×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


騒ぎながらもぞろぞろと足を踏み入れた館内でレギュラーメンバーは息つく間もなく明日に向けてのミーティングを始めた。その間、マネージャーやサポートの部員は手分けして洗濯やら部品の整理やら、自転車の整備やらと大忙し。

かくいう私も鬼の麻友子に借り出され、自転車の知識は皆無なのでとりあえず洗濯係に任命されたはいいが何故か一人作業な上に先程から延々と洗濯機を回している。洗濯物と簡単にいっても選手はもちろんサポートの部員分も含めてなので相当な量である。ていうかあんなに部員いるのに一人とかなんで…いじめかな。

選手たちのユニフォームは吸水速乾素材で乾燥禁止らしく、マネージャーの指示に従って風通しの良い室内に干した。それ以外の物は数台の乾燥機にぶちこんで、そうしてひと段落ついた頃には二時間は悠に越えていた。レースの度に毎回これを捌くサポートメンバーはすごい通り越してやばい。

乾燥機から終了の合図を受けて、さてあとはこれを畳むだけか…と山のようになったそれらを気の遠くなる思いで見上げているとそろりと現れためちゃくちゃ背の高い男の子。私と目が合うなり「あの…手伝います」と背を丸めてやってきて慣れた手付きで半分以上畳んでくれた。

長身くん…葦木場と名乗った彼はどうやら選手と洗濯係を兼任しているらしい。まじかやばいな。僅かだろうこの仕事の大変さを味わった私は、毎回担当しているという葦木場くんを超絶推した。語彙がなさすぎて本人にはすごいとやばいしか言えなかったけれど、葦木場くんは少し困ったような顔で笑って「頑張ります」と言った。それが洗濯係に対するものなのか、選手としてなのかは分からなかった。

たわいもない世間話をしながら洗濯済みのタオルを運んでいた時だ。私たちの数歩前を見慣れたいくつもの背中がそれぞれのペースで進んでいた。ミーティング終わったんだね、葦木場くんに向けた言葉だったのだが集団の最後尾を歩いていた奴にも聞こえていたらしい。いつでもどこでもパワーバーを咥えた陽気な男が振り返る。

「お、ナマエは洗濯担当か。お疲れ」
「うん、新開もお疲れ。今までミーティングだったの?」
「そ。今日の反省会と明日のオーダー受けてた。ああ葦木場、お前も洗濯ありがとな」
「あ、はい!」
「つーか晩飯何時だっけ…腹減ったなぁ」
「新開の胃袋は相変わらず無尽蔵だね。えーっと、あー…何時だっけ葦木場くん」
「へ?あ、確か、19時だったと思います」
「そっか。じゃ俺、先に風呂入ってくるわ。また後でな」

どうやら今からは自由時間らしい。新開はそう言うといつの間にかばらけていた前の集団には戻らず、一人大浴場の方へと歩いて行った。私もこの洗濯物を片付けたらとりあえず汗を流しに行こう。温泉入るの楽しみだなぁ。



選手と同じく自由時間になった麻友子と一緒に温泉を堪能し、食事も終え、サポート組のミーティングに少し参加した私は現在、ようやくラウンジなる休憩室で一息ついていた。冷房が程よく効いた室内は最高で、明日またあの灼けるような暑さの中に身を投じるのかと思うと目眩がする。選手なんてその中を競うのだから相当だ。さすがとしか言いようがない。

つい出てしまった溜め息と同時に目を閉じると、心地よさもあってか眠気に襲われる。確か明日もサポート係は朝から整備だ準備だとやることは山積みなのだそうだ。…考えるだけで疲れるな。

インターハイは三日間。残すは明日と明後日だ。あと二日間、サポートとはいえ乗り切る為にはまず体力が必要だろう。麻友子はもう少ししたら寝ると言っていたし、私もあと五分ここで寛いだら部屋に戻ろう。誰もいないラウンジのソファで我が家の如くだらけていたら頭上から突然降ってきた奴の声。…あーあ、うるさいのに見つかっちゃった。

「見つけたぞナマエ!何故こんなところに一人で…というか寝るな!他の学校の生徒もいるのだぞ!」
「…今はいないんだからいいじゃんか」
「よくない!女子が一人で何かあったらどうするのだ!」
「なんもないって」
「まったく、お前はああ言えばこう言うな」
「東堂ってさぁ」
「なんだ?うざいはもういいぞ、聞き飽きた」
「…うざ」

溜め息混じりに吐き出した抗議の声に返事はない。代わりに飛んできたのは「それよりもはしたないぞ足を閉じろ」なんてお説教と広げていた両足を無理矢理くっつけてくる彼の手だった。せっかく気持ち良くだらけていたというのに相変わらずのお節介焼きである。

「もーいいじゃんジャージなんだし」
「ジャージでも駄目なものは駄目だ」
「東堂のうざ男、けち男」
「いやそれただの悪口」

ぶつぶつ不満を垂れる私に呆れた顔を向けつつ、ゆっくりと隣のソファに腰掛けた東堂はそれからしばらく何を言うでもなくそこにいた。背凭れに身体を預け、ぼんやりと天井を見つめるその横顔をちらりと見やって。

「…あと、二日日だね」
「ああ、あと二日だ」
「優勝、するんでしょ?」
「うん、する」

いつの間にか私をまっすぐ射抜く、熱くて強い双眸に気付いたらこぼれ落ちていた言葉。

「先にゴールで待ってるよ」

そう言った私に東堂は僅かに瞠目した後で「うむ!」至極嬉しそうに笑った。



インターハイ二日目の幕が開けた。着順スタートというルールに則り、フクちゃんと荒北、その後を東堂たちが追い掛け飛び出していく。選手のスタートを見送ってサポート組を乗せたバンは給水所に先回り。一日目同様灼熱の太陽の下でひたすら彼らがやって来るのを待っていた、その時だ。

「っスプリントリザルト、獲ったのは京伏エース御堂筋!」
「そんな…嘘だろ?」
「新開さんが負けるなんて」

誰かが叫ぶように伝えた中継の声に狼狽えざわつくサポートメンバー。試合に負けたわけでもないのに誰もが下を向き、一気に下がった気持ちの温度を見兼ねて声を上げたのは藤原だった。

「なーに下がってんだよお前ら!レースはまだ終わってねぇ!俺たちはまだ負けてねぇ!」
「藤原さん…」
「何より、あいつらが負けるわけねぇだろ?」

歯を見せ笑った藤原を見て消えていた笑顔が戻ってくる。6人分のサコッシュを手に藤原の後を追い路肩に寄った彼らはもう下を向いてはいなかった。

「…眩しいなぁ」

照り付ける日差し、強く熱い信頼。まっすぐ見ることさえ憚られるほど眩しいそれらに目を細めた。高校三年生、最後の夏がじりじりと目の前まで迫っている。


/次