俺達には遠い昔の記憶がある。
それは所謂前世というもので、今この世では戦国時代と呼ばれている時の記憶だ。
生まれ変わっても綺麗にそのまま記憶を引きずってきたから、俺達の人間相関はあの時からさほど変わっていない。
だから今でも石田は凶王だし、元親や慶次を昔のまんま西海の鬼だのアニキだの、風来坊だのと呼ぶ奴らもいる。俺だって両目が揃った今さえ独眼竜と渾名される。成実に至っては俺を梵、と呼ぶ始末だ。きっとみんな昔を懐かしんでいる訳ではなく、昔からの癖が抜けないだけなのだと思う。
ただ真田幸村にだけはそれがない
まるで俺達に輪廻とはこういうものだと言わんばかりに、あの頃に全てを置いてきてしまったのだ。
それを知った時、みんなは口を揃えて残念がった。真田の性格はあの頃と全く変わっていなかったからなおさらだった。
だが一番寂しいはずのあいつだけは、佐助だけは決してそれを口にすることはなかった。
「旦那はあれを持ってない方がいい。旦那はきっとあの記憶に苦しむから、だから置いてきたんでよかったんだ」
口にするといえばいつもこんな具合だ。まるで自分に言い聞かせるように譫言のように俺に言うのだ。佐助も寂しくない訳がないのだと思う。それを言うときの佐助はいつも両の目を真っ赤にしている。
聞くところによれば、前世の佐助は忍として在るべき形で死んだらしい。あの時代では珍しいことではなかったし、佐助にも真田にも同じくらいの覚悟があっただろう。
佐助はきっと、心根の優しい真田が記憶を持つことで自分に罪悪感を抱かれる可能性を懸念しているのだ。
でも、どんなに口で割り切った風に言っても諦めた訳ではないらしい。
記憶喪失のそれのように、ふとした拍子に真田があの時のことを思い出すんじゃないかと考えているのだ。
だから、今日も佐助は真田のことを旦那と呼ぶ。ほら、今だって。
「旦那、次の化学は移動だよ?行こう?」
「ああ。 佐助、」
「なに?」
「まただ。その呼び方は直らぬのか?」
「 ん、ごめんね」
俺が2人に会ったときから、似たようなやりとりがあった。きっと俺達が出会うより前から続けられているのだろう。正直見てる周りの方が辛い。いつまでもきっかけしか作ろうとしない佐助と、その存在に気付きもしない真田だから、堂々巡りにもなっていないように思う。
往生際が悪い、といってしまえばそれまでだが、佐助にはあの頃から真田に依存していた節があったからそれができないことが、依りどころがないのが苦しいのだろう。
酒に依存した者が酒を求めるように、薬に依存した者が薬を求めるように、真田に依存した佐助はあの頃の幸村を求めている。
それを誰も止めることはできない。佐助を見ていると自分事のように考えてしまうのだ。
想い通じ合っていたはずの相手の心から、自分の姿が消え失せてしまっていると知った時の虚無感を。
きっと俺でも元親でも石田でも、誰であっても佐助と同じことをしただろう。
今回はそれがあいつら2人の話だった、それだけのことだ。
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