飛び入り参加者とドラゴンの目的

「ヴァイツ、可愛い俺の弟。いったい、どうしてこんなことになってるんだ?」

 ミルドレークが、甘ったるくそう問う。しかし、やはりその目は笑っていない。

「……ミルドレーク、退け。それは俺が殺す」
「駄目だ」

 きっぱりと否定の言葉を告げられ、ヴァイツの赤い瞳孔が見開かれる。グルル、とヴァイツの喉奥から苛立った唸り声が漏れるが、ミルドレークは意に介した様子は無かった。

「ミルドレーク!!」
「駄目だと言ってるんだ、俺のヴァイツ。おまえは兄に逆らう気か?」

 その瞬間、ぞっと背筋を震わせたヴァイツは、咄嗟に攻撃態勢に入った。ミルドレークから立ち上った殺気に、奴を殺せと本能が告げる。しかしすぐさま、逃げられるなら逃げろ、と生存に傾いた本能が叫ぶ。
 じり、とヴァイツは小さく後退した。

 しかし、その殺気に反応したのはヴァイツだけではなかった。
 イサミが、反射的にだろう、その大剣をミルドレークに振り下ろした。

「おっと……!」

 先程のヴァイツに対しての攻撃よりもより早く、重たく振り下ろされた攻撃は、ミルドレークに当たることなく建物の屋根を抉る。
 ミルドレークは身を捩り、その大剣を避けていた。

「なんだ、おまえ……?スゲェ、強いよな?なァ?」

 ぽたり、と頬から汗を一筋流したイサミは、大剣の柄を握る手を一瞥した後、ミルドレークをうっとりと見つめた。イサミの手は、ぶるぶると震えている。

「今の攻撃……勇者ってのは、本当に厄介だな」

 ミルドレークはちらりと裂かれた服の切れ端を眺めた後、背後で立ち竦むヴァイツをちらりと振り返った。

「ヴァイツ。こいつは、駄目だ。良い子だから、諦めるんだ」
「何故……!」

 ぎりぎりと歯ぎしりをするヴァイツに、まるで幼子を宥めるように優しげな顔でミルドエレークは告げた。

「ヴァイツ、おまえは強いよ。いずれ、俺よりも強くなるだろう。でも、今はまだだ。そして、この勇者におまえは勝てない。その様子だと、自分が死んでもこの勇者を殺すつもりのようだが、俺はそれを絶対に許さないぞ」
「俺はそれを殺さねば気が済まない……!アレに諦められるくらいなら、命を賭してそれの息の根を止める、それが俺の矜持だ……!」
「……ったく、俺のあげたものをえらく気に入ってくれてて嬉しいけど、ここまでとなるとなあ。所有欲が強すぎるのも、まあ、おまえらしいけど。さて、ヴァイツ。おまえがここに来た目的を思い出せ」
「………」
「ヴァイツ。奪い返すつもりのモノが、壊されるのは我慢ならないだろ?」

 そう言って、ミルドレークは長い爪を携えた指である一点を示した。それにつられ視線を走らせたヴァイツは、大きく目を見開く。
 それから眉間に皺を寄せ、それまでけして意識を逸らそうとしなかったイサミを完全に意識の外に置いた様子で、屋根から飛び降りた。

 その身から臓腑を散らしながらも駆けて行く弟を見てから、ミルドレークは視線を勇者に戻した。黒色に包まれた勇者は、ミルドレークをただうっとりと見つめている。
 イサミもまた、ヴァイツのことなど忘れていた。目の前に佇む、突然現れた魔族の男しか見えていなかった。
 真っ黒い目の奥に揺らめく狂喜を見て、ミルドレークは久々にぞっとした心持になる。兄である魔王や、弟であるドラゴンに本気の殺気をぶつけられることでしか、感じたことのないそれは、正しく命の危機を知らせていた。

「……やっぱり、勇者が召喚された時にさっさと殺しに行くんだった」

 ほんの少し前の自分の無精に舌打ちして、ミルドレークは片手をそっと掲げた。短い詠唱の後、片手に現れたのは大きな鎌だ。
 にいい、とイサミが満面の笑みを浮かべる。

「さっきのドラゴンもイイけどよォ、おまえの方が……美味そうだなァ。さあ、ヤり合おうか」

 まるで睦言を囁くようにそう告げたイサミは、それまでセーブしていた力を解放した。



 絶叫が響く。壊れた言葉がぼろぼろと零れ落ちていく。

「ゆ、ゆゆゆう、ゆうしゃはぁ、ああ、あ、こ、ころ、ころろさ、ころさ、ころさなけれ、ころ、ここころすすす、し、しね、う、ううう、しね、しね、しね、」
「ぐ、ぁ、ああアアア゛ッ!」

 ぐしゃぐしゃと、鋭い刃が黒髪の青年の腹に幾度も突き刺さり、ぐちゃぐちゃとかき回している。青年にのしかかった男は、ただひたすらに青年の腹をナイフで抉っていた。
 折れた首をそのままに、口もとからは涎を零しながら、男は虚ろな目で虚空を見ながら、手を動かしている。

「ゆう、しゃ、ぁああ、しね、し、し、めいれ、こ、ころ、す、」
「う゛うぐ、あ、……あ、」

 それまで上がっていた絶叫が、掠れ、徐々に小さくなっていく。上に乗る男に抵抗し暴れていた身体は、ぐったりと地に投げ出され、時折びくんと痙攣した。
 真黒な目が映ろに彷徨い、それから、ある一点を見て、つう、とそこから一筋透明な水を流した。ふ、とその綺麗な唇がほころぶ。
 死に掛けのペットは、確かにヴァイツを見つめ嬉しそうに、安堵したように笑んでいた。


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ドラゴンのペット

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2016.10.31〜