■ とある勇者の回顧-1

 日常が非日常に変わるのは突然だった。



 青白い光とともに、地面いっぱいに奇妙な模様が現れた。見えているのは自分だけ。
 いや、あと一人唖然とした顔をした少年がいたから、おそらく彼も見えていたのだろう。しかし、他の人々には見えていないようだった。少年の周りに常にいる男たちが、不思議そうな顔をして彼の名を呼んでいる。

 一層青白い光が強まって、何かに足を絡めとられたようにその場から動けなくなった。

ーーーああ、逃げられない。

 そんなことを思った瞬間、視界が眩んだ。脳内に響き渡ったのは女でもあり男でもある声だった。何を言っていたか、結局思い出したのは全てが終わった後だった。



「勇者様……!やった、成功だ!」

 まるでファンタジーだった。いや、ファンタジーでしかなかった。
 中世ヨーロッパの貴族が着ていそうな服を着た美しい容姿の男たちと、黒いローブを着こんだ人間10人ほど、そして甲冑を着た騎士が数人。彼らは、興奮した様子で勇者様、とタカトたちを呼んだ。
 意味が分からない。意味が分からず困惑は強かったが、それと同じくらい、これから非日常が始まるのだと漠然と理解して、胸が躍ったのは紛れもない事実だった。
 あの日あの時あの瞬間、確かにタカトはわくわくしていた。


 突然の非日常。夢物語の世界へと飛び込んだ主人公になったのだと。愚かにも喜んでしまった。物語の“主人公”全員がハッピーエンドを迎えるとは限らないのに。


 軽く自己紹介をしたところで、ふと視線を感じた気がしてタカトはきょろりと辺りを見回し、そして、まるで紅い宝石のような瞳に目を奪われた。

 生きてきた年数は17年と少し。短い人生の中で、タカトは初めて「美しい瞳」を見た。美しい容姿の人間はそれこそテレビの中や顔面偏差値の高い学園内で見たことはあったが、人の目を美しいと感じたことは今までなかった。
 美しい目だ。そう思って、そんな目を持つ人間はいったいどんな顔をしているのだろう、と改めて彼を見た。言葉を失くした。
 今、タカトたちを囲む男達だって美しい容姿をしている。後にこの国の第1王子だと判明する男なんて、服を女物に変えれば美女と言われても信じてしまうくらいには綺麗だ。他の王子たちだって系統は違えどそれぞれ美しい顔をしている。
 彼もまた、美しい容姿を持っていた。しかし、煌めく金髪は他の王子たちよりも短いし、体格もタカトとそう変わらない。切れ長の涼しげな目にすっと通った高い鼻筋、薄く形の良い唇。世の女性たちがけして放ってはおかないだろう美丈夫だ、けして女顔ではない。だが、タカトは彼を一番美しいと思った。

―――もっと見ていたい。

 そう思った瞬間、はっと我に返って慌てて目を逸らした。自分はいったい、何を思っているのか。いくら容姿が良いとはいえ、男に対して抱く感情では無かった。自分にその気は更々無かったが、中学時から男子校だとやはり多少は影響を受けるのかもしれない。

「タカト殿とイズル殿、どちらが勇者なのでしょうか?」

 眼鏡をかけた優男が尋ねてきたことで、男に見惚れてしまっていたことへの焦りは追いやられた。その疑問は彼だけのものではなかったらしく、タカトたちの周りに集まった男たちは真剣な顔で二人の返答を待っている。

 どちらが勇者か、と聞かれても、タカトには分からなかった。なにせ、突然召喚されたただの男子高校生だ。特別、異能があるわけでもない。それはタカトだけではなくイズルも同じらしく、戸惑った様子を見せた。
 少し俯き、ふるりと睫毛を揺らすその様は、どこか庇護欲を誘う。誰かがはっと息を呑んだ。男子校という環境下で愛され構われているのは度々目にしていたが、このファンタジックな世界でもその魅力は健在らしい。

「あ、ぼ、僕はその、勇者なんて大層なものじゃない、です……きっとタカト君が勇者だよ」

 途切れ途切れに言うイズルは、ちらりとタカトを横目で見上げてきた。イズルの背が低いのと、タカトの背が高いのとで、身長差ができて、結果、イズルは上目遣いをすることとなった。それに対して、どきりともしない自分にタカトは安堵する。学校のイケメンたちを次々と骨抜きにしていく少年にはノンケ落としなんていう物騒な称号があるのは伝え聞いていたが、自分は如何やらその餌食になることは無いらしい。
 妙な所でほっとしながらも、タカトはイズルの言葉を反芻してとんでもないことを言われたのに気付いた。

「え?いや、まだ分かんねぇって。俺だって勇者って柄じゃないしな」

 この時点で、タカトとイズル、どちらが勇者かなんて分からなかった。だから、イズルがタカトを勇者だと推す言葉を、慌てて否定した。

 いや、振り返って見れば、強い否定はしなかった。

 はっきり言って、気分が良かったのも確かなのだ。勇者は柄じゃない、と言っているが、「勇者なわけない」と否定しなかった。
 それはひとえに、淡い期待があったから。

 自分が勇者なのではないのかと。魔王を倒し、この世界に平和をもたらす、主人公。それが、自分だったらどれほど楽しいのだろう。どれほど誇らしいのだろう。

 魔王を倒して、綺麗なお姫様を救って、伝説の勇者様と後世で伝えられる、そんなハッピーエンドをもたらすことができるのかもしれない。
 そう思うと、これから自分を待ち受けることに胸が躍った。



 それに、魔王を打ち破って世界に平和をもたらせたら、紅い瞳を持つ彼だって、何故か憂いに陰る顔に、笑みを浮かべてくれるかもしれない。




 1周目の勇者はハッピーエンドを夢見ていた。

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王子様と2周目勇者