元王子です。今は、 前





 私はとある国の王子である。
 母が2番目の側室で、なおかつ私自身4番目の王子ということで扱いは他の王子と比べれば些か雑ではあったかもしれないが、それでも庶民と比べれば遥かに良い暮らしをしてきたと思っているし、不満も何もなかった。
 母は王妃や他の側室と多少のいざこざはあったようだが、私を王に据えたいと思っているわけでもなかったようで、そのおかげで私は随分と気楽な王子生活を送らせてもらった。
 他の王子たちが日々、王位を求めて切磋琢磨或いはどす黒くえげつない攻防を繰り広げる横で悠々自適な生活を送るのは少しばかり申し訳なさもあったが、私とて自分が一番可愛い。痛いのは嫌いだし、まして死ぬのは以ての外だ。
 だから私は、他の王子たちが心に闇を抱えていくのをただ横目で見ていただけだった。可哀想だなとは思ったが、それだけだ。
 ただ私は何もせず、最低限与えられた責務はこなしつつ、彼らに目を付けられぬようひっそりと過ごした。
 そのせいか、王城、城下問わず「第4王子は影が薄い」と言われたが、私としては願ってもない評価だった。
 他の王子たちも私を脅威の存在とは思っておらず、一番上の兄を覗けば他の兄弟にはむしろ存在を忘れられていたかもしれない。
 それくらい、私は兄弟にとって、国民にとって、国にとって、良くも悪くもない存在であったのだ。いてもいなくても、同じ。
 それは、私の父でもある国王が引き摺り下ろされ、年若い末の弟が王として君臨することとなる革命が起きても、変わらなかった。


▼ ▼ ▼


 我が王家では呪いの色とされている銀色の髪と目を持ち生まれた末の弟が東の森の奥の塔に幽閉されていると知ったのは、彼が生まれて3年ほど経った頃だった。
 兄弟の中で唯一、私とそれなりに交流のあった一番上の兄がぽろりと零したのだ。

 この一番上の兄は随分と複雑な人だった。
 長兄ではあるが1番目の側室の子どもで、他者からの評判が頗る悪い。いや、悪いというよりは怖れられている、と言った方が良いのかもしれない。
 苛烈な性格の人で、己の邪魔をする者は容赦なく排除していく様には覇道を見出す者も少なくなかったはずだ。
 側室の子で長兄、という複雑な生まれのせいもあるのだろうが、長兄は随分な野心家であったように思う。他の兄弟も王位を狙っていたが、長兄はいっそ異常なまでにその地位に固執していた。
 そのため、他の兄弟とはそりが合わない所の話ではなく、私の知らないところでは物騒な命のやり取りもあっただろう程には、兄弟仲は最悪だった。
 そんな中、唯一王位に目もくれず呑気に過ごしている私が、長兄の目にはうつけものとでも映ったのだろうか。長兄は私に対してだけは、他の兄弟とは少々異なった態度で接していたように思う。


「ファルマディアス」

 10歳の誕生日。遠い昔に活躍した英雄の名をそのまま頂いた私の名を呼んだのは、当時16歳だった長兄だった。
 10歳になる頃にはすっかり存在感の薄い王子となっていた私の誕生日は、私の希望もあって盛大なパーティは行われなかった。開いたとしても、側室の子で4番目の王子である私の為に父が時間を割くことはなかっただろうし、貴族連中もさして集まらなかっただろうからだ。
 とはいえ、私も一国の王子なので、贈り物の類はご機嫌取りの一環で様々な貴族から贈られてきた。
 兄弟らも外聞を気にしてか(正直気にしても仕方がないほどには兄弟争いは熾烈と化していたが)一筆書いた手紙や贈り物を贈ってきた。
 そんな中、たった一人、長兄が何故か自ら私の元を訪れたのだった。

 名を呼ばれ振り返った先にいたのは、偶に言葉を交わす長兄で、私はその時、非常に驚いたのを今でも覚えている。
 長兄は目を見張る私を不愛想な不機嫌顔でじっと見た後、「来い」とこれまた不機嫌そうな声で私を招いた。
 それはさながら、これから罪人を折檻するために呼びつけるような感じで、周りにいた者たちは皆一様にぎょっとして私と長兄を見ていた。
 しかし長兄に一睨みされるとそそくさとその場を去ってしまった。
 流石に折檻は無いだろうが、偶然通りがかった訳でもなくきっと私に会いにわざわざ出向いたであろう長兄の意図が分からなかった私は、彼の機嫌を損ねないためにも、呼びつけに素直に応じた。
 10歳と16歳の年の差と、当時の私が同年代の子供よりも華奢で小柄だったせいで、私は彼を見上げるのに苦労したものだ。

「……如何いたしましたか、兄上」

 私の問いに、当時から刻まれていた眉間の皺をさらに深くして、踵を返した。彼の黒髪と揃いの黒いマントが翻るのを何となく目で追えば、長兄は私をちらりと見てから「来い」と低い声で言い、歩き出した。
 これからどこへ行くのか、全く見当もつかなかったが、私には彼についていくと言う選択肢しか用意されていなかった。ついていかなければ、本当に折檻が待っているかもしれないのだ。

 長兄に連れて来られたのは王城の東側の塔の一室だった。空き部屋だったようだが、埃一つ落ちておらず、高価な調度品が置かれていた。そこには大きな姿見もあり、長兄は慣れない手つきで私に右手を掴むとそこへと連れて行った。
 姿見には、赤毛の華奢な子どもと、長身の黒づくめの青年が映っていた。
 私はその時、全く似ていないと思っていた長兄と、目元が少し似ているのだと気付いたのだった。
 父譲りの、切れ長の眼だった。そこで私は改めて、私の背後に不気味に立つ男と半分血が繋がっているのだと実感したのだ。

「兄上?」

 姿見の前に立たされた私は、長兄が何をしたいのか分からなず、困惑して彼を見上げた。そして、ぎくりとした。この国では少し珍しい真黒な目が私をじっと凝視していたからだ。
 固まってしまった私など気にならないのだろう、兄はがさごそと自分の胸元を探ると、何かを取り出した。そしてそれを手に持ち、私の首へとかけた。
 長兄の指が私の首に触れた時、一瞬首を絞められると思ってしまったが、それは杞憂だった。
 姿見に映る私の首には、黒く怪しく光る小さなプレート型の装飾のペンダントがかかっていた。10歳だった私の小さな手で握りしめたら容易に隠せるくらい小さなそれは、しかし、異様なほどの存在感を放っていた。

 兄はゆっくりと床に膝をつくと、私の両肩に両手を乗せて、姿見を覗き込んだ。
 鏡越しに、長兄の黒い目と、私の緑がかった目が交差する。

「ファルマディアス」
 
 低く不気味な声だった。16歳の、まだ少年とも呼べる歳の子どもにしては大人びた声だったように思う。

「おまえは王位を望むか?」

 恐ろしい声で、恐ろしいことを問われた。答えを間違えてはいけない問いだと、幼心でも分かった。

「……いえ。わたしは、王位を望みません。わたしにそのような人格はありませんし、その……」

 つい、言ってしまいそうになったことがあって、私は慌てて口をつぐんだ。しかし長兄はそれを見逃さなかった。

「なんだ」
「っ、……わたし、は」

 私にはそれまで、誰にも言ったことのない望みがあった。言っても叶わないだろうと分かり切っていた望みだった。
 曲がりなりにも王家の血を引く私が望むべきものでは無いが、しかし、この兄にとってはある意味望ましい答えなのではないかと、ふと気づいた私はおそるおそるその望みを口にしたのだった。

「わたしは……外を見たいのです。旅がしたい。王になってはそのようなことできませんから、王になりたいとは思いません」

 そう言って長兄を見た私は、失敗したのだと、すぐに気付いた、長兄は酷く冷たい目をして私を見ていた。
 長兄はその年にしては武骨な指で、私の頬をそっと撫でながら、その薄い口を開いた。

「俺は王になるぞ。その暁には、おまえは旅に出ると言うのか。出れるとでも?」
「あ……いえ、まさか、出れるとは思っておりません。4番目とはいえ、わたしも王家の人間ですから、そのような勝手なこと、できるはずもないでしょう」

 私は慌てて首を振り、そう言った。実際思っていることでもあった。
 兄弟の誰かが王になったからと言って、私が勝手に旅に出れるとは思っていなかった。
 私の必死の言葉が面白かったのか、それとも別のことを考えていたのかは分からないが、長兄は唇の端を歪めるようにして笑った。

「その通りだ。おまえが王位を望まずとも、逃げたいと思っていても、逃げられはしない。3年前に弟が生まれたのを知っているか?」
「いいえ……」
「銀色の髪と目を持つ呪われた赤子でな。いまは東の森の塔に幽閉されている。殺されもせず、飼い殺しだ。髪の色以外は、あの王が愛してやまない女の面影が良く残っているそうだ」

 く、と喉の奥で笑って長兄は、きっと当時禁忌であったその情報をぽろりと零したのだった。

「ファルマディアス。王になれば、何をしても大概のことは許されるのだ」

 そう言って私に贈ったペンダントを指の背で撫でた長兄だったが、私は喉元にナイフを突き立てられているようなそんな心地がしたのを今でも覚えている。


▼ ▼ ▼


 革命は突然だった。しかし、それは怒涛だった。
 いつの間にか東の森の塔から逃亡していた末の弟が、革命の末に国王を斃し、兄弟を倒した。
 父も兄弟も、この国の中枢を担う者たちも、腐敗しきっていたわけではないが、そのやり方は割と力づくで容赦がない。それに不満を覚えていた者も少なくはなく、結局この国も一枚岩では無かったのだった。
 その上、この国では禁忌の色とされる銀色が他国では神の御使いの持つ色とされているという、所謂宗教的な側面もあり、末の弟を後押しする国も多数存在していたことが、こちらの敗因だったとも言える。あとは、王子たちの王位争いが激化してきたのも背景にあるかもしれない。

 革命軍か、それとも王や王子たちの一派かは分からないが、誰かがくべた火によって王城は炎に包まれていた。
 熱気の籠る廊下を、服の袖で口を塞ぎつつ私は早足で進んでいた。廊下には、血まみれの兵士や革命軍らしき男たちがところどころ倒れており、彼らの遺体に足を取られぬように早足で進むのには難儀した。

 私を守っていた数少ない兵士や使用人は、既にいない。死んだのではなく、どうやら革命軍側に着いたようだった。理由は分からないが、何か思うところがあったのだろう。
 長年共にいた身としては悲しみや寂しさもあるが、怒りの類は抱いていなかった。それに何となくだが、彼らは私を殺したいわけではないようだと、気付いていた。
 私はきっと、革命軍に拘束されるだろう。処刑されるか否かは分からないが、どちらにせよ、私は外を見ずに終わるということ。
 そう思うと、私は居てもたってもいられなかった。これは神が与えたチャンスだと思ったのだ。
 至る所で人が嘆き悲しみ死に絶えている中、私は非情にも己の欲を優先した。

 私は廊下で死に絶えている兵が握っていた剣を拝借し、炎に包まれることなく保たれていた西の離れから、王城へと向かった。
 炎ほどには明るくない長い赤毛に、王族しか纏わないような動きにくい豪奢な衣服。存在感が薄いと言われる私でも、この時はきっと目立ったはずだ。
 騒がしい声にちらりと振り返れば、見知った兵士たちの他、銀色の髪の男が私を見ていた。遠目でその表情は分からなかったが、末の弟は私を見ていた。
 炎に包まれ脱出できず、そのまま王城の奥へと炎から逃げるように走り去る私を、彼らはしっかりと目に焼き付けたことだろう。

 玉座の間にも、炎は迫って来ていた。
 血だらけの王や王妃、兵士たちが倒れていた。その中に、黒づくめの長兄の姿もあった。
 私は着ていた豪奢な外套を脱ぎ捨てた。懐に入れていた短剣を取り出し、迷った挙句、そっと外套の上に落とした。それは、母が私に贈ったものだ。炎に焼かれても、それは残るだろう。外套も、火の勢いによっては多少焼け残るはずだ。
 それから、持っていた剣で慣れないながらも長い赤毛を短く切り取った。
 床に散らばる赤毛を踏みしめて、私はそのまま、踵を返そうとした。

 ごほり、と咳き込む声がして、私は足を止めてしまった。

 この拙い一部始終を見られたのだと戦慄した。咄嗟に考え出した馬鹿げた行為を見られてしまった。

 小さな呻き声も聞こえて私は恐る恐る振り返る。

「……ファル、マディアス」

 ぞっとした。その声は長兄の声だった。10歳になったあの日、本当は末の弟の部屋になるはずだった空き部屋に連れて来られ、耳元で囁かれた声が脳裏を過った。

 振り返った先には長兄が血濡れで倒れていた。震える手が宙をかいていた。僅かに上げられた顔が私を見ていたが、その目の焦点は合っていない。
 彼にはきっと、私が見えてはいなかった。
 私が見えていないのに私の名を呼ぶとは、勘でも働いたのかもしれない。このまま私が口を噤んだままその場を去れば、きっと長兄は私に気付くことなく炎に包まれ死ぬはずだ。
 この騒ぎに便乗して国を出て、ただの“ファルマディアス”として生きていく。それが私が咄嗟に思いついた馬鹿げた案だった。問題は国を脱した後何処に行くか、どう生きていくかだが、今考えても仕方がない。
 そんな行き当たりばったり計画のうち、この国を脱するまでは上手くいくだろうと踏んでいた。このまま踵を返せば良いのだ。
 そう思うのに、私の足は動かなかった。徐々に炎は大きくなり、そろそろ私が知っている抜け道を使うのも困難になりそうだというのに、私は迷っていた。

 私は長兄が恐ろしかった。
 だが、嫌いではなかったのだ。
 仲の良い兄弟としてのやり取りはなかったが、物騒な命のやり取りも無かった。
 敵の多い彼にとって、脅威でも何でもない私が、ある種新鮮であったのだと気付いたのは数年前だった。
 存在感の薄い私をふと思い出したかのように時折不器用に構う姿は、兄として正しい姿ではなかっただろう。だが、それがこの男であり、そういった性質なのだ。
 私はきっと、彼に嫌われていなかった。だから、私が彼を嫌うことも無かった。

「……兄上」

 この国の兵士に支給される剣を腰に帯び、私は長兄の前に立っていた。
 呼びかければ、長兄の手が再び小さく動いた。
 その場に片膝をつき、そっと肩に手を置けば、思いがけない速さで長兄の手が動き、私の右手を掴んだ。

「……ファルマディアス」

 私を見つめる黒い目が、今度は焦点を結んだ。私が映っていた。
 頭をぶつけたのか、長兄の額からは絶えず血が流れ落ちていた。私はそれをそっと拭い、「立てますか」と尋ねた。

「……ああ、」
「私はこれから国を出ます」

 長兄は、なんとか焦点を結んで私を見ようとしているようだった。

「……逃げるのか、ファルマディアス。何故。何故だ、逃げられると思っているのか。俺は王に、王になるのだ。王にならねば。ああ。ああ、玉座がすぐそこにある。ははは、そら、すぐそこに!」
「……兄上、兄上。負けたのです。私たちは玉座から追われた」

 長兄は、私の言葉にその目をかっと見開いた。真っ黒な目の中に、額から流れた血が流れ込んでいるというのに、全く気にしたそぶりもなく、長兄は私を睨みつけていた。

「負けただと?この俺が、あの下賤な呪われた男に負けたなど、ありえん、俺は王になる男だ!奴にも、誰にもその座を渡すものか!」

 兄はこんな時でも王位に固執していた。何が彼をそこまで突き動かすのか、私にはさっぱり分からなかった。
 私の手首を掴む長兄の手を握った。もうこれ以上待てなかった。だが、私には長兄をこのまま見捨てることもできなかった。

「……兄上。私はこの国から出ます」
「ファルマディアス……!」
「兄上が王位を欲しているのは重々承知しております。私はそれを邪魔するつもりは無いし、彼から王座を取り戻すと仰るならそれも結構。ですが、このままでは死んでしまいますし、生き残ったとしても、革命軍は貴方を生かしては置かないでしょう。彼らが一番恐れていたのは貴方だ、兄上。父よりも、他の兄弟よりも、貴方が一等恐ろしいのだと民は知っている」
「………」
「……民を思うのであれば、私はここで貴方の手を離し立ち去るべきなのでしょう。ですが、私は、兄上。ここで貴方を見捨てられるほど、貴方のことが嫌いではない。逃げましょう、兄上。共に逃げるのが嫌であれば、せめてその怪我が治るまで」

 長兄は私をじっと見つめていた。だが、普段は冷徹に研ぎ澄まされている黒い瞳は、僅かにゆらりと揺らいでいた。迷いに似た何かを、長兄は抱いているようだった。
 黙り込んでしまった長兄は、しかし、それ以上喚くつもりも無いようだった。
 その無言を肯定と受け取って、長兄を立ち上がらせようとしたが、その前に、長兄の纏っていた黒い外衣をそっと脱がせた。剣で突き刺されたらしき穴が開いていたそれを、床に放った。

「兄上」
「……なんだ」

 声が何処か虚ろだった。長兄の懐にあった懐中時計を取り出して、問う。

「これは大切なものですか?」

 ちらりと懐中時計を見た長兄は、特に興味も無いように視線を外した。もう声を出すのも億劫なようだ。
 私はその懐中時計を床に置くと、長兄の体を支えるようにして立ち上がらせた。
 私よりも背も高く体格も良いが、私も父に似たのか体格は良い方だったので、多少よろめきつつも歩き出すことができた。

「……兄上」
「………」

 返事はない。呼吸も浅い。これは、国を脱する前に死ぬかもしれない。
 最低なことに、あれほど長兄を見捨てることはできないと思っていたのに、死んでしまったら捨て置こう、と思ってしまった。
 結局私は、生きている長兄を見捨てることはできずとも、こうして助けている最中にうっかり死んでしまったら仕方がない、と思ってしまうような、そんな男だった。
 私も所詮、この男や他の兄弟と同じ血を引く者なのだ。

 だが、死んでいない長兄を捨て置く気はなく、半ば引き摺る様に長兄を連れて、私は王城の抜け道を急いだ。
 さすがに抜け道の先を見張っている者もおらず、あっさりと王城を脱し、国境に近い森の中に入れたことには拍子抜けしたが、幸運だったと喜ぶことにした。
 その時点で長兄は気絶してはいたものの、死んではいなかった。
 あまり得意ではない回復魔法をかけ、呼吸が安定したところで、私はこの騒ぎで逃げだして来たらしい大きな馬を一頭見つけるのに成功した。
 大柄な男二人が乗っても身軽に駆けることのできる馬は、人に飼い慣らされていたらしく従順で、私は長兄と共にその馬で国境を越え、隣国の中でも地図に乗っていないような小さな町に辿り着くことができた。
 その町の人々は心配になるほど親切な者ばかりで、「隣国の革命に巻き込まれ大怪我をした兄と、兄を連れて命からがら逃げだして来た弟」という怪しさしかない私の言葉を真に受け快く迎え入れてくれた。
 長兄の目が覚め、多少動けるようになったら町を出ようと決めた私は、正直この幸運続きを恐ろしく思っていた。
 あまりにとんとん拍子にいきすぎている。神が味方に付いた、等と思えるほど私は善良ではないし、長兄など言わずもがなである。
 後々痛いしっぺ返しが来るのでは、と嫌な予感を抱きつつ、怪我のせいで高熱を出し寝込む兄を看病して3日目。
 ようやく目覚めた兄が、ぼんやりと室内を見回したことに私は安堵した。
 そして。

「……おまえは、誰だ?」

 眉間に皺を寄せて私を見つめる黒い目に、私は頭が痛くなった。