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嘘を作って閉じ込める


インターハイ一日目。誰よりも早く山を獲り、そのゴールまでもを手にしたらしい我が箱学自転車部。後片付けや明日の準備も全てが終わり、会場を後にしても尚、彼らを取り巻く人たちは大いに盛り上がっていた。

かくいう私も口には出さないものの、その一人であった。東堂たちが王者だなんだと言われていることは知っていたけれど、ここまで自転車のレースが凄いとは思っていなかったからだ。

だというのに、その中心にいる人物は周りの盛り上がりとは裏腹に冷静沈着。何を言われても落ち着き払い、さも「当然だ」と言わんばかりに振る舞っていた。なるほどこれが王者と呼ばれる風格なのかもしれないと三年近く共にいて初めて彼らのことを見直した気がする。

しかし麻友子に言わせれば「山は獲ったけどゴールは三校同時だったしレースは明日も明後日もあるし、どうなるか分かんないよ。気を抜けばやられるかもね」とのこと。自転車オタクである彼女の真面目な分析を聞いても私の感想はただ一言「へぇ」だった。

自転車のルールについては散々彼女から説明は受けたというのに未だに仕組みを理解出来ないでいる私。今日だけで一体何度目になるか分からない自転車競技についての講義を受けながら宿泊先に向かうバスに揺られること数十分。ようやくホテルの駐車場に到着した頃には試合を終えた選手よりもぐったりしていて「ナマエは体力ねぇなぁ」なんてパワーバーを齧りながら先にバスを降りていった新開に笑われた。あんたら体力おばけと一緒にしないでほしいです。

冷えた空気から一転、蒸すような外気に溜め息を吐き出しつつサポート組の部員やインハイメンバー達より少し遅れてバスから降りた私は今日のレースの反省点なんかを語り合う麻由子と黒田くんの後ろをダラダラと歩いていたのだけど。

「…ナマエ、ちゃん?ナマエちゃんよね!?」

私の名前を呼ぶ、聞き覚えのある声が背後から飛んできてつい足を止めてしまう。ドキリと嫌な音を立てて早まる鼓動。

神奈川と千葉。ほんの少しの距離ではあれど、こんなところで会うはずはない。だって彼女とはついこの間、夏休みの帰省に関して電話でやり取りをしたばかり。部活があるから帰れない、はっきりとそう伝えたはずなのに…どうして、こんなところで。

ゆっくりと後ろを振り返って後悔した。…ああ、やっぱり。

「…お母さん」
「大きく、なったわね」

こうして向き合うのは久しぶりだ。それからちゃんと目を見て話すのも。電子機器を通していないからか、耳に届く声は妙にクリアな気がした。こんな声してたっけ。ああ、なんだか落ち着かない。三年近くまともに見ていなかったその顔は、見ない間にほんの少しだけ歳を取ったようだった。

どうしてこんなところにいるのか。お互いそう思っていたようで、母は慌てて周りを見て、それから私を見て、「もしかして部活…で?」と的を得ていない答えを導き出したようだった。けれど私が何か言う前に慌ててその場を繋ぐように話し出す。

「あ、お母さんはねっ!いつものメンバーで旅行に来てるんだけど、ついでに、あの、坂道の部活の大会を観に来て…まぁ本人にはまだ会えてないんだけどね、それで…」
「…坂道、部活入ったんだ?」
「あ、そう!そうなの!あの坂道がね!なんだったかしら自転車?に乗ってるのよね確か!今日もレースに出て走るんだって毎日練習頑張っててね!」
「そっか…坂道、頑張ってるんだね」

この時の私は何だか妙に冴えていた。母の言う、自転車。レース。信じられないけど、気付いてしまった。今日、東堂達と同じ場所にきっとあの子もいたんだってことに。

東堂と巻ちゃんが一緒に登ったあの山、坂道も登ったのかな。すごいな。

…なんでかな。ほんのちょっとだけ、悔しいや。

「ナマエちゃん、あのね…」

そう母が言いかけた時、肩に誰かの手が触れた。掴むでもなく、ただ肩に置かれただけの手を見て張り詰めていた気持ちがほんの少し和らいだ。顔を見なくても分かってしまう。これが誰の手なのか、なんて。

「初めまして、ナマエさんの親御さんですね。僕、東堂尽八と申します。ナマエさんとは三年間同じクラスで仲良くさせてもらってます」
「あ、あらぁ!まぁ!ご丁寧に!初めまして、ナマエちゃんがいつもお世話になってます母です!仲良くして頂いて嬉しいわ!しばらく会えてなかったから…安心しましたありがとう」
「いえ、お世話になっているのは僕の方で…今日もナマエさんには無理を言ってサポートをお願いしたんです」
「えっと…?」
「僕達自転車競技部で今日から三日間、インターハイ…えっと、大きなレースに出場するんです。マネージャーが女子一人だけなのでナマエさんに手伝いをお願いしてて。地元開催ではあるんですが距離もあるのでインターハイが終わるまではそこのホテルに宿泊予定です」
「ああ、そうなの!それで…そうなのねぇ」

ペラペラとよく回る口である。というかお前は誰だ。妙に畏り爽やかな笑顔を浮かべている東堂に私は若干引いている。教師にだってこんな背筋伸ばしてないぞお前。

母はというと何やら東堂に夢中になっているようで、何故か二人で会話を盛り上げていた。ていうかお母さんめっちゃ嬉しそうなんだけど。

こんな満面の笑みを浮かべる母をかつて見たことがあっただろうか。いや、記憶にはない気がする。それよりも初対面であろう友達の親と数分で打ち解けてしまう東堂のコミュ力に唖然とした。これは天性の才能だろうか。

「それじゃあ尽八くん、ナマエちゃんのことよろしくね!今度一緒に千葉まで遊びにいらっしゃいね〜!」
「はい是非!お母さまもまた箱根を訪れた際はご連絡ください!我が東堂庵へ招待します!」
「嬉しいわぁ!またメールするわね〜!」
「はいまた!」
「ナマエちゃんもまたね!」
「あ、うん」

そして母は手を振りながらあっという間に去っていく。三年ぶりに会ったというのに実にあっさりした別れだった。最初の気まずさが嘘のよう。まぁそれは良いとして。いつの間にかお母さんと東堂が仲良くなっててビビる。なんだこれは、ちょっと意味が分からない。

「ナマエの母さんにお呼ばれしてしまったな!これはもう行くしかあるまい!千葉に!」
「良かったね…ていうか、え?初対面だよね?もしかしてどっかで会ってる?」
「いや?たった今知り合って連絡先を交換したばかりだが」
「なんなのそのコミュ力」
「ワッハッハ!俺だからな!」
「こわ」

頭が混乱しすぎて爆発しそう。どうしてこうなった。

「へぇ、あれがナマエの母さんか。嵐みたいな人だったな。マシンガントークっての?尽八と気が合いそうだな」
「何が面白いの新開。それ以上喋ったらしばくよ」
「いった!おいもうしばいてる」
「やだごめん…無意識だわ」
「無意識こっわ」
「ワッハッハ!お前達は相変わらず仲が良いな!俺も混ぜろ!」
「どうするナマエ」
「ちょっと無理」
「だそうだ」
「何故だ!?俺たちの仲だろう冷たいぞ!?」

そう言って詰め寄ってくる東堂からふざけて逃げていると前を歩いていた荒北に「うるせェんだよテメーらは!インハイだっつーのに緊張感のカケラもねーのかよバァカ!つーかフクちゃんも入れろ!仲間外れにすんじゃねーよ!」と怒鳴られた。何も言わず表情も変わらないフクちゃんに皆の視線が集まると彼は「俺は…強い」とぼそりと呟きしゅんと一回り小さくなった。ごめんねフクちゃん…仲間外れにしたつもりはないんだよ。

さっきまで勝つか負けるか、ギリギリの勝負をしていたというのに。荒北の言う通りまったく緊張感のないやり取りである。母との邂逅ゆえに立ち止まっていた私達を遠巻きに見ていた麻友子と黒田くんは、始まったくだらない応酬に苦笑を残しさっさとホテルの中へ入って行く。

「お前らといると飽きないよ。な、寿一」
「ああ。蚊帳の外は辛い」
「根に持ってるなフク!」
「東堂うるせェ」
「む?なんか言ったか荒北!」
「べつにィ…んだよ、何笑ってんだよテメー小野田ァ」
「お!ほんとだナマエが笑ってる!よっぽど尽八の顔が面白かったんだなぁ。うんうん、俺には分かるよ」
「それは褒めているのか隼人!?もちろん良い意味だろうな!?ナマエもどうなんだ!…無視はどうかと思うぞ傷付く!」
「小野田、どうした無視はよくないぞ」
「フクちゃァん、あれツボってなんも言えねーだけ」
「む…小野田が、壺?何故だ」
「ぶっ!何言ってんだ寿一!やべぇ」
「…っも、やめてお腹痛い…!せっかく耐えてたのにっ」
「フク!ナマエは壺じゃないぞ!ツボったというのはだな…」
「テメーらフクちゃんを笑うんじゃねェ!つか、こんな奴らほっといてさっさと中入ろうぜフクちゃん」
「む」

横に並び、いつもと同じやり取りを交わす彼らと共にいたら、何故だろう?不思議と今まで悩んでいたことが全部馬鹿らしく思えてきた。

あんなことがあってから、私はこの三年間、必死になって家族から、母親から逃げ回っていた。…母に、会うのが怖かった。合わせる顔もないと思っていた。なのに東堂のせいで、みんなのおかげでいつの間にかそんな感情は吹っ飛んでいた。

各々が好きなことを言い合いつつ進む四人の姿を見て思う。東堂、新開、フクちゃんに荒北。もちろん麻友子も。私、箱学に来て、みんなと出会えてよかった。

「…ありがとう」

誰にも聞こえないように、息を吐きだすように言ったその言葉はすとんと私の中に収まった。随分と時間が掛かってしまったけれど、ちゃんとけじめ、つけないとな。静かにそんな決意をした私の隣で東堂が、ナマエ聞いてるか!?なんていつもの大声を張り上げた。

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