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レースもいよいよ佳境に入り、もう少しで目指している山頂に辿り着く。苦しい筈のこの瞬間にも、ふとさっき別れたばかりのナマエの顔を思い出すだなんて…いよいよ俺も末期だ。

今はインターハイで、最後のレースで。隣からはじりじりと、今か今かと俺を置いて先に行ってしまいそうな重いプレッシャーがあるというのに。

余所見をしている暇はない。それほどまでに奴との勝負は接戦で俺は既に限界を超えていて。

だがここで、ナマエの目の前で。俺は一番にてっぺんを取ると、そう自分自身に誓ったから。

時折巻ちゃんの熱い身体とぶつかりながら、ただただ前に向かってひた走る。足は痺れて感覚もまともにない。けれど隣から感じるその息遣いや鼓動だけは確かに今ここにあって。楽しい。楽しいな、巻ちゃん。

苦しさも痛みでさえも忘れてしまえるくらい、今が楽しくて仕方がなくて。

たまに目に入る奴の長い奇抜な色の髪が太陽に反射する度にキラキラと眩しく写る。普段は何とも思わない奴のその髪の毛でさえも綺麗だなんて思ってしまうのは、ここがインターハイの舞台だからなのか。

いよいよ本格的に身体の感覚が遠くなってきて、目の前がチカチカしだした頃、通り過ぎ様のほんの一瞬でまた俺はその姿を見つけてしまう。

まさかここまで本当に来てくれるだなんて思いもしなかった。今にも泣き出してしまいそうな顔をして彼女はそこに立っていた。誰のだか分からない大きめのハコガクキャップを被り、ギャラリーに埋もれるようにして。確かに、ナマエはそこにいた。

「…なんて顔、してる」

きっと久しぶりに見たせいだ。ナマエのあんな顔を。

だからこんなにも、ぶり返すんだ。初めて言葉を交わしたあの時を。今では考えられないような、よそよそしい二人の姿を。

懐かしい。ふと頭を過ったあの頃の、今よりも随分と幼かった自分達。

接点なんて一つもない、話したこともない只のクラスメイトだった筈のナマエのことが。いつからだろう。こんなに大切な存在になっていたのは。

あの頃の自分達じゃきっとこんな未来、想像もしなかったに違いない。

思い出してふと笑みを漏らしていたら「余裕そうだなァ、尽八ィ!」と巻ちゃんの叫ぶ声が聞こえた。

ああ、そうだ。今そんなことを思い出している場合じゃない。

「…巻ちゃん!俺はお前にだけは負けんからな!絶対にだ!」
「はあ!?何ッショ急に!」
「なんでもねーよ!!…なぁ、巻ちゃん!」
「ああ!?今度はなんだ!」
「楽しいなあ!!」

余裕なんて、これっぽちもあるわけない。限界越えてんだ、もう何がなんだか分からねーのさ。ただ今頭ん中にあるのは、この瞬間が楽しくて仕方がないってことだけ。

最高のライバル。お前がいたからこそ、俺はここまで上がってこれた。

「気が早いが、巻ちゃん…!お前には本当に感謝している!この舞台で共に走れたこと、俺は一生忘れないだろう!ありがとう!」
「…さっきから全然話が見えねえんだが。ま、やっぱりお前は変な奴ショ」

今まで出会った奴の中で一番な。ニヤリ、お得意のキモい笑顔を浮かべたお前にそっくり同じ言葉を贈ろう。

ラストクライム。

空に繋がるこの道をどっちが早く制するか。

さあ勝負をしよう。

残り数キロを全力で登る。見ていろ、俺が一番に山を獲る瞬間を。お前にも見せてやりたい景色がそこにはあるんだ。

天を仰げば広がる雲一つない青空に目を細める。

ああ、こんな時でさえ脳裏に浮かぶ…なあナマエ、覚えているか?歪だった俺達の出逢いを。

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