随分と久々に手がけた料理は、失敗はしなかった。だが、大成功ともいえないだろう。
目の前には、焼いた肉とスープとパン。それから、サラダ。それを口にすれば、まあ、こんなものだろうと予想がつく味がした。
不味くはないし、食べるのも苦ではない。そこそこ満足した気持ちで食べているのだが、満足して無さそうな蝙蝠が一匹いる。
「……ききっ」
何やら、いつもよりその鳴き声は低いような気もする。テーブルの上にしかれたタオルの上で、ガルがじっとりとアガトルテが食事しているのを見ていた。
「だから、俺はあんまり料理が得意じゃないんだって」
苦笑して、フォークに差した肉を口に放り込む。塩と胡椒で簡単に味付けされたそれに、アガトルテは文句ない。
だが、やはり出来合いのものを買うのが一番だと思った。
「……ガル?」
食器を片付け、風呂にも入ったアガトルテは、タオルで髪を拭きながらソファに座り、ふとあの小さな蝙蝠の姿がないことに気付いた。
野生動物なので檻に入れたりなどするつもりもないし、自由にすれば良いと思ってはいるが、拾ってからほぼずっとアガトルテの側を離れなかった蝙蝠がいつの間にかいなくなっていれば、多少気になるところだ。
辺りを見回せば、リビングの窓のカーテンがひらひらと揺れている。
「……散歩にでも行ったかな」
何となく、この家を出て行ったわけではないだろうとは、思う。
窓へと近づき、そっとカーテンを捲れば、窓が数センチ開いていた。空気の入れ替えの為に日中、家にいる時は開けているのだ。
普段であれば、もうその窓は閉めて鍵をかけるのだが、アガトルテはカーテンを摘まんでいた手を引っ込めた。窓は閉めない。
その窓から離れた時、トントン、と玄関先の方で扉を叩く音がした。昨日の夜もこんな感じだったなと既視感を抱きつつ、玄関へと向かう。
「アガトルテ」
その声は、今日聞いたばかりの声だ。まさか今日、こんな時間に来るとは思わず、アガトルテは半ば慌てて扉を開けた。
「シンシア!こんな夜遅くに来るなんて危ないだろう」
「そういう貴方も、最初からチェーンを外すべきではないわ」
開けた扉の先には、呆れたように笑うシンシアがいた。そして。
「私は大丈夫よ。イリヤさんが、一緒に来てくれたから」
ありがとうございます、と、シンシアが後ろを振り返って言う。シンシアの背後には、赤毛の女性が腕を組み立っていた。
お礼を言うシンシアに薄く微笑み首を振るイリヤと、そんな彼女に対してより一層微笑みを向けるシンシアを交互に見て、アガトルテは少しばかり居心地が悪くなる。
何だか、二人の世界に入っているように見えて、この場にいるのが少し気まずい。
しかし、ここに来たということは、シンシアはアガトルテに用事があるのだろう。そしてアガトルテは、彼女がなぜここに来たのか、察しがついていた。
そもそも、時間がある時に来るようにと告げたのはアガトルテ自身だ。
「ごめんなさいね、こんな時間に。今朝も言ったけど、薬草が殆どなくなってしまったの。今日の内に仕込んでおきたくて」
「いや、構わないさ。行こうか」
ちらりと見上げた空には、月が輝いていた。明かりは必要ないだろうと判断して、アガトルテは家から出た。
中庭へと向かうアガトルテの後を、シンシアは慣れたようについて行く。その後ろを、イリヤが黙ってついて来る。
中庭へと出たアガトルテは、迷いもなく一つの花壇へと向かった。片膝をついてしゃがむと、その花壇に生えた仄かに青く光る草の葉を撫ぜた。
「今日来て正解だったかもな。結構立派に育ったみたいだ」
「わあ……!」
シンシアが目を輝かせて花壇の前にしゃがみ込んだ。スカートが地面に触れるのも構わず、彼女はアガトルテが触れていた薬草に手を伸ばす。
「すごい、貴方って本当に育てるのが上手ね。凄く綺麗に色づいてる。この薬草の効果はきっと良く現れるわ。ありがとう」
街一番の美人の屈託のない笑顔に、アガトルテも微笑んだ。自分が育てあげた植物をここまで喜んでくれると、育て甲斐もあるものだ。
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2017.4.9〜
BAT ROMANCE