■ 偽物の中庭

 タカトが何か呟くと、地面から蔦が生え、フィオラルドの手首を地面に縫い止めた。その拘束に驚き顔を上げようとしたが、タカトが押さえつけるように喉を軽く掴んだので、それは叶わなかった。
 困惑の表情を浮かべるフィオラルドに、タカトは目を細める。

「抵抗しねぇのは、今から何をされるかはっきり分かってないからか?“あの時”ちらっと聞いた話じゃ、女経験は王子サマ全員教育の一環であるって聞いたし未経験じゃねーだろう。ああ、もしかして、女顔じゃないからソウイウ対象として見られたことないのか。それにどっちかっていうと、アンタって男側ぽいしな。言ってる意味分かる?」

 フィオラルドの表情から、その言葉を知っているのを見て取ったのだろう、タカトは下品に唇を歪めた。

「分かるってことは、ソウイウお誘いはされたことがあんのか。ただ、オンナ側として誘われたことは無いってか」

 手の自由を奪われて地面に寝転がるフィオラルドの胸から腹、そして腰をタカトの手が撫でる。擽ったさにぴくりと身体を動かしてから、フィオラルドはまさかとその切れ長の目を見開いた。

「理解したか?自分がナニされるか」

 するりと、タカトの手がフィオラルドの服の中に滑り込んでくる。ひやりとした指先が肌に触れ、背筋を悪寒が走る。
 タカトの言う通り、自分が今から何をされるのか、フィオラルドは気付いた。さっと、顔色を変え頬を引きつらせたフィオラルドを、タカトは見下ろしていた。

 タカトがどこで聞いたかは知らないが、タカトが言ったようにフィオラルドは女性との経験はある。それは愛を持っての行為ではなく、然るべき時の為の練習として、教育の中に組み込まれた行為だった。相手はきちんと吟味され選ばれた、言わば“教師”だ。王族を相手にしたと言う驕りを持つことのない、けして妊娠しない女たち。されど身分は卑しくない、そんな女たちだった。
 夫婦、とは、何も男女のみを言うのではない。子供は出来ないが、男同士、女同士で結婚する者は少なくない。王族の中にも、同性と結婚する者はいる。だから、フィオラルドは同性同士の色恋や行為に対して差別的な思いは無い。
 フィオラルドは王族で、しかも容姿はとりわけて良い。第3王子でひっそりと過ごしているが、それでもフィオラルドに好意を向けてくる人は少なくなかった。実際に、人目の付かない場所で擦り寄られ誘われたことが何度もある。
 だが今、この時のように、フィオラルドを抱こうとするような男を相手にしたことは無かった。今まで男側として誘われたことしかなかったのだ。
 それは、美しく甘い顔立ちの兄弟たちとは違い、男らしく整っていたからだろう。そしてフィオラルド自身、自分が抱きたいと思われるような男ではないと思っていた。そもそも、そんなこと考えもしなかった。
 だというのに、自分を押し倒し肌に触れてくる男は、その自分が考えもしなかったことを行おうとしているのだ。

―――元勇者のこの男は、俺を犯そうとしているのだ。

「おっと、ようやく自覚したか?」

 ぎちりと手首が痛んだことで、フィオラルドは無意識にこの手首の拘束を解こうと力を込めていたことに気付いた。ぶつ、と小さな音が聞こえてきて、タカトは感心したように言った。

「アンタ、結構力あるんだな。よく見たら、この手も剣使ってる奴の手だし。魔力量だってアンタ兄弟の中じゃトップだろ。その上、英雄って呼ばれた伯父サンにそっくりで、大賢者の言葉で軟禁状態ってさあ。これ、もう主人公じゃねーの」

 くつくつと低く笑って、タカトはにんまりと唇を歪める。フィオラルドの手首を拘束する蔦が、みちみちと悲鳴を上げて裂ける直前、その手首を上から押さえつけた。

「でも、残念。アンタがもし主人公だったとしても、現状は変わらない。アンタは俺に勝てない。それは、自分でもよく分かってんだろ?」
「タカト、貴方は、何故こんなことをする……?いや、それは愚問か。俺に対しての罰か」
「……罰?あー、そんなことは考えてなかったな。大体、コレが復讐としての罰だったら、俺はアンタ以外の奴らにコレ以上の罰を与えてやんなきゃならない。そんなのゾッとする。絶対嫌だね。たとえ、アンタのお綺麗な兄弟でも男なんて御免だ」
「それなら、尚更男にしか見えない俺を相手にする理由が無いだろう」
「……理由、理由な」

 タカトはフィオラルドの手首を頭上で一纏めにして拘束すると、その白い頬をそっと撫でた。そして、ふと遠い目をした。フィオラルドを見ているが、見ていない、そんな目だった。

「俺、アンタがいまいち分かんねぇんだ。あのクソ神はこの世界にたった一人俺の味方がいると言っていた。“あの時”を振り返っても、“今”を過ごしても、一番当てはまるのはアンタだ。お人好しのフィオラルド・ルス・グラナドール。アンタ以外、裏がある。でも、だからってアンタが絶対に俺の味方だと断言もできない。ここでアンタがそうだと言っても信じない。アンタらここの世界の住人が、俺をこんな人間不信にしたんだぜ?と言っても、この前も言ったが、アンタのことは恨んじゃいない。これは本当だ。アンタは本気で俺たちを元の世界に返してやりたいって思ってるのも疑っちゃあいない。ずーっと見てたからな。これで実はそうじゃなかったらアンタは余程の策略家で演技派だ。でも、アンタのことは恨んでなくて殺したいと思わないとしても、俺にはアンタが味方だって信じることができないし、殺せないんじゃなくて殺さないだけでいつだって殺せる。それこそ、邪魔だと思ったらこの首」

 べろりと、フィオラルドの首をタカトの舌が這う。そして甘く噛み付くと顔を上げて獰猛に笑った。

「いつだって圧し折れる」

 フィオラルドの目に脅えが走ったのを目敏く見つけたのだろう、タカトは「死ぬのは怖いよな」と子供に言い聞かせるような優しい声音で言った。その目は相変わらず濁っている。

「そう言えば、アンタをヤる理由だったか。何だかアンタの目を見てるとヤりたくなった。それだけ。それで納得いかないんだったら、アンタの中で適当に犯される理由を付ければ良いさ。勝手に異世界に召喚してしまった罪。全く関係ない世界を救わせるために魔王討伐なんていう死地に向かわせようとした罪。………何時の事かも分からない、漠然とした、でも殺されても仕方がないと思ってしまうほどのいつかの罪。好きなのを選べよ。何なら、俺のせいにしたって構わない。……でも、アンタはその綺麗な紅い眼を隠すな。アンタの目の前にいるのはこの俺だっ……!」

 それはおそらく、慟哭だった。涙も大声も無き慟哭だった。様々な負の感情が籠る目が、縋るようにフィオラルドを見つめていた。

 まるで迷子の子供が、やっと見つけた大人に必死で手を伸ばしてきたようだった。そんな子供を、フィオラルドは手酷く振り払えはしなかった。


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王子様と2周目勇者