(Silver)
※あずみ視点 本編終了から1年以上経過
“開かずの扉”と化していた押入れの引き出しを、よいしょと開ける。 ほこりっぽい押入れの中は、ダンボールが敷き詰められていた。 このダンボールは、アルバムだ。こっちは、小学生のときに使っていた教科書たち。こっちは、小さい頃のおもちゃ。こっちは……なんだろ?「るせぷかむいた」なんていう、謎のラベルが貼ってある。
なつかしさがこみ上げてきて、あたしはまず、おもちゃが入ったダンボールを開けた。 中には、キャラクターもののぬいぐるみやら、小さい頃に流行った美少女戦隊のステッキが入っている。 続いて、「るせぷかむいた」とラベルが貼ってある、謎のダンボール箱をべりべりと開けてみた。
「わーっ! なつかしい!」
「どうした?」
思わず声をあげると、うしろで一緒に片づけをしていた紳があたしに近づいてくる。 あたしは、中に入っていた、小学校6年生のときに作った手製のぬいぐるみを持って、紳に笑いかけた。
今日は、お引越しの準備の日。 高校を卒業したあたしは、この春から紳の家で一緒に暮らす。 紳のマンションは2DKだから、あたしがそっちに移り住むかたちをとるんだ。 そういうわけで、紳と一緒に自分の部屋の片づけをしている。
「なんだ、その豚のぬいぐるみは」
「豚さんじゃないよう! クマさん!」
「クマ? それが?」
「12歳のときに、自由工作でつくったぬいぐるみ!」
豚さん、なんて失礼なことを言う紳をにらみつけて、ダンボールの中をもう一度見る。 「るせぷかむいた」のダンボールは、あたしが昔つくった「タイムカプセル」だった。小学校の卒業式のときにつくったタイムカプセル。たしか、「レトロっぽくしたい!」とかいうこだわりで、右から文字を流したんだっけ。
「タイムカプセル?」
「うん! 小学校卒業のときに、クラスでつくったの」
「なんでここにあるんだ?」
「タイムカプセルを埋めた日、熱出して学校休んじゃったんだ……」
いまでも、すっごく悲しかったのを覚えている。 悔しすぎて、用意していたタイムカプセルを押入れの中に投げ入れちゃったんだったっけなー。
「いろいろ宝物を入れたんだよう」
「その豚もか?」
「クマさん!」
6年前に入れたタイムカプセル。何十年も前ってわけではないはずなのに、ものすごくなつかしい気がする。 中学高校・・・とくに高校2年で紳に出会ってからは、いろいろあったからなー。
「これは、仲良しの子にもらった折り紙のハートマーク」
「ペラペラの愛だな」
「そんでもってこっちが、修学旅行先の砂!」
「甲子園か」
「もー。紳、うるさい!」
いちいち横槍を入れてくる紳をにらむと、紳はははっと笑った。 もう・・・。
「えーとこれは……お守り、だ!」
気を取り直して、ダンボールをごそごそといじる・・・と……。 出てきたのは、いまでもよーく覚えている“お守り”。 銀色の絵の具、だった。
「お守り?」
「そうだよう!」
「その、絵の具がか?」
「うんっ!」
チューブ式の絵の具。 友達が金色と銀色の絵の具を持っているのを見て、うらやましかったあたしは、お母さんに絵の具をねだった。 でもお母さんは、「美術で使わないなら買わない。ほしいなら、自分で買ってきなさい」って、買ってくれなかったんだ。 どうしても絵の具がほしかったあたしは、自分で近所の文房具屋さんへ走った。でも、当時おこずかいはひと月に600円だったから、月末の当時、持ち合わせが150円しかなかったんだ。 それで、どちらか迷った挙句、銀色のほうだけ買ったんだっけ。
「銀色の絵の具は、使わなかったのか?」
「うん。銀色の絵の具ってね、ほかの絵の具より高いし小さいでしょ? だから、大切なものを描くときまでとっておこうって思ってたの。そうしたら、使えなくなっちゃって、卒業になっちゃったんだ」
大切なものを見つけるまで、その絵の具は肌身離さず持っていた。 だから、なんとなく気分的に銀色の絵の具がお守りみたいになってきて……。それで、“お守り”としてタイムカプセルに入れたんだった。
「銀色・・・銀色、ね」
「どうした?」
「大切なもの……銀色って、紳だね!」
ふふっと笑って、紳の髪に触れる。 銀色は、今も昔もあたしの大好きな色だ。 1本しか買えないとなったとき、あたしがどうして金色じゃなくて銀色を買ったのか、今となってはわからないけど、なんだか運命的なものを感じる。
「そうか?」
「うんっ! ……でも、絵の具じゃ紳の髪の色は出せないねー。もっとずっときれいだもん」
「なんだ、お前は」
あぐらをかく紳の前に両ひざをつくようにしながら、紳の髪を両手でなでる。紳は、あたしの言葉を聞いてちょっとだけ頬を赤くすると、照れ隠しみたいにあたしの唇にキスをした。
「……紳って、照れるとキスしてくるよね?」
「……うるさい」
「照れ隠し?」
「それ以上言うと、喘ぎ声以外の言葉を発せない状態にするぞ」
「・・・っ、」
意外に照れ屋な紳は、照れ隠しに手段を選ばない。 お母さんとおにいちゃんが家の中に入る状況で、そんなことされたらたまったもんじゃない。 あたしは、慌てて手のひらで口を押さえた。 紳は「ばーか」とか言いながら、あたしの髪をぐりぐりとなでる。
「銀色は、いっつもあたしのお守りだなー」
「ん? どうした?」
「なんでもない!」
あたしの頭をなでる紳の、銀色の髪を眺めながら、ぽつりと呟く。 それから、ばふっと紳の胸に飛び込んだ。
「明日から、いままで以上に一緒にいられるねっ」
「ああ。そうだな」
「ずーっと、よろしくね!」
「こちらこそ」
銀色の絵の具を、タイムカプセルに戻す。 このカプセルを開けるのは、たしか卒業式から20年後……32歳になる予定だった。 だから、一度は開けてしまったタイムカプセルにもう一度封をして、押入れに戻す。 32歳の同窓会のとき、持って行こう。それで、みんなが開けるタイミングで、一緒に開けよーっと。
32歳のあたしは、なにをしているんだろう。 千夏や奈緒ちゃんとは仲良しかな? 子どももできて・・・今とは、全然違う生活をしているんだろうなー。
――それでも、きっと。 20年後も、30年後も、50年後も。 あたしの隣には、紳がいるに違いないって思う。 ずっと、銀色はあたしのお守りなんだって、そう思うんだ。
*** ColorのSSのラストを飾るのは、紳×あずみでした。 ただ、思った以上に恋愛色の薄い作品になってしまいましたね(;´∀`) ここはもう、サイト内でも安定したカップルになったなー。
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