Side Sena
編入生の案内をしろという、生徒会長の嵐からの命令により、オレは寮の前で待っていた。 この場合一番下っ端である自分が迎えに行くのは当然のことだし、何より長い学園の歴史の中でも稀だといわれる編入生の存在は少し気になっていたから、案内をするのはまあ仕方がない。
……でも、
入寮初日で約束の時間に遅れ、オレを待たせているのは気にくわねえ。ありえねえ。
イライラと編入生を待つ。 なにしてんだ、編入生。迷ってんのか?
と、向こうから栗色の頭の小柄な男が、猛ダッシュしてくるのが見えた。 ……やっと来やがった。 急いでいるのか、ものすごいスピードで……スピ、ード、で…………はやっ!
「おい!編入生!」
「………っ、」
ばびゅーんという効果音が相応しい。 編入生は、オレの問いかけに答えず、ものすごいスピードでオレの前を走りぬけた。 ロケットついてんじゃねえのか!?
オレは、かなり足は速いほうだ。 自慢じゃねえが、中学生の頃、全国大会で2位だった。 学生で、オレより速いやつはそういないのに、そのオレが速いと感じたのだから、相当の速さだ。 しかも、やつは大きめのボストンバッグを肩に下げている。
「編入生!待てって!」
慌てて追いかける。 かなり走っているはずなのに、あの速さ。……化け物か?
でも、全力で走って、なんとか追いついた。 編入生の腕を掴む。
「……、っおい!」
「ひゃああっ!」
掴んだ瞬間、編入生が声をあげて振り向いた。 驚くことに……編入生の息は、ほとんど弾んでいない。 対するオレは、情けないことにぜえぜえと肩で息をしていた。 ……最近、走ってなかったからな。
そして、アスリートのような身体能力を持つ男に声をかけた。 ……んで、名前を呼ばれて男の顔をじっと見たら……驚いた。
やべえくらい、可愛い。 いや、美人っつうのか? 栗色の髪はさらさらで、目はカラコンなのか綺麗な青色をしていた。 戸惑いながらも、強気でオレを見上げる視線。……啼かせて…失礼。泣かせてみてえ。
んで、職務を全うしようと、歩の……あ、編入生の名前ね。歩の手を引く。 歩はちょっと身じろいだようだったけど、ちょっとうつむいたままオレに着いてきた。
「……瀬、奈は…」
「ん?なんだ?」
しばらく歩いていると、ぽつりと呟いた歩。 男にしては少々高めな声。……啼かせ、いや。……喘がせてえ。
「瀬奈は、生徒会の人なんだよね?」
「ん?ああ、まあ……」
一番下っ端だけど、な。 でもまあ、生徒会は幼馴染で構成されているから、役職はあまり関係ないけど。
「仲良いの?」
「ああ、まあな。ガキの頃からの幼馴染だし。仲はいいんじゃねえか?」
「へえ」
「ああ。ま、手がつけらんねえこともあるけどな」
「……手が?」
「そうなんだよ。嵐はからに篭るとすげえ怖えし、昴は何考えてんのかさっぱりだし……」
「へえ……」
歩の目が少し細くなった。 ……なんだよ。
「歩は嵐とか昴に興味あんの?」
「ふえ、…!?そ、そんなことないよ!」
歩は、顔の前で、ぶんぶんと手を振った。しぐさもいちいち可愛い。 にしても……。
「まあ、会長副会長はモテるけどさあ……」
「モテ、る?」
歩がきょとんと首をかしげる。 だああああっ!可愛い!
「モテるって言うのは……その、異性として気にしちゃうってこと?」
「ん?……あ、ああ。まあ……」
モテるは、モテるだろう。 肯定すると、歩は眉をひそめた。
……ああ、そうか。編入生の歩は、この学園の常識が通用しないのか。 女がいないこの学園。高校生なんて性欲の塊だから……自然と、その対象は女だけに限られなくなってくるのだ。 歩は正直……かなり、危ねえだろうな。可愛いもん。
「歩はネコだな」
「……え!?」
そういった瞬間、歩がびくんと飛び退いた。 警戒心丸出しでこちらを見ている。…か、可愛いっ!
いつの間にやら職員室前についていたが、知らねえ。 オレは、歩を壁際に押し付けた。
「……ネコ、って……」
オレを見上げる歩の目は、探るようにオレを見ている。 煽るなよ、オレを。
「そのまんま、だけど?」
歩の顔の横に手をついて、笑いかけてやる。 歩はうつむいた後、ばっと顔を上げた。
「ぼくが【猫】だなんて、なぜ知…ん、っ……」
何を言おうとしたのかはさっぱりだ。 見上げてきた歩の口を、塞いでしまったから。
警戒心なく、ぽかんと開いている口に、舌を押し込んだ。 うっすら目を明けると、青色の綺麗な目が、ゆらゆら揺れている。 ……や、べえ。
「っ、う…ん…あ、っ…」
咥内を舌でなで上げて、逃げ惑う舌を絡めとると、くちゅりと音が鳴った。 口の端からは、可愛い声が漏れる。 ちょっと、やばくねえか?これ。 可愛すぎるだろ。
ざわりと、周りが揺れる。 歩におぼれそうになっていたオレは、少し正気に戻った。 そして、あたりを見回すと、ちらほらといた生徒が、わーきゃー茶色い悲鳴をあげながら、オレと歩のラブシーンを見ていた。
口を離すと、歩がかくんと崩れ落ちそうになる。 腰を支えると、なんとか足を踏ん張った歩が、戸惑った目でオレを見ていた。
「な、にを……」
「ん?良かった?」
もう一度、頬に唇を落とす。 歩は、バッとオレから離れると、唇をごしごしと拭った。 んなことされると、傷つくんだけど。
「悪かったって。……な?」
「なん、なんだよ……」
完全に引いてる歩に、にこりと笑いかける。 周囲が色めき立ったけど、気にしない。どちらかというと、歩にドキドキして欲しかった。
「あ、ここ職員寮ね」
もう一度笑いかけて、目の前の部屋を指差す。 歩はチラリと職員寮を見て、小さな声で「ありがとう」と言った。
「オレ、この上の7階で生活してるから、遊びに来いよ」
「い、かないっ…」
あ、完全に警戒されちゃった。 頬は上気して、まだちょっと目が潤んでるから……欲情するだけだけど。
「ははっ。じゃあ、オレはここまでな?」
「……うん」
「ばいばい、歩」
ひらりと手を振ると、歩はまだ疑念を目に浮かべながら、職員寮に入っていった。 かーわいい。
「やばいなー。ほんと、可愛い」
キスをしたときの、潤んだ目と口の端から漏れた声を思い出すと、体が熱くなった。
「学校、楽しくなりそうだな」
オレはクスリと笑うと、その場を離れた。
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