BAT ROMANCE


古城の噂<14>


「ききっ」
「うん?野菜か?」

 髪をくい、と小さな手で引かれて立ち止まり、ガルの目線を追えばその赤い目は色とりどりの野菜に向けられていた。

「食べたいのか?」

 その問いに返答はないが、野菜を見た後にアガトルテをじっと見るものだから、買えと訴えられているようにも感じる。少し考えて、サラダなら簡単か、と思ったので、アガトルテは野菜を買うことにした。
 それとついでに、桃を二つとリンゴを二つ購入する。

 次に立ち寄ったのはパン屋だ。焼き立てのパンを何日分か買い込もうとしたのだが、此処では逆に、多いと言いたげに髪を引っ張られたので、結局購入できたのは二つだ。
 それからミルクや魚、肉を買い込んでいくが、どうにも小さな蝙蝠に購入内容を操作されている気がしてならない。
 どんどんと腕の中に増えていく未調理の食材に、アガトルテは途方に暮れた。
 顔見知りの店主には、「おまえが料理するのか?」と大層不思議な顔で見られてたが、はは、と苦笑しか返せなかった。

「おいおい、こんなに食材を買っても、俺は料理ができないんだよ」
「きょっ!」
「……まあ、良いか」

 最悪、野菜は生で食べられるし、魚も肉も火を通せば何とかなるはずだ。蝙蝠の主張など無視して調理済みの料理を買い込めば良いのだろうが、何故だか無視する気も起きなかった。

「……失礼」

 そう声を掛けられたのは、腕いっぱいの食材を抱え帰路に就く途中だった。振り向けば、そこには昨日家を訪ねて来た見目麗しい騎士が立っていた。二人ほどその後ろに部下らしき騎士を従えさせた彼は、どこか物々しい雰囲気でアガトルテを見つめていた。

「ああ、昨日の。どうかされましたか?」

 向き直り、「こんな格好で申し訳ない。今、買い物を終えたばかりで」と謝れば、いや、と彼は首を振った。

「昨日の件とは別件なのだが、少々聞きたいことがある。少し時間を頂いても?」

 そう尋ねてくるが、断れるわけもなく、アガトルテは腕の中の食材を抱え直して頷いた。

「ええ。俺に分かることなら」
「助かる。実は今朝方……貴方も耳にしているかもしれないが、我が騎士団の団員がお恥ずかしながら騒ぎを起こしてな。その者たちはどうやら、貴方の家の近くで目撃されていたようで、貴方も彼らを見ていないか、お聞きしたいんだ」
「ええと、申し訳ないが俺も今朝がたは眠っていて、騒ぎがあったのも先程聞いたばかりなんです」

 ありのままを話すが、騎士はじっとアガトルテを探る様に見つめてくる。言った言葉に嘘偽りはないし、後ろめたいことも無いのだが、その視線の強さにアガトルテは戸惑ってしまう。
 まるで心の中を読み取られそうな、そんな不思議な目にアガトルテは息を呑んだ。ゾクッと背筋を悪寒が這う。

「きっ!」

 突如、右肩辺りで聞えた鳴き声に、アガトルテはびくりと身体を揺らした。それと同時に、硬直していた身体のこわばりが解け、少しの間止まってしまっていた呼吸が戻る。
 は、は、と短く荒い息を吐きだしたアガトルテは、自分が何故息が上がってしまっているのか分からず、困惑する。

「……蝙蝠」

 騎士は胡乱げにアガトルテの肩にいる蝙蝠を見た。じろりとガルを見る目は、先程アガトルテを見ていた目とは少し違うような気がする。

「貴方のペットか?」

 違う、と言おうとしたが、まるでそれを止めるかのように、すりすりとガルが頬にすり寄ってきた。きき、と鳴いてアガトルテに懐く様は愛らしい。
 
「随分と懐いているようだ」

 そう呟く騎士の目は、先ほどとは異なりどこか柔らかい。僅かに口角をあげた騎士は、肩をすくめて言った。

「どうやら貴方が見ていないのは確かなようだ。疑って申し訳なかった」
「何があったか詳しくは知りませんが、貴方たちにも事情があるのは承知しています。気にしていません」
「そう言って貰えると有り難い。帰宅を邪魔してしまって、すまなかったな」
「いえ」
「ああ、あと、昨日も言ったが、灰色の髪のやたら古くさい服を着た大男を見たら、必ず言うように」
「……その人は、何かの犯罪者ですか?」

 ふと、好奇心がわいてアガトルテはそう尋ねた。騎士は顎を撫で少し考えると、忌々しげに唇を曲げた。

「で、あれば良いんだが」
「……?」

 ぼそりと呟かれた言葉の意味が分からずアガトルテは怪訝な顔をしたが、騎士は一つ咳払いすると厳しい目つきとなってアガトルテを見た。睨む目ではないが、どこか牽制を含んだその目に、アガトルテは昨日言われたことを思い出す。

「詮索はするな。興味は持つな。そう言ったはずだが?」

 黙り込むアガトルテを一瞥した騎士は、もうこの話は終わりだとばかりに後ろの騎士たちに帰るぞと声をかけている。しかし、ああ、と何かを思い出したかのよう小さく声を上げた。

「失礼、もう一つ。この街に、魔術を使える者は?」
「冒険者ギルドにいる人たちの中には、使える人もいると思いますよ」
「……皆が口を揃えてそう言うが、この街の住人には、いないのか?」

 きょとん、とアガトルテは目を瞬かせた。

「俺は勿論使えませんし、俺が知る限りこの街の人で使える人はいないと思います」
「……そうか」

 アガトルテの答えに首を傾げつつも、騎士はそれ以上尋ねてくることはなかった。今度こそ踵を返し街の中心へ歩いていく彼らを見送り、アガトルテもまた、踵を返す。

「何だかおっかない騎士様だな」
「ききっ」
「うん?おまえも怖かったか?……痛っ」

 かぷ、と耳たぶを噛まれてしまった。右肩を見れば、蝙蝠は何やら憮然としているようにも見える。何やら気分を害してしまったようだ。

「ごめん、ごめん。おまえは怖くなかったよな」
「きっ!」

 そうだとも、と言うように鳴き声をあげる蝙蝠に、もう一度謝って、アガトルテは今度は自分から頬を擦り寄せた。ふわりとした毛の生えた小さな頭が頬に当たる感触に、アガトルテの頬が緩む。

「……あの人たち、いつまでいるんだろうな」

 騎士を邪険にするつもりはないが、しかし、理由もよく分からず留まっている彼らに一抹の不安を抱く。
 そのアガトルテの不安をガルは察したのか、まるで宥めるかのように、小さな舌でアガトルテの頬をぺろりと舐めた。




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2017.4.9〜
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