BAT ROMANCE


謎の男、一人<01>


 王都の騎士たちは長らく街に滞在するかと思われたが、予想外に彼らが去るのは早かった。彼らが街に滞在したのはおおよそ7日という短い間だった。

 何でも、噂話程度に耳にした話によれば、彼らの探し人が王都の方へと向かったらしく、それを追っていったと言うのだ。
 物々しい雰囲気で街を闊歩していたので正直ほっとしたのが、アガトルテ含め街の人々の本音である。場合によれば、強い騎士が街中にいることで心強く思うのかもしれないが、あまり争いごとに巻き込まれたことの無いどこかのんびりとしたこの街の人々にとっては、彼らの存在は少しばかりおっかなかったのだ。
 騎士団の存在により少しばかり家に引きこもっていた街の住人たちは、騎士団を見送った後、以前の活気を取り戻したかのように街中を歩き始めていた。

 アガトルテもまた、その一人である。が、しかし。

「……はあ」

 冒険者ギルドに隣接している酒場のカウンターで、アガトルテはその秀麗な美貌に暗鬱とした表情を乗せ溜め息をついていた。見た目は凛々しい男前であるのだが、眉根を寄せて肩を落としてしょんぼりとする姿は情けない、しかし庇護欲及び母性を擽るのだった。

「あらあら坊や、今日はどうしたのかしら?そんなに肩を落としちゃって。ママにお話してみなさい?」

 そして、アガトルテの座る向かい側、カウンターの中に立つ酒場の店主もまた、母性を擽られた一人だった。
 優しい声でそう言われて、アガトルテは自分の落としていた視線を上げた。そのアイスブルーの瞳に映るのは、上腕二頭筋の筋肉が眩い大男だった。

「ジョーンズさん……」
「もうっ!ママかキャサリンって呼んでって言ってるじゃない!」

 酒場の店主ジョーンズ、もといキャサリンは、その太い人差し指でアガトルテの鼻をツンとつつく。ぱちりと瞬きをしたアガトルテは、小さく笑って「ごめん、キャサリンさん」と呟いた。

「で、どうしたっていうの?そんなに暗い顔して〜。もう、その男前が台無しよ!まあ、しょんぼりとした顔は食べちゃいたいくらい可愛いけどぉ」
「あー……いや、大したことない……うーん、俺にとっては大事なことだけど、ちょっと落ち込むと言うか、仕方ないことなんだけど」
「煮え切らないわね!はい、ピシッと言う!」
「うっ……いや、実は、10日くらい前に蝙蝠を拾ったんだけど、ここ3日帰って来なくて」
「蝙蝠ぃ?」
「怪我したのが、ウチの前に倒れててさ。生きてるもんだから拾って軽く手当てしてやったんだ。人に慣れてるっていうか、何かすごく可愛くて。こう、俺の指を甘噛みしたり、頭擦りつけてきたり」

 へら、と頬を緩ませ笑うアガトルテに、キャサリンは軽く目を見開いた。そんなキャサリンの変化には気付かず、アガトルテはそれまで浮かべていた笑みを引っ込めて肩を落とした。

「正直、俺の自意識過剰じゃなければ懐かれたと思ったんだけどなあ。窓開けても出て行かなかったし、ふらっと散歩に出てってもすぐ帰って来たし……ずっと一緒にいてくれるかと思ったんだけど、どうやら自分の住処に戻ったみたいだ。まあ、元は野生動物だし飼おうとかは思ってなかったんだ。あいつ、凄く賢くて飼うとかとも違ったし」
「アガトルテちゃん、貴方……」
「うん?」
「早くイイ人見つけなさい……!結婚しなさい、結婚!」

 カウンターテーブルの前で組んでいたアガトルテの手を、キャサリンはその太く逞しい手でギュッと握りしめた。

「それ、カンッペキにペットロスよ!若いってのに恋人もいない、その気配も無いってどういうことなのって常日頃思ってたけど、駄目よ、駄目!ペットもそりゃ良いけどね、貴方、まずは人間の恋人作んなさい!ペットを飼うのはそれから!」
「うーん……」
「貴方、相当な優良物件なんだから、探せば相手なんて幾らでも見つかるわ!レッツ婚活!」
「俺まだ23だし、今は良いかな」
「そんなこと言って10年20年あっという間なんだから!大体、貴方がそんなだから、シンシアちゃんを盗られちゃうのよ!もー!」
「シンシア?」

 アガトルテはきょとんとして、首を傾げた。それを見て、キャサリンはどこからか取り出した白いフリルのハンカチで眦を擦った。

「ウチの街一番の美女、シンシアちゃん!貴方と並んだらそりゃーもう美の女神様真っ青な美男美女っぷりで、眼福どころかご利益ありそうなレベルなのに、貴方が目を離すから!冒険者の女に盗られちゃったじゃないのよ」

 それを言われて、思い出したのは赤毛の冒険者だった。

「盗られたも何も、そもそも俺とシンシアは恋人じゃないけどな。シンシアも俺のことそういう目で見てなかったし」
「なーんで貴方たちは街一番の美男美女だってのにお互い惹かれあわなかったのかしら?」

 不思議そうに首を傾げるキャサリンに、アガトルテは「さあ」と肩を竦める。何故と問われても、互いに惹かれなかった、としか言いようがない。

「盗られたかどうかはともかく、シンシアが幸せだったら良いんじゃないか?」
「………悔しいことに、あの子ったら幸せそうだから私も強く言えないのよぉ。で、も、あれはまだ両片思いね!」
「そうなのか?」
「そーよ!全く、あの二人ったら見かける度に見てるこっちが恥ずかしくなるくらいの青春純情っぷりを見せつけてくれちゃって!あーん、私にも早く白馬の王子様が来ないかしら?」

 御年37歳の酒場の店主は、頬を染めその目を宙に彷徨わせた。きっと、そこにはキャサリンにしか見えない王子様とやらがいるのだろう。




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2017.4.9〜
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