「おはよーう」
「……っ、!?」
朝、昨日のことを思い返してどんよりした気分で家のドアを空けた瞬間……。 目の前にいたのは、白髪に赤い目の男性……禅さん、だった。 言葉を失うと同時に、昨日されたことを思い出して、顔が熱くなる。
「な、んでここに・・・」
「仁菜チャン・・・おはよう言って?」
「っ、・・・おはようございます」
「おはー」
ひらりと手を振った禅さんは、わたしのほうにつかつかと歩み寄ってきた。 なにをされるのか・・・と身構えていると、禅さんはわたしの手をきゅっと掴む。
「…………、」
「な、んですか・・・?」
「…………ね、仁菜チャン。俺の名前、呼んで?」
「・・・え?」
「はやくー」
「ぜ、禅さん・・・」
言われたとおりに呼ぶ必要はまったくないかもしれないけど、禅さんに対して恐怖やらなにやらいろんな感情を持っているわたしは、ついつい返事をしてしまう。 すると、禅さんはふわりと笑った。
「はーい」
「…………?」
「あはっ。……幸せだね?」
「え・・・?」
禅さんの真意が分からない。 昨日、痴漢に対する笑顔は怖かった。馬乗りになられたときも、体中触られたときも、すっごく怖かった。 なのに――今、目の前で笑っている人は、まるで子どもみたいだ。 「幸せ」、なんて……。
「仁菜チャン、学校おくれるよ?」
「は、はい・・・」
「しゅっぱーつ」
「……い、一緒に行くんですか?」
「当たり前でしょ? なんのために待ってたと思うの?」
「……う。ご、ごめんなさい?」
「いいよーう。ピンポン押さなかった俺も悪いし」
やっぱり、わたしのこと待ってたんだ・・・。 ……頼んでもいないし、謝る必要なんてないような気もするけど……。 なぜか知らないけれど、謝ってしまいました。
|
|