がたん、ごとん。 電車が揺れる。
「仁菜チャン、得意教科はなに?」
「国語と・・・家庭科です」
「へー。俺、数学とか化学が得意だよう」
「え、すごい・・・!」
「すごいのー?」
「わたし、全然わかんなくて・・・」
「じゃあ、今度教えてあげるー」
わたしと禅さんは、なぜか普通に会話をしていた。 怖かったはずなのに……ひどいこと、されたはずなのに。 なにごともなかったかのように接してくるこの人もおかしいと思うけど、そんな人と普通に接しちゃってるわたしもどうかと思う。
「俺、国語なら古典が好きー。源氏物語とか読んだことある?」
「えっと、授業でなら・・・」
「全部は厳しいと思うけど、図書館かなんかで読んでごらん? おもしろいし、勉強になるよー」
「へえ・・・」
「百人一首とかもさ、恋の詩が多くておもしろいよね。人の想いって、ずーっと変わらないんだーね」
目を細めて、禅さんが言う。 なんとなく、だけど・・・。禅さんって頭いいんだろうなぁ。 昨日からだけど・・・禅さんの言葉って、妙に納得しちゃうんだ。
がたん!
「ひゃっ!」
そんなことを考えていると、電車が大きく揺れた。 運転手さん、運転乱暴だよ! なんて心の中で文句を言っていると、揺れた弾みに後ろの人が前につんのめってきた。 その反動でか、さわりとお尻に後ろの人の手が当たる。
そんなありがちなことなのに……。 その瞬間、わたしは体が冷えるのを感じた。 すーっと、血の気が引いていくような感覚に陥る。
「……っ、」
「……仁菜チャン、こっちおーいで?」
自分でも理由の分からない症状にとまどっていると、禅さんがわたしの手をくいっと引いた。 それから、わたしをきゅっと抱きこむ。
「っっっ!!??」
「しーっ」
突然のことに思わず叫び声をあげそうになると、禅さんはわたしの口を大きな手のひらで覆った。 そして、にっこり笑ってわたしの悲鳴を制する。
「電車は静かにね、おじょーさん」
「・・・んむ、」
口を塞がれたまま、こくんこくんと頷く。 すると、禅さんはわたしの耳元に唇を寄せた。 噛み付かれそうなくらいまで……むしろちょっと噛み付きながら、ぼそぼそとわたしに耳打ちをしてくる。
「仁菜チャン、怖いんでしょ?」
「……え?」
「電車。昨日のこともあったし、怖いんだよね?」
「……こ、わい・・・?」
……そうか。そうだ。 わたし、怖いんだ。周りの人が。 知らない人に下半身を触られて、声も出せずに震えていても、誰も気づかなかった。 助けを求められなかったわたしが悪いのは承知だけど、身近にいた誰かすぐそばの人が、助けてくれるんじゃないかって、ちょっとだけ思ったんだ。 それを、助けてくれたのが・・・禅さん。 だから……?
「怖いの、止まったでしょ?」
「は、い・・・」
血の気が引いて、しびれていた手先に血がめぐるのがわかる。 ……なんで・・・?
「……到着駅までこうしてようね」
「す、みません・・・」
「ううんー。役得だーよ」
くすくすと笑った禅さんに、思わず笑い返してしまう。 すると、禅さんはちょっとだけ目を見開いて、わたしを包む腕の力を強めた。
「……って、禅さんのほうがよっぽどじゃん!!!」
……学校の最寄り駅についてから、気づいた。 禅さんは、痴漢よりももっとすごいことをわたしにやらかした人だったんだって。
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