小説 | ナノ

 第42話:目覚め


 腕相撲から数刻後。
 ふと思い立って屋敷の中の拭き掃除をしていたら、あっという間に夜になってしまった。
 ぴかぴかになった長い廊下を眺めながら、私は額に浮かんだ汗をぬぐう。
 まだまだ各部屋の細部まできれいにしたいし、お庭の掃き掃除もしたい。
 掃除というのは一度やり始めると、次々に気になるところが目につくものだ。



 ひとまず今日のところは終了と、桶に雑巾を浸して持ち上げる。



 (もうすぐ夕餉の時間だなぁ)

 草履をはき、薄暗くなった空を見上げながら井戸のほうへと向かう。
 広々とした敷地の乾いた砂地を踏み鳴らしつつ歩いていると、はるか前方から私を呼ぶ声が聞こえてきた。
 門の方角だ。



「みこちーーん!! 大変や!!」

 目をこらして見てみれば、息をきらしながらこちらに走ってくる人影がひとつ。


 ――ゆきちゃんだ!
 その姿を目にとめた瞬間、胸の奥が大きくざわめき、嫌な汗が一すじ背中をつたった。

「ゆきちゃん!? どうしたの!?」

 こうしてここに来てくれたということは、かすみさんに関係する話にちがいない。
 持っていた桶をその場に置いて、私は彼女のもとへと駆け寄った。


「かすみさんが、目ぇ覚ましはった!! とにかく急いで来て!!」

 立ち止まって腰を折り、崩れおちそうなほどに荒く息を吐きながら、ゆきちゃんは切迫した表情でこちらを見る。
 よほど急いでここまで来たんだろう。
 その様子から、穏やかな状況でないことは察しがつく。


「ゆきちゃん、わざわざありがとう……! それで、かすみさんの具合はどう?」

「体に問題はないんやけど、知らんとこで目覚めたせいか、えらい取り乱してはってな……怪我の療養がてらうちであずかっとるやえさんが、今は相手してくれとるんやけど……」

 どうやらそれも、あまり思わしくないようだ。
 ゆきちゃんの顔色が深刻な現場の様子を物語っていた。

「それじゃ、すぐ行くよ! 中岡さんに話をしてくる!」

「せやったら、うちもついてくわ」

「うん!」

 ゆきちゃんの手をひいて、早足で中岡さんの部屋へと向かう。
 かすみさんのことを思うと、もう一刻たりとも無駄にしたくはなかった。





 廊下を中ほどまで来たところで、奥に見える中岡さんの部屋の障子が開いた。

 そしてそこからぞろぞろと出てくるのは、隊の幹部さんたちだ。
 大橋さんに香川さん、田中先輩。続いて隊長の中岡さんの顔も見える。
 勢ぞろいして、隊のことについて話し合いでもしていたのだろうか。



「天野、そろそろメシにすんぞ! 今夜は香川も一緒に食うってよ」

 と、田中先輩が言葉を発するのと同時に。
 こちらと目が合ったみなさんは、はっと息をのんで歩みを止める。

「誰かと思ったら、ゆきちゃんじゃないか」

「本当だ……! どうした、ゆきちゃん?」


 突然の来訪者にふいをつかれたような顔をして、四人は私たちの周りに集う。
 螢静堂から報せが入るというのがどいうことなのか、彼らも分かっているはずだ。

「一刻ほど前に、かすみさんが目を覚ましはりました。みこちんを連れて行ってもええですか?」

 ぐっと拳を握り、緊迫した表情で、ゆきちゃんは中岡さんを見上げた。
 私も、彼女の言葉に続けて口をひらく。

「かすみさん、知らない場所で不安みたいで。今すぐ駆けつけてあげたいんです! 外に出てもいいですか?」

 こうしている間に日は落ちて、もうあたりは真っ暗だろう。
 夜道を行くのは怖いけれど、このままじっとしているわけにはいかない。
 私は懇願するように中岡さんに訴えた。

「……そうか、目を覚ましたか。わざわざ知らせに来てもらったのだから、見舞いには行くべきだな」

「中岡さん……! ありがとうございます!」

「二人では危険だろうから、誰か付き添わせよう」

 中岡さんがそう言うと同時に、大橋さんがすっと一歩前に出た。


「私がお供しましょう。準備をしますから、少々お待ちください」

「わ、大橋さん! ありがとうございます!」

 迷わず引き受けてくれたその優しさが、痛いほど身にしみる。
 私は深く頭を下げて、込み上げてくる涙をぐっとこらえた。

 大橋さんはそんな私の頭にそっと手を置いて、自室へと戻っていく。


「んじゃ、オレも行く!」

「心配だし、俺も行こうかねぇ」

 続けて田中先輩と香川さんも名乗りをあげてくれた。

 すごくありがたいし心強いけれど……。
 それだと幹部のほとんどが出払ってしまうことになる。
 さすがに、隊にとってはよくないことだよね。

 なんてぐるぐると考えながら、返す反応を決めあぐねていると……


「付き添いは、一人で十分です。お気持ちだけ受け取らせてもらいます」

 きっぱりと強い口調で、ゆきちゃんが申し出を断った。
 いつも朗らかなゆきちゃんの、そのばっさりとした対応に、二人ともかちんと凍りついて言われるがままうなずいている。

 ここに来てから、ゆきちゃんは一度たりとも表情をゆるめていない。
 ずっと青ざめた顔で下を向いている。

 ……かすみさんは一体どんな状態なんだろう。
 現場につくまで気をしっかり持とうとは思うけれど、どうしても不安な気持ちが込み上げてきてしまう。




「――となると、今夜は帰ってこないんだな?」

「はい、多分そうなります」

「分かった、気をつけて行って来るんだぞ。ゆきちゃんも、わざわざありがとう」

 中岡さんは私の肩に軽く手を置き、そして――隣に立つゆきちゃんをねぎらうように、ポンポンとその背をたたいた。
 気持ちがゆるんだのか、ゆきちゃんはじわりと涙をにじませながら、深く頭を下げる。


「それじゃ、私も準備してきます。ゆきちゃん、ちょっとだけ部屋の前で待っててくれる?」

「うん……」

 静かにうなずくゆきちゃんに一瞥して、自室へと戻る。

 準備といっても大した荷物はないから、すぐに終わる。
 着替えと櫛、そして金平糖の包みを風呂敷に包んで、私は立ち上がった。





「……天野、ちょっと来い」

 ふいに隣の部屋の襖が開いて、田中先輩が顔を出す。
 あまりに唐突で、一瞬びくりと体が浮いた。

「何ですか?」

 先輩のもとへ近づくと、彼は私の手をとって何か固いものを握らせた。

「念のため、コレ持ってけ。弾は三発入ってる……誤射すんなよ」

「わ、ピストール……いいんですか? お借りして」

 あの晩、私の身を守ってくれたピストールだ。
 ずしりと重く、しっくり手になじむ。

「おう。いいか? 引き金を引くのは命にかかわる時だけだぜ。むやみに扱うな、誰にも見られちゃいけねぇ」

「分かりました、ありがとうございます」

 部屋の外に聞こえないように、お互い声をひそめて言葉を交わす。
 そして私は、受け取ったピストールを懐にしまい込んだ。



「あ、そうだ先輩。これあげます」

 風呂敷から金平糖の包みをひとつ取り出して、先輩に押し付ける。

「なんだこりゃ?」

「金平糖です。腕相撲のご褒美に」

「なんだ、結局褒美くれんのかよ」

「先輩、すごく強かったですから。またやりましょうね」

「おう。ありがとな……気ぃつけて行ってこいよ!」

 小さく笑った先輩は、私の頭をくしゃりと撫でる。
 そして、そのままそっと背をおして、廊下の外へと送り出してくれた。

 廊下にはゆきちゃんと大橋さんが立っていた。
 大橋さんは腰に刀を差し、小さな風呂敷を担いでいる。
 もう出発する準備は整っているようだ。




「お待たせしました、行きましょう」

 私の言葉に、二人は静かにうなずき返す。
 そうして、私たちは慌ただしく屯所を出ていくのだった――。







 中岡さん達に見送られて門を出てから、四半刻ほど経っただろうか。
 ひっそりと静まり返る夜道を、大橋さんを先頭にして歩いていく。
 やがて賑やかな通りに出ると、夜店の灯りにほっと心を落ち着かせながら、自然と足どりは早くなる。

 もう少しで螢静堂が見えてくる――。

 無言のまま、ひたすら入りくんだ路を歩いていく。
 最初は矢生一派の襲撃を恐れて身を縮めていた私も、大通りに出て人通りが増えるにつれ、気持ちが安定してきた。

 大橋さんもいてくれるし、今はピストールだって持っている。
 もしもの事があっても、なんとか逃げきることはできるだろう。
 思いがけずふたたび手にした武器の重みを感じながら、私は懐に手を入れてぐっとその銃身を握りしめた。


 ほどなくして、私たちは目的の場所にたどり着いた。
 螢静堂の門をくぐり、まずは客間へと通される。
 この間、雨京さんとむた兄が話をしていた部屋の隣だ。
 ゆきちゃんは、ここで少し待っていてほしいと言い残して部屋を出ていってしまった。



「大橋さん、おかげさまで無事にここまで来ることができました。ありがとうございます」

 あらためて謝意をのべながら、頭を下げる。
 やっぱりまだ夜道を行くのは、少なからず足がすくむ。
 大橋さんが一緒に来てくれて、本当に頼もしかった。

「いえ。もともと、かすみさんが目を覚ました時は私も見舞いにうかがうつもりでしたから」

「そうですか。かすみさん、どんな調子でしょうね……すぐに会えるでしょうか?」

 ゆきちゃんの顔色を見る限り、安定しているとは言いがたい状況のようだけど……。
 やえさんもここで療養中だそうだから、彼女にも会って話を聞いておきたい。



 どうにも落ち着かず、そわそわとした心持ちのままその場に座っていると、やがて廊下の向こうでばたばたと慌ただしく走り回る足音が聞こえてきた。

 続けて、何か切羽つまった様子で言い合う声と、耳をつんざくような悲痛な叫び声が上がる。




「どうしたんだろう……!?」

 ただ事ではない様子に思わず立ち上がり、障子を開けて部屋の外をのぞく。
 すると、奥の部屋から真っ青になって飛び出してきたゆきちゃんと鉢合わせた。

 その手には、何やらべっとりと血のついた手拭いが握られている。


「どうしたの、ゆきちゃん!?」

 仰天しながら廊下におどり出て、声をあげる。
 するとゆきちゃんは『しまった』という表情で、びくりと肩をふるわせ、人差し指を口もとにあてた。


「しーっ、みこちん、静かに」

「あ、ごめん。それで、何があったの……?」

 どうしても目線は、血みどろの手拭いにいってしまう。
 一体なんの血なんだろう……。
 もしかして、かすみさんの傷口がひらいてしまったのだろうか。




「実は、かすみさんがな……」

 と、そこまで口にして。
 ゆきちゃんは、ためらいがちに目線をおよがせながら言いよどんでしまう。

「いいから、教えて!」

「うん……その、かすみさんな、湯飲みを割って、その破片で手首を切りはったみたいで」

「え!? それは大変! 割れた破片が刺さっちゃったりしたの!?」

「……ちゃうんや、湯飲みを割ったのはわざと……自害するつもりやったっちゅうこと」

 それは、予想もしていなかった返答で。
 一瞬頭を思いきり殴られたかのように、ぐにゃりと視界がゆがんだ。


「かすみさん、そんなに傷ついているの……?」

「起きてからずっと不安定で目を離せんのよ。今かて、やえさんが少し席をはずした隙にこうなってしもうて……」

「私、会いに行ってもいいかな? 手伝えることがあればなんでもするし、できるだけかすみさんのそばにいてあげたいの」

「せやねぇ……」

ゆきちゃんは困り果てたように目をつむって考えを巡らせ、そして小さくうなずいた。

「……うん、みこちんならええやろ。かすみさんに顔見せたげて」

「わかった。ありがとう、ゆきちゃん」

 目の前にたたずむゆきちゃんの手をにぎり、廊下の奥へと視線を向ける。

 かすかに障子があいた突き当たりの部屋――。
 あそこに、かすみさんがいるんだ。
 ごくりと息をのんで、一歩を踏み出した。




 するとそこで、背後から声がかかる。

「私は、ここで待っていた方がよろしいでしょうか」

 大橋さんだ。
 彼は客間の鴨居の下に立ち、深刻そうな表情でこちらを見つめている。

「そうですね、待っとってもらえますか。今は、男の人を見ただけで錯乱してしまいますんで」

「分かりました、このままこの部屋でお待ちします。ちなみに、お兄さんはどちらに?」

「兄は、神楽木さんを呼びに。そろそろ帰ってくる頃やと思います」

「なるほど……では彼らの到着を待ちましょう。どうぞお二人は、かすみさんのもとへ」

 そう言って襟を正すと、こちらに一礼して大橋さんは静かに障子をしめた。




 ――そうか。
 かすみさんは、男の人と接するのを怖がっているのか―…。
 連れ去られて監禁されて、ひどい目に遭わされたのだから無理もない。
 想像も及ばない痛みだ。
 体についた傷は自然に治っていくけれど、心の傷はどうやって癒せばいいのか。
 かすみさんは、どれほどズタボロに傷つけられてしまったのだろう―…。

 考えれば考えるほど、ぎゅっと身体中の臓物を握りつぶされるような、叫びだしたくなるほどの苦痛が全身を駆けめぐった。


「ゆきちゃん、むた兄は、かすみさんの具合を見てあげられるの?」

「ううん、あかん。兄ちゃんの顔見た瞬間に、えらい取り乱してしもうて……それから半刻くらい落ち着かんかったんや」

「そうだったんだ……」

 ぽつりぽつりと小声で語り合いながら。
 私たちは廊下を奥へと進んでいた。

 聞けば聞くほど、かすみさんの心は弱りきっている。
 矢生一派とは関わりのない人間でも、その人が男であるというだけで拒絶してしまうようだ。
 少しのことがきっかけで、悪い記憶が頭の中に流れ込んできてしまうんだろう。


 りくに急襲されたあとの私ですら、制御できない錯乱状態に陥った。
 あの時は、見るものすべてに敵意と策略を感じ、どこへ行っても付け狙われているような気がしていた。
 何日も敵の根城で恐怖を味わったかすみさんの心の傷は、その比ではないはずだ。





「……ついた、この部屋や。まずはうちが行くから、呼んだら入ってきてな」

「うん、分かった」

 障子の前で足を止め、ごくりと息をのんで相づちをうつ。

 ゆきちゃんが一声かけながら部屋の中に入っていくのを見送りながら、私は汗で濡れた手のひらをかたく握りしめた。
 ばくばくと壊れそうに鼓動がうちつけ、頭の中が真っ白になる。


 よく考えれば、あの事件以来かすみさんとちゃんと話をするのは初めてだ。
 私は何と声をかければいいだろう。
 謝らなきゃいけないことばかりが浮かんでくるけれど、きっとそんなことは今言うべき言葉じゃない。





「みこちん、入って」

 ゆきちゃんが、こちらにひょいと顔を出して手招きをする。

 いよいよだ。
 もう、ぐだぐだと考える必要なんてない。
 ただ素直に目の前のかすみさんに向き合おう。



「入るよ、かすみさん……」

 深く息を吸い込んで気持ちを整え、私は部屋の中へと足を踏み入れた。

 中央に布団が敷いてあるだけの、殺風景な部屋。

 枕元の畳を、やえさんが雑巾でぬぐっている。
 飛び散った血を拭き取っているんだろう。
 顔を上げた彼女は、静かにこちらに頭を下げた。
 一礼を返し、目線をかすみさんにうつす。

 布団から体をおこして、生気の抜けた表情でこちらを見つめる彼女は、別人のようにやつれている。
 目の下にははっきりと病的なほどのくまができており、手首には、わずかに血がにじんだ包帯が巻かれていた。




「美湖ちゃん……」

 かすみさんが、力なくつぶやいてこちらに手を伸ばす。
 泣きつかれたのか、目をはらしてぐったりとした様子だ。


「かすみさん、かすみさん……! 目をさましてくれてよかった! ずっと会いたくて、話をしたくて……!!」

 枕元まで駆け寄って、差し出された手を両手で握りしめる。
 もともと細身だったその真っ白な腕は、今では骨が浮き出して枯れ枝のようなこころもとなさだ。
 たった数日のあいだに、こんなにもげっそりと痩せ細ってしまうなんて……。
 私はもう、こらえていた涙をおさえることができなかった。


「かすみさん、ごめんね。助けに行くのが遅くなって……私のせいでたくさん怖い目にあわせて……ほんとうに、ごめん! ……ごめんなさい!!」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ろくに呂律も回らないなんとも情けない声色で、私は頭を下げた。
 謝るのは後にしようと決めていたのに。
 まずは明るい前向きな言葉をかけてあげなきゃって思っていたのに。
 かすみさんの顔を見たら、どうしようもない罪悪感がずしりと肩にのしかかってくる。
 彼女が苦しんでいる間、ひとり人の優しさと温情に救われて、それに甘えながらぬくぬくと過ごしてきた自分が、情けなくてたまらなくなった。


「美湖ちゃんも、けがをしているの……? ごめんなさい、私のせいね。たいへんな思いをして、私のことを助けにきてくれたのよね」

 かすみさんは目尻からひとすじ涙をこぼして、私の首もとに触れる。
 朝方、長岡さんに手当てをしてもらった部分だ。

「かすみさんは何も悪くないし、気にやむことはないよ。よけいなことは考えなくていいからね。嫌なことや怖いことを思い出したら、私に言って。そばにいるから。一人でかかえこまないで」

「美湖ちゃん……」

「私は、かすみさんが生きていてくれて嬉しい。それだけで救われる。他にはなにもいらないって思うくらい……だから、またいっしょに生きていこう」


 気づけばぎゅっと、かすみさんのことを強く抱きしめていた。
 懐かしいにおいがする。
 昔から私が落ち込んだときはいつも、かすみさんがこうして優しく包みこんでくれた。

 あたたかくて、ふんわりと落ちつく感触。
 かすみさんがしてくれていたように、今度は私が彼女の髪をゆっくりと撫でてあげる。

 昔はよく、泣いてむくれた私に、かすみさんは好物のお菓子をつくって食べさせてくれた。
 今はそんな、いろどりみどりの気のきいた手土産はないけれど――。
 私は懐にしのばせていた金平糖の包みを取り出して、かすみさんの前に差し出す。


「これ、お土産。甘いもの食べると落ちつくよ」

「……ありがとう、美湖ちゃん……」

「うん、いっしょに食べよ。浜屋さんの金平糖だよ。かすみさんも好きだったやつ」

「うん……うん、おいしいね」

 ほのかに甘い金平糖を口に含み、震える声でそうつぶやくと、かすみさんは両手で顔をおおって泣き出した。
 こちらも、思わずもらい泣きしてしまう。
 離していた体をふたたびくっつけるようにして、私はかすみさんをふわりと抱きしめた。



 そうしてそのまま、二人抱き合って泣いた。
 声をあげて、ただひたすらに、子供のように。
 お互いに抱えていた重くて不安な気持ちを、全部吐き出してしまうように――。



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