お願いし……すいません、サニーさん!2

「は? 誰が? 別に全然体調悪くねーし!」

――いや、絶対悪いだろう。

誰がどう見てもそう確信せざる負えない。

酒臭い私が言うのものなんだが、さっきサニーさんの横を通った時、彼からも微かにお酒の匂いがした。

「サニーさん、お酒入ってますよね。だから気分悪いんでしょう」

私がまじまじとサニーさんを見つめてそういうと、彼は苦い顔を浮かべる。

心なしか、髪にも元気がないようだ。

「だったらなんだよ。つーか、前みたいな酔っ払いと一緒にすんな」

「いやぁ……めずらしい、と思って」

「はぁ?」

「体調が悪いのにお酒を飲むなんて、普段しないじゃないですか。それとも、パーティはよっぽどお酒を飲まないといけない席だったんですか?」

私はサニーさんに一歩近づきながら、そう問いかける。

すると彼は気分が悪いにも関わらず、フンッと鼻で笑った。

「前、それ記事にする気だろ?」

「あ、わかっちゃいました? 記事化の許可をいただけれるのなら、ぜひ! ついでにその企業名とパーティ内容もぜひ!」

「話さねぇし、ぜってー許可もしねぇーし!!」

ヘラッと笑った私とは対照的に、サニーさんはキッと目を吊り上げて怒鳴った。

その声があんまりにも大きいものだから、私の鼓膜がぶるぶると震える。

すると次の瞬間、サニーさんは青い顔を益々青くさせて、軽く俯きながら手の平を自身の口元に当てた。

――どうやらよほど気分が悪いらしい。

「大きな声を出すからですよー、もう!」

「……前のせーだし」

「はいはい、大丈夫ですかー?」

私は急いでサニーさんの後ろに回り、丸くなった背をポンポンと叩く。

「ばっ……、やめろ!」

サニーさんは口元を押さえたまま、即座に振りかえり、私の手を背中から引き離した。

「つーか、前、も、どっか行け!」

「えー、なんでですか?」

「いいから、行け!」

必死な声でそう言うサニーさんの表情は真っ青で、冷や汗が滝のように流れている。

普段の彼からは想像できない姿に、私は呆気にとられた。

それと同時にひどく焦る。

――気位がエベレストより高い彼が、ここまで取り乱しているということは……きっともう限界なのだ。

何度も悪酔いをしたことがある私には、それが痛いほどに解ってしまった。

「サニーさん、吐きそう?」

ぽつりと私がそう零すと、サニーさんはギョッとしながら声を荒げた。

「吐かねぇし!」

「いやいや、いっそ吐くとすっきりするし!」

真相が分かった私は、ほらほらと両手の平を上げ下げしてサニーさんを煽る。

しかし彼はそんな私を、今にも殺しかねない目つきで睨むだけで、もう言葉も返さない。

――仕方ないなぁ。

私は小さく息をつく。

そして自分のワンピースの裾を両手で掴み上げた。

「っな、前、はぁ!?」

するとサニーさんは訳のわからない声を出す。

真っ青だった顔に、赤色が混じってすごい顔色になった。

「さぁ、どうぞ」

「……は!?」

「いえ、だから」

私は掴み上げて、弛んだワンピースのスカート部分にできた窪みを軽く揺らす。

「これに吐いて。そうすれば道も汚さない」

私がそう言うと、サニーさんはピシリと音を立てて固まった。

同時に、顔の赤色が引いて元の青い顔に戻っていく。

「大丈夫、このワンピースは丈が長いし」

「んな……問題じゃねぇだろ」

サニーさんの絞り出した声は、苦しげな吐息が混じり、少しだけ揺れていた。

「いいんです。どーせ似合ってもないし」

「それは……っ!」

「あ、厭味じゃないですよ。ほんと、別にいいんです。こっちのほうが一大事でしょう?」

ねぇ? と、私はサニーさんに畳みかけた。

しかし彼はぶるぶると肩を揺らすだけで、断固として吐く気配を見せない。

それどころか、じりじりと私から後ずさる。

私はそれを追いかけた。

「来んな!」

「なんでですか! ゲロッってするだけでしょう!」

迫る私に、サニーさんは口元の手をどけると、声をわなわなと震えさせながら叫んだ。

「――んな、つくしくなくなること出来るか!」

裏路地に木霊するサニーさんの声。

私はその叫びに、ポカッと間抜けに口を開けた。

しばらく二人の間に流れる妙な空気。

「……何言ってるんですか」

その中で、私は先に言葉を発した。

「サニーさんがこんなので美しくなくなるなんて、そんなわけないのに」

「そんなわけ、あるし」

「ないってば」

私は胸を張るくらい、自信を持って言う。

「サニーさんの美しさは、こんなことで損なわれたりしません。サニーさんの美しさって、そんなことで左右されるものじゃないでしょう?」

じぃっと、彼の目を見つめて伝えるこの言葉は、いくら酔っていようが、私にとってこの上ない真実だ。

困惑と不可解だと言わんばかりの表情を浮かべるサニーさんにも彼なりの美学があるように、これが私の美学なのである。

――少々、押しつけがましい気もするが、嘘はつけない。

「あと、知ってます?」

「……」

「そういった意味では、サニーさんは私の中で一番美しい人なんですよ」

普段なら照れくさいやら悔しいやらで言わない言葉だが、酔いとこの場の勢いで口から滑りだす。

すると、サニーさんはしばらく沈黙した後、

「……こんな時に言われても嬉しくねぇし」

と、小さく零した。

確かに状況も状況だし、街の明かりが隙間からしか見えない夜の裏路地には、けっして相応しい台詞ではない。

私は反省するように苦笑いを浮かべつつ、やはりワンピースの裾を揺らした。

サニーさんはため息をつきながら、ついに私のほうへと体を屈める。

――やっと素直になった?

ところが、サニーさんはワンピースの弛みではなく、私の肩に顔を近づけてくる。

こつん、とサニーさんのおでこが私の肩口に当たり、さらりと彼の髪の毛が私の体を滑っていった。

「あの、サニーさん? そこで吐かれるとさすがに困るんだけど」

「ばか、吐かねぇし」

「でも」

「吐き気なんか、とっくに萎えた」

「……えぇ?」

あの状態で回復することなんてあっただろうか? と、私の頭に疑問符が浮かぶ。

しかし、サニーさんの髪の毛の先がクルンクルンと巻かれ、幾分か元気を取り戻しているところ見ると、本当に大丈夫なようだ。

――最近知ったのだが、この毛先が丸くなるときは彼なりの照れ隠しらしい。

まったく、つくしい癖に可愛らしい所もあるだなんて、卑怯な人だ。

「も、大丈夫ですね?」

「ったりめーだし」

顔の見えないサニーさんの返事に、私はつい小さく笑ってしまう。

もう安心だ。

肩口からなかなかどいてくれなくてかなり重たいけれど、ホッとしたせいかしばらくはこのままでも良いと思う。

だけどやっぱりサニーさんもお酒が入ってるのか、触れている部分が熱い。

その上、脈も少し早いのだろう。トクントクンと響いてくる音に、自然と私の脈も上がる。

脈が上がって、なんだか私は顔が熱くなってきた。

……しかも、クラクラしてくる。

そういえば、私はどれくらいお酒を飲んだんだっけ?

覚えてないくらいには、飲んだなぁ……。

「……」

「ワカメ?」

近いはずのサニーさんの声が妙に遠くに聞こえる。

それはきっと、私の心臓の音がトクントクンというリズムから、バクンバクンに変わったからだ。

あぁ、どうしよう。

口から、心臓が出そうだ。

そう、口から。

口から……!




「すいません、サニーさん。私、吐きそうです」



――その瞬間。

サニーさんは私を髪の毛に巻き取って、信じられないスピードで走りだしたのであった。






* * * * * * * * *





「思い出した……」

私はベットの上で、今にも消えそうなほど情けない声呟いた。

今、私がいる見知らぬこの部屋は、サニーさんがとっていたホテルの部屋だ。

多分、あのあと私はサニーさんにこの部屋に連れてこられたのだ。

運ばれる途中でサニーさんが必死の形相で

『ホテルに着くまで吐くな! 俺の髪にぜってー吐くなし!』

……と言っていたのが耳にこびりついている。

しかし、私は昏倒してしまって、記憶がない。

――もしかして、吐いたのか!?

現に私の格好は、昨晩着ていたワンピースではなくガウンである。

混乱と後悔が私を襲い、胃が強烈に痛くなってきた。

私は正座し、自分の胃をぎゅっと押さえながら……隣で寝ているサニーさんに視線を移す。

私に背を向けたように横になっているサニーさんは髪の毛しか見えない。

カラフル毛玉が朝日に輝いて、ふかふかのシーツに埋まっている状態はどこか可愛い……。

いや、そんなことを思っている場合ではないのだ。

吐いたか、吐かなかったか、それが問題だ。

迷惑をかけたことは、もうどれだけ後悔しても謝る以外仕方ない。

ましてや、昨日の晩に二人が親密な関係を持った……なんてことも無いだろう。
それは自分の体の状態でわかる。

――だけども、彼の髪の毛に嘔吐してしまったとなると別だ。

起き抜け、彼に髪の毛で絞め殺されたって文句は言えないレベルの失態である。

「どうしよう……」

「なにが?」

「っ!?」

突然、サニーさんが私の言葉に返事を返しきた。

驚きのあまり、私は正座にも関わらずベットから跳ね上がってしまう。

そのまま転がり落ちそうになったが、目に見えない力が私の体を捉えて引き上げる。

もちろんそれはサニーさんの髪の毛だった。

「お、起きてたんですか……?」

「ワカメより先に起きてたし」

サニーさんはすでにこちらを向いていて、私の体をずりずりと自分の近くへ引き寄せる。

ついにはコロンと、対峙するように寝かせられた。

すっかり近くなった距離に、私は情けない表情を浮かべるばかりだ。

「あの、すいません、昨日、私、その」

「……」

「は、吐いちゃいました?」

「部屋についた瞬間な」

――やっぱりか!

きっと私の顔は今、昨日のサニーさんより真っ青のはずだ。

「えっと、か、髪の毛には」

「髪の毛には吐いてなかった」

「ほ、ほんとですか!?」

「嘘言ってどうすんだし」

よ、よかった。サニーさんの髪の毛には吐いてないんだ。

……いや、良くないだろう。実際、吐いたことには変わりないのだ。つまりそれって、彼が私の後始末をしたってことじゃないか。

「で、でも、すいません」

「別に……前の後始末と着替えはここの女の従業員に頼んだし」

「そ、そうなんですか……」

じゃあ、このガウンも従業員さんが着替えさせてくれたんだ。

意識のない人間の服を脱がし、また着せるのは手間がかかるはずなのに。

あぁ、このホテルを出るときは腰が痛くなるまでぺこぺこして出ていかないと。

私はようやく安堵の息をつく。

すると、サニーさんと目があった。

思えば、彼の麗しい顔がこんなに近くあるのは初めてだ。

彼単体でも眩しいのに、日の光を浴びると一層眩しくて、私は目を細める。


「サニーさんは、やっぱり美しいですね」


昨日の名残りか、つい恥ずかしいセリフが口から漏れ出してしまう。


その途端、彼は怒ったような表情に変わり、急に真っ赤になっていく。

そして――私はポーンッとベットから弾き出された。

「わぁっ!」

ちゃんと髪の力で調整してくれたおかげで、床に着地してもまったく痛くなかったが、さすがに驚く。

「と、突然何するんですか!」

即座に抗議の声を上げてサニーさんを見るが、サニーさんはシーツにすっかり包まっていて姿が見えない。

「うっせーし!」

彼のきつい声だけが聞こえる。

「つーか、前、時間!」

「え?」

再び抗議しようと思った私だが、サニーさんの言葉で我にかえる。

部屋にある、細工が施された品の良い掛け時計を見ると、思ったよりも時計の針が進んでいた。

――これは、一度家に帰って着替えて、出社するとなると遅刻ギリギリの時間だ!

「ああぁ! す、すいません、私、もう出ます! あの昨日の服は!?」

パニック寸前でサニーさんに問うと、彼の髪の毛だけが出てきて、ある方向を指す。

多分、バスルームだ。

私はそのまま急いでバスルームに駆け込み、奇麗にクリーニングされた昨日のワンピースに着替えた。

そして簡単に身だしなみを確認し、手荷物を持って部屋に戻る。

「あの、サニーさん、昨日はすいませんでした! ありがとうございます!」

部屋を出る前に、私はいまだベットに潜ったままのサニーさんにお礼を告げた。

「ん」

しかし、サニーさんの返事はそっけない。

とにかく私はサニーさんにぺこりと頭を下げて、部屋のドアノブに手をかけた。

そして重厚なその扉から、ホテルの廊下へと足を踏み出す。


あまりの慌ただしさに、私は朝からどっと疲れた気分になる。



――だけど、そんな私の疲れを吹き飛ばす、ぶっきら棒な声が聞こえたのは、パタンと閉まった扉を振り返った時と同時だった。





『……前だって、つくしーし』




ああもう。

つくしくて素直じゃなくて可愛い人だこと!



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