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ガラスの底に見えるもの


インターハイ。

最後のこの舞台で奴との勝負に決着を着けたなら…ナマエに、今まで言えなかったことを全て話そうと決めていた。

けれど、それを話すにはほんの少し…いや、かなり、勇気がいるのだ。

『…尽八、急でごめんなさい。けれどこの東堂庵を継ぐ為にはそれ相応の覚悟も必要だということ、覚えてるわよね?』

母親のその言葉が脳裏に浮かぶ度、残り少ない自身の"自由"を知らしめられている気がして苦しくなる。家は好きだ。親だって大切だ。けれど、ならばこの想いはどこにぶつければいいのだろう。


高校3年間、部活に専念する変わりに最後のインターハイが終わったら本格的に実家の旅館を継ぐべく修行に入る。

それが箱根学園に進学する際に女将である母親とした約束だった。

嫡男の自分が家を離れ、経営や客にほぼ無縁の生活を送れて来たのも。長期の休みにたまの手伝い程度で許されているのも、その約束ともう一つ。

『はじめまして、私……と申します』
『尽八、こちら宝生堂の……さん』

密かに、けれど確かに推し進められている…所謂親同士が勝手に決めた"許嫁"という存在があったからに他ならない。

家を継ぐ…未だ見ぬ遠い未来のようで、けれどすぐそこにある現実。

分かっていた筈だった。

こういう家に生まれたからには、いずれそういう時がくること。確かに、理解はしているつもりでも。

だからといってそれを受け入れているかといえば別物だということにナマエと出会って気付かされたのかもしれない。

ナマエが、好きだ。

自分の中に燻るこの気持ちに素直になりたい。だのに、そう出来ないのは暗に俺が臆病者で狡い人間だからだ。

伝えたら…きっと今までのように一緒にはいられない。今の関係を壊すのが怖い。

けれど、この機を逃したらきっともう伝えることは叶わないだろう。だったら、俺は……



悶々といろんな思いを抱えたまま臨んだインターハイの開会式は、結果でいうならばまあ散々であった。

去年、一昨年の優勝校ということから盛大なインタビューを受ける傍ら、俺は壇上からナマエの姿を探していた。マネージャーには事前に、暑がって嫌がると思うが頼む!と念を押しているから多分連れ出してくれているだろう。…半分、祈りでもある。

するとその祈りが届いたのか。この人混みの中から彼女の姿をすぐに見つけることに成功した。が、そこには信じられない光景が広がっていた。

なんとナマエは嫌がるどころかむしろ楽しそうに、隣の奴との会話に夢中だったのだ。

あんな笑顔を向けられたことが果たして俺にあっただろうか?

しかもだ、その相手がまさかの巻ちゃんときた。待て待てお前達いつの間にそんな仲に…うおおおおい巻ちゃーーーーん!!おま、ボディタッチされて喜んでる場合じゃねーよ!!!

こちらになんて目も向けずに、親密に話し込む二人を穴が空くほど睨めつけていたら「ハハッ!尽八すげー顔」と隼人が可笑しそうに笑いながら俺の顔を指差した。人を指差すんじゃない!!!

「…いやてめーが言うんじゃねーヨ!!」

フクの隣から飛んできた荒北の声には無視をしたが、

「シカトかコラァ!やんのかテメェ!」
「インタビュー中だ、やめろ荒北」
「…わァったよフクちゃん」

…まったく、俺らしくもない。そんなことで声を荒げるなど馬鹿げていた。

やれやれと一度クールダウンを図ってみたものの、やはり気持ちは晴れない。相手が巻ちゃんだからこそというのもあるのかもしれない。

すると今度は一気に気分が落ち込んできた。横から荒北の野次が飛ぶがもはやこの最悪な気分を助長するBGMにしかならない。なんて不協和音だゾッとする。

「アア!?オイコラ東堂ォ!全部口に出てんぞォ!」


そういう意味で散々だった式が幕を閉じて(途中割り込んで来たキモキモ男に対しては特に言及すまい)テントに戻れば既にナマエはマネージャーと黒田と一緒に備品やら荷物やらの細かいチェックをしていた。話に花を咲かせる三人を遠巻きに見やってからとりあえず用意されていたパイプ椅子に座る。

開会式に乱入してきた京都伏見の話に不思議そうな顔をして食い付いてきたナマエ。どうやら巻ちゃんと話し込んでいたせいか、先程の騒ぎに気付かなかったらしい。…あんな騒ぎに気付かないなんて一体どんな話をしていたというのだ。

荒北と会話をするナマエをぼんやりと視界の中に入れながら思い出すのは、さっきの巻ちゃんとのやり取りである。会話の内容も気になるが、なんといってもあのボディタッチ!!!

…俺だってされたことないのに!!!

しかもちょっとニヤけてやがった!あいつ!ムッツリだからなあの玉虫野郎め!!許せん!!!

巻ちゃんとの関係を根掘り葉掘り聞きたいところをぐっと堪えて、こうしてじっとしているだけなのには理由がある。あれだ、男の変なプライドってやつのせいだ。

本当はその会話に俺だって入りたい。けれど、いつものテンションでは入れないのである。ただじっと、まるで耐えるかのようにパイプ椅子から動かない俺を見てまた隼人がからかいにやって来る。お前は!!もう!!あっちに行け!!!


そんなこんなで、結局話す間もなくレース開始まで数分を切る。ナマエにとっては初めてのレース観戦、しかもインターハイだ。せめてスタート前にはもう少しまともな会話をしたかった。

下手なプライドなんて持つものじゃないな。

一言も言葉を交わせなかったことに少しばかり後悔していると、俺達を取り囲むように待機している大勢のギャラリーの中からその姿を見つけた。

近くにマネージャーと黒田たちサポート組もいる。きっと俺達のスタートを見送ってから車で吸水ポイントに向かう算段なのだろう。

いよいよスタートの合図が上がる。その姿を見落としてしまわないように視線を向けたままゆっくりとペダルを回す。

するとほんの一瞬、時間にすればもののコンマ数秒彼女と目が合った瞬間に。

「ナマエ!また頂上でな!」

そう自然と口をついて出たいつもの軽口。さっきまでの妙なプライドは一体どこへ行ったというのか、気が付けば大声でそんな言葉を掛けていた。

周りの視線を一身に受けながら笑う俺を見て、ほんの少し呆れたように彼女も笑う。そしてしっしっとまるで犬でも追い払うかのように、俺をあしらう為に手を振るのだ。大方、早く行けとでも言いたいのだろう。

その冷めた態度が実はほんの少しの照れ隠しだということも知っている。だからこそ、どんなに冷たい態度を取られても酷くあしらわれても、これでもかとナマエに構ってしまうのだ。

少し鬱陶しそうに目を細める、あの顔が見たいがために。

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