空の王子と鬼将軍 | ナノ
鬼将軍の望んだもの

「此度の戦への貢献、礼を言うぞ、ガリオス」

 男の低く朗々とした声が玉座の間に響く。
 豪華絢爛な王の座に着く男の前に跪く銀髪の男は、顔を上げぬまま答えた。

「私がすべきことをしたまでです、国王陛下」

 しゃがれた声は、聞く者の背筋をぴしりと伸ばすような、威圧感のある声だった。
 国王の側に控え立つシャルティーダは、思わず背筋を伸ばしてしまう。もともと姿勢は悪くないからか、誰もそんな彼の様子に気づいた者はいないようだ。
 ほ、と安堵するも、肩の力は抜けない。



 つい先日終結した戦争がある。
 元々相手国がスタンヴィーグ王国の北端の国境付近の街を蹂躙し、そのまま進軍してきたために始まった戦争だった。
 軍事力としてはスタンヴィーグとほぼ変わらなかったのだが、決定的に違うことがあった。

 戦争の天才。鬼将軍とも名高いガリオス・ヴィランが、スタンヴィーグ王国には存在した。

 今回の戦争も、彼がいたからこそ勝利したようなものだ。それ故に、国王の目前に呼ばれ労われるのは当然と言えた。
 今までも数多くの功績を残してきた将軍だが、今回の戦争の勝利は大きい。
 元々、国王に目をかけられていたのもあって、「褒美を取らせよう」という国王の言葉は当然と言えた。

「褒美、ですか」
「ああ。顔を上げよ、ガリオス」
「はい」

 顔を上げた将軍は、隻眼の目をすうと細めていた。元々厳つい顔をしているが、幾度もの戦争を経て傷だらけになってしまったその顔は、声と共に威圧感があった。
 鬼将軍、という渾名は、戦争で勝ち進む彼の強さだけを表したのではなく、その厳しい性格と容姿も付随しているのだろうな、とシャルティーダは改めて思った。

「何が欲しい?」
「は……今回の戦争でも、既に報酬は頂いております。失礼ながら、独り身の私には使い切れぬほどの金貨を頂き、これ以上何を望めるのでしょう。そもそも、私は国を守るという当たり前のことをしたまでです。褒美をくださるというなら、それは国のために使っていただきたい」

 そう言った後、「出過ぎたまねをして申し訳ございません」と彼は再び頭を下げた。
 そんな彼を、周囲の者たちは感嘆の目で見ている。彼の愛国心に、改めて驚き、そして感動しているのだ。
 シャルティーダもまた、ガリオスの言葉を素晴らしいと思い、憧憬の念で彼を見つめた。
 同時に、彼がここまで愛してくれているこの祖国から離れねばならないかもしれないと思うと、胸が痛んだ。
 国王である父はどう返すのだろう、と玉座の彼を見れば、彼もまたじっとガリオスを見つめていた。
 何かを思案しているようなその顔に、シャルティーダは些か不安になる。
 時折、国王は突拍子もないことを言い出すことがある。そのときの顔に近かったのだ。

「いらぬと言うのか」

 はい、とガリオスは答えようとしたのだろう。事実、口が開きかけた。
 しかし、顔を上げ国王をみた彼は言葉を飲み込んだようだった。

「……陛下?」
「金貨ではなく、何でも、と言ってもか」
「何でも?」
「うむ。おまえが欲しいと思うものを一つ、特別にやろう」
「私が欲しいもの……」
「ゆっくり決めよと言ってやりたいところではあるが、あいにくこの後会議があるのだ。できれば今、決めてほしい」
「今とはまた、急ですな」
「うむ。しかし、仕方あるまい。フォーレルン王国の使者が3日後に来るのでな。いろいろと話し合わねばならん」

 そう言って、国王はシャルティーダをちらりと見た。その視線の意味が分からないほど、察しが悪いわけではない。シャルティーダは小さく苦笑するだけにとめた。
 この件に関して、シャルティーダに言えることはなにもない。ただ、王の決定を待つだけなのだ。
 たとえ、気まずそうに、やるせなそうに、あるいは悔しげにシャルティーダを見る臣下の者たちがいたとしても。

「フォーレルン王国の、ですか」

 まるで獣が唸るような声音が玉座の間に落ちる。びくり、と何人かが肩を振るわせた。
 眉間にしわを寄せたガリオスは、どこか物騒な雰囲気を醸し出していた。シャルティーダは思わず、ぐ、と息をのんだ。
 彼を尊敬しているが、怖いものは怖い。

「ああ、そうだ。我が息子シャルティーダを欲するあの国だ」

 フォーレルン王国の使者より、スタンヴィーグの王子を自国の王子の伴侶としたい、と打診があったのは二月ほど前のことだ。
 特にシャルティーダを名指しするわけではなかったが、兄である第1王子は次期国王である為除外され、弟である第3王子は既に婚約者がいた。第4王子に至っては幼すぎる上に精霊王の伴侶として選ばれてしまっている。
 消去法で、白羽の矢が立ったのがシャルティーダだった。
 当初スタンヴィーグ王国側は断りを入れた。というのも、フォーレルン王国はスタンヴィーグ王国とは長年不仲だったからだ。
 数年前にようやく表面上は国交を回復したが、互いに腹の中をさぐり合っているのが現状で。つまり、フォーレルン王国は人質を寄越せと言っているのに等しいのだ。
 しかし断りを入れれば、表面上人質ではなく、自国の王子の伴侶が欲しいといっているのに何故そうも無碍に断るのか、といったようなちくちくとこちら側を非難するような内容の手紙が届いたのだ。婚約者もいない、第2王子がいるのに顔を会わせることすら叶わないのか、と。
 気に食わない、というだけで断る時期はもう過ぎた。昔は敵国でも、今は一応同盟国なのだ。断るなら相応の理由を提示しなければあちらも引かない。
 そして、相応の理由が今現在、シャルティーダには無かった。つまり、このままいけば、フォーレルン王国へ嫁入り、あるいは婿入りなのである。
 婚約者を作るという手もあったが、このタイミングで作ってしまえば角が立つ。
 もはや、シャルティーダの運命は決まったも同然だった。

 今、この時までは。

「ガリオス・ヴィラン。もう一度だけ問おう。欲しいものは、あるか。何でも、欲しいものを一つくれてやる。我がミリューシャ・スタンヴィーグの名において誓おう。おまえが望むのは、何だ?」

 国王を見つめていた隻眼が、す、と動いた。鋭い眼光がこちらを見ていた。その鋭さに後ずさりそうになるが、何とか踏みとどまった。

 ガリオスの、厚い唇が動いた。

「……それでは、彼の方を」

 ガリオスの目はシャルティーダを射抜いたまま。

「シャルティーダ様を、私に頂きたい」

 厳めしい顔のまま、自分の名前を告げた彼を前に、シャルティーダはただただ呆然と立ちすくんでいた。



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2016.10.18〜2017.2.7