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プロポーズDAI作戦


突然だが、俺はこれから人生で一度きりの大勝負に出る。この日のためにわざわざクリーニングに出した一張羅はパリッと糊が効いていてなかなかに調子が良い。姿見を前に身だしなみを整えて、いざ参ると屯所の門扉を足早に潜った。

目的地に向かう道すがら、そういえば細かいことはまだ何も決めてなかったとこれからの流れを想像で補完する。こう言えばこう返ってくるだろうから、そしたら…なんてぶつぶつ、らしくもなく予行練習をしていたら何故か随分前に流行ったあのテレビドラマのタイトルを思い出した。プロポーズ大作戦。内容はあまり覚えていないが主演役者であるアイドルの顔がとにかく際立っていたことだけは覚えている。

なるほど…ドラマの中の山◯も当時こんな気持ちで長◯まさみにアタックしてたのか、なんて…あれ?何の話?

「…クッソ」

ふるり、煙草を持つ手が震える。どうやら自身が思う以上に緊張しているらしかった。情けなさと少しの気恥ずかしさを抱えながらもふと頭をよぎったのは底のしれない悪どい笑顔を浮かべ「土方プロポーズ大作戦でさぁ」などとナチュラルに上司をこき下ろすイカれた部下の顔だった。


そもそも何故俺がこんな大作戦を決行するに至ったか。事の発端は数週間前、久しぶりに上がり込んだ彼女の家で夕飯をご馳走になった後のことだった。



こじんまりとしたソファーに並んで凭れ、一方はテレビを、一方は襲いくる睡魔に抗いつつ穏やかに過ぎていく時間を享受していた時だ。今にも意識を飛ばしてしまいそうな俺の耳に届いた、よくある結婚情報誌の名前と「三十までにはしたいなぁ」ポツリと漏れたナマエの声に吹き飛んだ睡魔と妙に跳ね上がった心拍数。

ナマエが“それ”を望んでいることはなんとなく気付いていた。気付いていたけれどはっきりとした言葉を聞くのは初めてで、動揺した。いつ死んでもおかしくない身の上。恋人よりも自分よりも仕事にかまけるろくでなし。例えばこんな男と生涯を共にしたとして彼女は幸せになれるのだろうか。

一度でもナマエとの未来を考えたことがなかったかといえば嘘になる。けれど本当に彼女のことが大事なら、世の誰もが思う幸せを考えるならば…手放すべきではないのか。血生臭い自分の人生に中途半端に付き合わせて最期まで宙ぶらりんな関係を築き続けるよりは…。

「トシ?眠いの?ベッド行く?」

考えれば考えるほどドツボに嵌まりそうだった俺へ彼女から気遣わしげな声が掛けられる。静かで柔いその声を聞くと何故だろう、不思議と心が軽くなる。永遠に出口の見えない暗闇も身体中に重くのしかかる幾つものしがらみも、唯一俺だけに向けられるあの穏やかな笑顔を思うだけで全部消えていってしまうから。

ハハ…あーあ、何ビビってんだか。だせぇなぁ、俺。

「…ナマエ」
「ん?」

薄っすら目を開け名を呼べば「起きたの?」こちらを覗き込みどこか嬉しそうに笑った目の前の女を引き寄せて、誓う。手放す?何寝呆けてんだ。ぐだぐだと言い訳ばっか並べやがって。始めから選択肢は一つしかねーだろうが。

「なんでもね」
「はぁ?」

何それ、不満げに漏れたその声を自身の腕の中に閉じ込める形で遮って。遅すぎる人生の決意をした休日の夜。



「近藤さん、話がある」

そんなわけでナマエにプロポーズをすると決めた翌日の午後のこと。局長である近藤さんの元を訪れその旨を伝えると途端に目を白黒させ一気に恨めしそうな顔のゴリラになった彼は「お、俺より先とかそんな、許さないんだからね…!相手は誰よ!」なんてウホウホと物凄い勢いで詰めてはきたものの、最終的には「そうかナマエちゃんと…!よかったなぁ!嬉しいよ俺は!」と涙を浮かべ満面の笑顔を見せてくれた。その日の晩は二人で酒を酌み交わし、これまでの真選組の歩みについて熱く語り合ったのだがまぁ俺は完全に忘れていた。近藤さんの口が空気よりも軽いということに。

「土方さん、聞きやしたよ。なんでもナマエさんにプロポーズするとか」

ニヤニヤと含みのある笑顔をちらつかせながら部屋にやって来た総悟を認め理解する。あのゴリラ、っとに口軽いな?と。まぁ心中祟ったところでこの現状は変わらないし例えここでしらばっくれたとしてもこの悪魔のことだ、こっちが白状するまであの手この手で痛いところをついてくるに違いない。なので、「ああうんそうだけど?何?なんか文句ある?」と敢えて大人の余裕を見せ付けるように頷いてみたのだけども。

「へぇ、あの噂本当だったんだ…土方やっるぅ」
「は?なに馬鹿にしてんの?やっるぅって何?腹立つんですけどその大学の友達みたいなノリやめてくんない?」
「まぁまぁまぁ、それよりプロポーズの言葉ちゃんと考えてるんですかィ?まさかとは思いますけど俺のマヨネーズで俺のガキ孕んでくれ、なんざ気分悪くなるようなことは後生ですから言わねーでくださいよ」
「んな卑猥なプロポーズ誰がするかァァ!!即効でフラれるわっ!」
「かと言ってねぇ、よくある典型的なアレ。俺の為に毎日みそ汁を作ってくれ、なんてやつじゃもう誰にも通用しやせんぜ。考え方古っ!て言われて終わりでさぁ」
「う、うるせーな…誰がんなこと言うっつったよ……え?ダメ?なんで?」
「ハ?言うつもりだったんですか?まじキモいな土方」
「うっせ!全然微塵もキモくないから土方」

白けたように俺を見る総悟からそっと視線を逸らす。……万策尽きた。まさか味噌汁がダメだとは。どうする、これ以上何も思いつかないんだけど。え?つーか何?そもそもプロポーズって何?プロのポーズか何か?あれか、ポーズのプロか。この数秒間で頭の中をいったりきたりしているプロポーズという言葉。どうして人間は一つのことを考え続けるとこうもおかしくなるのだろうか。まったくもって不思議である。

「…じゃあなんだったらいんだよ」

そう、不思議なのだ。生まれてこの方、この男ほど頼りたくない人間なんざ存在しないというのに。気付けば口をついて出ていたその言葉とニンマリ笑顔を浮かべた目の前のドS王子を視界に入れた瞬間、とてつもない後悔に襲われた。クッソ…!こいつにだけは、こいつにだけは死んでも頼らないって決めてたのに…!ギリィッと唇を噛み締め今にも飛び出しそうな拳を抑えていると奴は急に真剣な顔をして思案するように首を捻った後で今回の肝となる言葉を吐き出した。

「まぁ世の女は大体みんなサプライズ好きですからね、とりあえずナマエさん泣かすの目標にしやしょう」

ニタリ、先程よりも真っ黒に歪んだ笑顔を見て悟る。やっぱりこいつに聞いたのが間違いだった。しかし時既に遅し。青ざめる俺を一人置き去りに総悟は楽しそうな声を上げた。

「つーわけで題して!土方プロポーズ大作戦!でさぁ。せっかくこの俺が協力すんだから言われた通りにしてくださいよ?ね?ねっ?」

いやどんだけ顔近付けんの?ってくらいの距離で悪どい笑顔を咲かせる男を見下ろして俺は一つの終わりを覚悟した。……これ絶対振られるやつじゃん総悟マジ死ね。



「どうしたの?急に会いたいなんて。珍しいね、トシから誘ってくれるの」

そう言って目の前で嬉しそうに笑うナマエに「まぁ飲めよ」と栓を抜いたばかりの冷えたビール瓶を差し出せば「ありがとう」テーブルを挟んで向かい側、ゆっくり傾けられたグラス。照明に照らされ輝くそこへ波打つ小麦色が満ちていくのを平然と見つめながら俺は内心、これからのプランのことで頭がいっぱいだった。

総悟考案のプロポーズ作戦、大まかな流れはこうだ。まずは夜景の見えるそこそこのレストラン(個室)でディナー。彼女がほろ酔いになったところでテラスへ誘い、ベタに夜景をバックにプロポーズ、である。ちなみに総悟曰くそこそこのレストランで、というところがポイントらしい。なんでも大体の女はイベント以外のなんでもない日に普段行かないような高級な場所に急に連れて来られると何かを勘付くものだとか。

『サプライズですからね、くれぐれもバレないように頼みますよ。それとミソなのは相手をほろ酔いにさせることです。え?なんでかって?そりゃ酔ってりゃ判断力も鈍るだろうしアンタみてーな瞳孔かっ開きのおっかねぇ顔も多少はマイルドに見えるってもん…ちょ、やめてくださいよ灰皿投げようとすんのは』

まったく怒りっぽいんだから…なんてわざとらしく溜め息を零し馬鹿にしたような表情を浮かべた性悪男。投げつけてやろうと咄嗟に握った灰皿は行き場のない憤りによって砕け、溜まっていた吸い殻が足の上に落ちたことで一気に萎えた。閑話休題。

「はい」
「え?」
「今日車じゃないし飲むでしょ?ビール」
「あ、ああ頼む」

差し出された手に瓶を奪われ、代わりに自身のグラスにも同じものが注がれていくのをぼんやりと眺めていた。きめの細かい泡を立てグラスを満たした小麦色を見て満足そうに笑ったナマエが言う。

「見て、上手に出来たでしょ」

いい歳して、こんな小さなことで誇らしげな顔をして。褒めてと言わんばかりに俺を覗き込むガキみたいな女をどうしてこんなにも好きだと思ってしまうのか。……きっとそこに理由はない。もしあるとするならばそれは彼女が俺にとって何よりも愛しい存在であるということだけ。

「…ナマエ」
「ん?」
「俺と、その…家族になってくれねぇか」
「え…?」

中途半端に開いた口と驚き固まった間抜けな顔が次第に涙でぐしゃぐしゃに崩れていく。途切れ途切れに聞こえた「私でいいの」小さな声にお前以外に誰がいるんだと返せば嗚咽は更に大きくなる。泣かせたい訳ではなかったと慌てて席を立った俺へ真っ赤な瞳を向けたナマエが「嬉し涙だよ」この上なく幸せそうに笑ってから。

「私、トシとね…ずっと家族になりたかったから」
「…うん」
「ありがとう、幸せにするね」

なんて、どう考えても俺の台詞だろう言葉を簡単に奪っていくのだから。まったく彼女には一生敵わないに違いない。

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