くいっ、
歩の腕が、前方に突かれた。 引かれはしても、まさか突き出てくるとは思っていなかった男は、驚いて手の力を緩めてしまう。
歩は、無表情のまま空いている手を、男の腕に添える。
……そして、
「うわああああああっ!!!???」
くるん。 小柄な体のどこにそんなパワーがあるのか……。 男の腕を軽々と捻り上げると、男の背に回り込んで、腕を背中に固定した。 そして、男の背中をとん、と押す。男は、崩れるように床に座り込み、絶叫した。
どこにどう力を入れているのか分からないが、男の顔色から判断するに……痛いのだろう。 顔が赤くなって、脂汗がにじんでいる。
「あ、歩・・・?」
「て、てめえ、何してんだ!?」
呆然とした颯斗が、歩に声をかけようとする。 が、その言葉は、颯斗に下卑た言葉を浴びせた男の声によって、阻まれてしまう。
「何って・・・見て分かんないの?腕、捻り上げてるの」
チラリと男を見ながら、歩は悠然と言ってのける。
「ひねり、あげ・・・?お、おい……お前、なにしてんだよ!そんな細っこい男に……」
「そ、な・・・うごかね……」
歩の下で顔を真っ赤にした男は、必死に力を入れようとしているんだろう。 でも、全く動かない。
「動かないで?……骨、折るよ?」
「ひっ・・・」
歩の下で、男が小さく悲鳴を上げる。 それを見て、もう1人の男が眉をしかめた。
その頃から……周りも、此方のおかしな様子に気づき始めたのだろう。 舞台の上に立つ生徒会長、韮崎 嵐の言葉に集中しようにも集中できないこの状況。 チラチラとした視線が、歩たちに向けられる。
「な、なにして・・・お、おい!てめえ、そいつを離せ!!」
「……別に、わたしがこんなもの掴んでいたいわけないよね?すぐにでも、離したい」
キレている歩は、言葉を選んでいない。 無意識に「わたし」と言ってしまっているのだが、この状況下で、誰も気にしてはいなかった。
「じゃ、じゃあ、離せ!」
「……謝んなよ。颯斗と、翔太と、冴島くんに」
冷たい視線で男を貫きながら、歩が言葉を発する。 ひくりと震えた男は、ぷるぷると拳を握りながら、声を荒げた。 歩の下の男の顔色は、もう真っ青になっている。
「ふざけんな!いいから、そいつを離せ!!」
「……早く、言え」
ギリッと歯噛みをする男。 と、切羽詰ったような声が、横入りした。
「あ、歩・・・落ち着け……!」
「・・・そう、だよ…!おれたちは、平気だから!!」
呆然とこの様子を見ていた颯斗と翔太が、慌てて歩を止めに入ろうとする。 翔太が一歩踏み出した瞬間、イライラとした男が、翔太の腕を掴んだ。
「いたっ・・・!」
「てめえ、そいつ離さねえと、こいつも同じ目に合わせるぞ!?」
「……へえ?」
と、歩が冷笑を浮かべた。 そのあまりにも恐ろしい笑みに、颯斗までも固まってしまう。
「やれるもんなら、やってみれば?」
ふわっ、
いつの間にか気絶していた男の手を離して、歩は地を蹴った。 そして、唖然としているガタイのいい男の腹部に、左足で強烈な蹴りを入れる。
「ぐっ・・・」
思わず呻いて、翔太の手を離した男に、歩は笑いかけた。
「ほら、やるんじゃないの?……やってみればいいじゃん」
……そして・・・
ガツンッ!!
男の首元に、歩の足が引っかかる。 と思った瞬間、弧を描くように動いた歩の足は……男を地面に沈めていた。
呆気にとられたようにして、それを見ている颯斗、翔太、雅。 いつの間にか、シーンとしてしまっている講堂。
歩を助け出そうと傍まで来ていた跳が、きゅっと唇を噛んだ。 教員席で、苦しげにその様子を見ていた優哉は、手のひらで顔を覆う。
そして―― 庶務の相原瀬奈は、「かっけーっ!」と叫び、会計の市川 雫は驚きの表情でその様子を見ている。 書記の柏 真澄も、驚愕の表情を浮かべ、副会長の吉池 昴はけたけたと笑っていた。
この学園の絶対権力、生徒会長の韮崎 嵐は、舞台の上で、おもしろそうに笑った。
「……あれ?跳?」
傍によってきていた跳が歩の頭にぽんっと手を乗せると、歩はふと顔を上げる。 そして、泣きそうな顔で、驚いている3人の友人に、声をかけた。
「ごめん、ね・・・?ぼくのせいで、いやな目にあって……」
「あゆの・・・ばかっ」
苦しげに声を出した跳が、歩の頭を自分の胸元に寄せる。
波乱の学園生活は、こうして幕を開けた。
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