ドラゴン、ペットを探しに行く

「ヴァイツお兄様も分かってるとは思うけど、リオ兄様が直接何かをしたってわけじゃないのよ?」

 そう前置きして、ヴェルドラは崩れ落ちてきていた岩の上に座った。足を斜めに揃えてから、ヴェルドラはちらりと転移魔法の魔法陣を見た。

「リオ兄様がしたのは、自分の魔力の一欠片をここに残したこと。力のある者ならその魔力を感知して透視できるし、やりようによってはリオ兄様の魔力の欠片を使ってここに"飛んで"これるでしょうね。それで、お荷物の一つや二つ抱えてまた"飛んで帰る"こともできるはずだわ」

 頬に手を当て、ヴェルドラは溜め息をつく。少し表情を曇らせたヴェルドラは、無言で見下ろすヴァイツを上目でちらりと見返した。

 つまり、この洞窟を修復した魔王の魔力の痕跡を追い土足でここに踏み込んだ輩がいるのだ。それだけでなく、ヴァイツのペットを奪い去った。
 テリトリーを犯されたことだけでも許しがたいが、その上ヴァイツの所有物を強奪していくなど、言語道断である。

 リオラリュードはおそらく、こうなることを見越して、故意に僅かな魔力を残したのだろう。ヒムロに対する態度を思い返せば、やりかねない。
 リオラリュードに対して腹立たしい思いもあるが、ヴェルドラの言うとおり、直接彼が何かをしたわけではないと、ヴァイツも分かっている。
 例えるなら、リオラリュードは家の扉を半開きにして帰っただけだ。その扉が半開きになっていることに気付かなかったのは、ヴァイツだ。
 ヒムロのことを無警戒だ無防備だ何だと思っていたが、これではあのペットのことをとやかくは言えない。
 自身の寝床に、こうもあっさりと侵入され所有物を奪われるとは夢にも思っていなかった。そも、そんな無謀な輩がいるなど考えもしなかった。
 なるほど、少しばかり自身を過信していたかもしれない。あるいは、油断か。リオラリュードの故意の行動には腹が立つが、それ以上に、己の浅はかさに腹が立つ。
 だが、それ以上に怒りを覚えるのは、ヴァイツの寝床に不躾に踏み込みペットを盗んだ愚か者に対してだ。
 怒りのまま、尾で床を叩けば僅かに地が揺れる。ヴェルドラがぎょっとした顔をして、慌てて立ち上がった。

「ちょ、ちょっとお兄様!お怒りなのは分かるけど、そんなに暴れたら生き埋めよ!勘弁してちょうだい!それに!ここが埋まったら、お兄様のペットがどこに行ったかすぐには分からなくなるわよ?」

 じろりと金の瞳をヴェルドラに向ければ、ヴァイツの興味を引けたと思ったのだろう、ヴェルドラは魔法陣を見下ろしたあと、ヴァイツを手招いた。
 それに従い近付けば、ヴェルドラは魔法陣を指差し問う。 

「これは転移魔法の魔法陣、ってことはお兄様も分かってるわよね?ただ、この行き先は分からないでしょう?」

 確かに、とヴァイツは頷いた。ヴェルドラの言うとおり、この魔法陣がどこかへ移動するためのものだということは分かる。しかし、ヴァイツが分かるのはそれだけだ。
 その魔法陣に組み込まれた要素、この魔法陣の場合は、誰がどこに移動するためのものかは分からなかった。

 その魔法陣は、直径1mほどの大きさのものだ。それでおおよそ、魔法陣の使用者の大きさは分かる。ヴァイツの足一本と半分、たとえば魔族(あるいは人間)一人と、もう一人くらい脇に抱えるくらいの大きさだ。
 ヴェルドラは分かっているのかと視線を向ければ、大柄な青年はその滑らか手を頬にあて、うぅんと唸っていた。

「……リオ兄様の魔力が良い具合に邪魔して、行き先が分からないわね。これはもう、直接行って確かめるしかないかしら」

 腕捲りをする勢いでその魔法陣へと足を踏み出そうとしたヴェルドラを、ヴァイツは尾で引き留めた。ヴェルドラはきょとんとヴァイツを見上げ、小首を傾げた。

「お兄様の身体じゃあ、この魔法陣は小さすぎるじゃない?だから、アタシが行こうと思ったのよ」

 確かに、この大きさの魔法陣に収まるのはヴァイツの脚一本くらいだろう。魔法陣を大きくしようにも、ヴァイツには魔法陣を作る知識等無いのでそれも叶わない。しばし考え込み、ヴァイツは一つ方法を思いついた。
 魔法陣が小さいならば、その大きさに身体を合わせれば良いのだ。
 魔法陣からヴェルドラを遠ざけて、ヴァイツはその金の目をゆっくりと閉じた。ヴェルドラが側ではっと息をのむ音が聞こえたが、ヴァイツは目を開けない。


 目を閉じていれば、段々と瞼の裏には白銀の巨体が浮かぶ。小さな丘ほどの大きさのドラゴン。金の瞳がこちらを見返す。
 それはまさしくヴァイツだった。ドラゴンの姿の、ヴァイツ本来の姿だ。ドラゴンは見上げるほどに大きい。
 ヴァイツは、ドラゴンの自分を見上げていた。ドラゴンの自分は、ちっぽけなそれを見下ろしていた。

 白銀の髪。褐色の肌。金色だが角度によっては赤が陰る瞳。人や魔族に近い顔立ちのそれは、しかし美しくはない。顔の半分は銀の鱗で覆われている。人にしては醜く、魔族にしては歪で、ドラゴンにしては異端なそれ。三白眼で瞳孔が細長い目は不気味。腕や脚もところどころ鱗が覆い、その手は分厚く堅く、そして爪は黒く尖っている。
 人でも魔族でもドラゴンでもない姿の男は、ドラゴンの自分をじいっと見上げていた。
 そして、言う。尖った歯を見せ、小さく笑って、言うのだ。


「……俺のものを取り返しに行くぞ」


 久方ぶりに使う器官を通って出てきた声は、低くしゃがれていたが、存外はっきりと言葉になった。

「うっそ……まさかお兄様のその姿を見ることになるなんて」

 傍らに立つ種違いの兄弟は、赤い瞳を丸くして、ぽかんとヴァイツを見上げた。それから頬を紅潮させ、両手を口元に当ててきゃあと声を上げた。

「いやぁん!!いつものドラゴン姿も格好良くて大好きだけど、アタシその姿も大好きなのよネ!リオ兄様とかミル兄様みたいに完璧な美しさじゃなくて、不完全なこの歪な感じたまんないのよねぇ〜。それに、イイ身体してるし!あーん、ごつい胸板がステキ……!」

 がばりとヴァイツに抱きついたヴェルドラは、うっとりとした顔でその胸に頬をすり寄せた。好きなように抱きつかせていたが、そう悠長にしていられない心理状況のヴァイツは、段々とその金色の目に赤みを帯びさせていく。そのヴァイツの変化に気づいたのだろう、ヴェルドラはヴァイツから素早く離れた。
 ごほん、と一つ咳払いして、ヴェルドラはうふふと笑う。

「ごめんなさい、興奮しちゃって。それで、その姿になったってことは、ヴァイツお兄様が直接その……魔法陣に飛び込むのかしら?」
「ああ」
「……ねぇ、お兄様。そこまで、あのペットちゃんが大事?」

 戸惑い気味に尋ねるヴェルドラの言葉が理解できずに無言で見返せば、ヴェルドラは困惑の表情でヴァイツを見上げていた。首を傾げて、ヴァイツは言う。

「あのペットは俺のものだ」
「そうね、お兄様は、自分のものを奪われるのが一等嫌いだものね。でも、その姿になってまでなの?ずうっと、ドラゴンの姿だったじゃない」
「この姿は窮屈だ」
「でも、今はその窮屈な姿をしているわ」
「本来の俺では、そこの魔法陣を使えない」
「……言い方を変えるわ。窮屈な身体になってまで、助けに行くほど、大事なの?」
「助けにいくわけではない。取り返しに行くだけだ」
「ふぅん……。やぁねぇ、妬けちゃうわ。ヴァイツお兄様にその気が無かったとしても。あー、もう、リオ兄様ったら藪蛇だったんじゃないかしら?ペットちゃんも大変だわぁ。殺意上がっちゃうんじゃないの?」
「……俺は行くぞ」

 今この時も、ヴァイツの所有物を他者が占有していると考えると腸が煮えくり返ってきて、ヴァイツは傍らのヴェルドラを置いて魔法陣へと一歩、踏み込んだ。
 魔法陣の作り方は分からないし、使い方も分からない。しかし、魔法陣とは魔力をそそぎ込んでその魔法を発動させるものだということは分かる。そして、これが転移魔法の類の魔法陣であることも、分かる。
 ヴァイツとしては、それだけ分かれば十分だ。魔法陣に、転移魔法を使用するときの感覚で魔力を注ぎ込んでやれば良い。

「ちょ、お兄様?!まさか力業で行くつもり……?!」

 ヴェルドラが素っ頓狂な声を上げるのを聞きながら、ヴァイツは魔法陣に全力で魔力をたたき込んだ。

「あぁん!もう、ヴァイツお兄様ったら無茶苦茶よ!……でもそんな所も好き!!」


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ドラゴンのペット

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2016.10.31〜