね)。 別に今までだって1人で帰っていたから、それに譲が加わっただけ。まあこんなのもいいかな、なんて思ってる。
それで、ある日の金曜日。 一緒に帰っていたら、譲が急に足を止めた。 あたしの家も目前だったし、何かと思って振り返ったら、譲が地面を見て俯いていたの。
「譲?なに、どうしたの?」
「あ、あああ、あの!美姫さんっ!」
「……なあに?」
こぶしを握って、頬を真っ赤に染めながら、おずおずとあたしを見上げてくる。 かーわーいいー! 図体はめちゃくちゃでかいのに、本当に犬みたい!
ちなみに、譲はあたしを美姫さんって呼ぶ。 別にまあ……呼び捨てでも別にいいっちゃいいけど、譲がそう呼ぶからそのまま。 それに、この方が主従関係はっきりしていていいし。 ……う、うーん。自分で言ってて最悪ね、あたし。
とにかく、譲の言葉に耳を傾ける。 すると、譲は、震える唇を開いた。
「あ、明日……お暇か?」
お暇か?って。どんな日本語よ。
「え?……まあ、別にこれと言って予定はないけれど」
「じゃ、じゃあ……!」
そういった瞬間に、ぱああって顔を上げる。 ああん、もう!撫で回したいっ!
「明日、どこかに遊びに行、かないか?」
「ええ、いいわよ?」
「……本当、か!?」
即答すると、譲は少しだけ呆けていた。 そして、言葉を聞くや否や満面の笑みでこっちを見る。 あれよ、あれ。遠くから走ってきた柴犬が、口をあけて目の前にいる飼い主を見ている感じ?あの愛来るしさったら……!
「もちろん」
「う、あ…ありが、とう!」
しっぽが見えるんだけど! 譲の腰に、ありもしないしっぽが見えるんだけどっ!
かわいいなあなんて思いながら、ちょいちょいって譲を手招く。 すると、譲はゆっくり近づいてきた。
黒と銀のマーブルふわふわ頭に手を乗せる。
「……美姫、さっ」
ずっと撫でたかったのよねー。 ワックスべったりかと思ったら、意外とふわふわしている。 柴犬みたーい!
「よしよし、いい子……」
「み、みみみ、っ!」
犬をかわいがるように、ふわふわの頭を胸元に引き寄せて、ぎゅうっと抱きしめた。 そのまま、ぐりぐりと頭を撫で回す。
「ちょ、……!」
「意外に柔らかいのね?……うふっ」
譲はかちこーんと固まってしまった。 ゆずる、…………。
ねえ、ゆずるって、平仮名にするとかわいくない? ゆず、とか……。 柴犬のゆずくん。……か、かわいいっ!
ペットは呼び捨てなんて言っていたけど……。 あたしだけのペットネームもいいかもしれない。
「ねえ?」
「う、は…はい?」
あたしの腕の中で、譲……もといゆずが視線を上げる。 かなり無理な体勢だけれど、下から見上げてくるゆずのつぶらな(本当は切れ長なんだけど、黒目がちだからかわいく見えるのよ)瞳にきゅんきゅんする。
「ゆずって呼んでもいい?」
「え、え?何で……?」
「あたしだけのペッ…。……愛称が欲しいなあって」
危ない危ない。 「ペットネーム」って言いかけた。
「ね?……ダメ?」
腕にぎゅっと力を入れて、腕の中のゆずの目を真っ直ぐ見る。 すると、ゆずは耳まで真っ赤になった。
「いい、けど……」
「うん。そうこなくっちゃ、」
――ね、ゆず?
そう頭上で囁いて、ふわふわ頭に唇を落とした。
「…………っ!!!!!!」
やってみたかったの! ワンちゃんのおでこにちゅってするやつ! いい飼い主と、可愛いペットのスキンシップって感じよね。
そう思いながらゆずに視線を落とすと、黒い瞳はどこか遠くを見ていた。 なんで?……ま、いいか。
「じゃあ、明日はどこに行けばいい?」
「…………」
「ゆーずー?返事しないとめってするわよ?」
「…………家まで…迎えに、行く」
「そう?じゃあ、11時にうちに来てくれる?」
黙ったまま、こくんと頷いたゆず。 可愛い……。
「ふふっ。じゃあ、楽しみにしてるわね?」
「あ、はい……」
ちょっと名残惜しかったけど、ゆずの頭から手を離した。 その瞬間、ゆずがへなへなと道路に座り込む。
「……何してるの?」
「な、なんでもない……」
俯いたまま真っ赤になるゆずに不信感を抱く。 でも、ゆずはぶんっと首を振った。
「美姫さんは、帰っていいから。……大丈夫」
「……そう?じゃあ、遠慮なく帰らせてもらうわよ?」
ちょっと薄情かもしれないけれど、大丈夫って言ってる人間に何を言ってもね。 そう思ったあたしは、最後にもう一度、ゆずの頭に手を乗せる。
「じゃあね!」
「あ、ああ……」
ふにゃりと微笑むゆず。 あたしは、チラリとゆずを見てから、家の中に入った。
「……美姫さん…オレのこと殺す気……?」
『氷の女王』と呼ばれ、散々冷たいだの怖いだの言われていた美姫の、予想外のスキンシップに、譲は心臓が破裂して死ぬんじゃないかと思ったんだとか……。
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