toriko夢 | ナノ

 小さな君と3



――小さな紅葉のような手が、小松のホッぺを掴み、離さない。

幼くなってしまった彼女は初対面から小松を気に入ったようで、始終ニコニコしながら彼の膝に乗っている。

ココはその様子に少し妬きながらも、自然と頬が緩むのを感じた。

小松自身が人懐っこいのと同じように、周りも彼に対して親しみを寄せるのだろう。

小松とはそういう力がある人間なのだ。実際、ココにも覚えがあった。

キャッキャッと声を立てて笑う彼女に目を細め、ココは先程入れたばかりの紅茶に口をつける。

「さすが、小松君だね」

「ふぁい?」

彼女に頬を引っ張られている小松は上手に喋れず、おかしな返事をした。

「僕も最初は泣かれたのに、君だと彼女もすんなり懐いてる」

「ひえ、ふぉんな、ららぼくはちひらし、ふぉあかることろないんらとおもひまふよ」

「あぁ、ごめん。それじゃ喋れないね」

まったく聞き取れそうにない小松の言葉にココは軽く噴き出すと、2人の側へと歩み寄る。

そして、小松の頬を掴む彼女の小さな手に、少しだけ触れた。

「あんまり引っ張ったら小松君が困るよ?」

ココがそう言うと、彼女は大きな目で小松の顔とココの顔を交互に見る。

「だからもう離してあげよう。ね?」

畳みかけるココに、彼女は少しだけ残念そうな顔をした後、小松の頬からゆっくり手を離す。

すると小松は目を瞬かせ、何をそんなに感動したのか、

「わぁ、良い子だ!」

と、大きな声でそう言いながら、グリグリと彼女の頭を撫でた。

そんな小松に彼女はくすぐったそうな笑みを浮かべると、するりと膝から降りて行く。

そのままペタペタと頼りない足音を立てて、部屋の中をうろちょろと彷徨い、散策を始めたようだった。

幼い彼女には気になるものが沢山あるのかもしれない。

「好奇心旺盛なんですねぇ」

「うん、ちょっと僕も驚いてる」

感心したような声を上げる小松に、ココは苦笑いで答えた。

「……今回のことの要因の一つに、多分彼女の好奇心もあったんだと思うよ」

「え、そうなんですか?僕、てっきりトリコさんが全面的に悪いとばかり」

「いや、確かにトリコの非は大きいけど……僕も彼女に注意するのを失念していたから」

「でも、意外です」

「うん。僕もまだ彼女のことを知っていなかったのかもしれない」

ココは僅かに眉を下げて幼い彼女を見つめて話す。

「そう思うとトリコに悪いことをしたかもしれないな……さっきは少し頭に血が昇ってしまっていたから」

自分にも非があるのに、と言いたげなココに小松は少し慌てた。

「いや!でもトリコさんってちょっと適当な所がありますし、自業自得ですよ!」

おおよそコンビとは思えぬ小松の発言ではあるが、それは2人がお互いのことをよく知っているからであろう。

「ありがとう、小松君」

小松の励ましにココは緩やかに微笑んで、紅茶をまた一口口にした。

「そろそろ、トリコを回収しないとね」

「あ、そうですね」

穏やかな空気が流れているが、実は今、トリコは庭で一人転がされているのである。

先程、ココの毒で痺れて動けなくなったトリコを「大きくて邪魔だし、彼女が怖がるから」という理由で外に放り出したのだ。

冷静になった今、いくらなんでもやり過ぎたとココは思う。

「小松君の話で、自然に元に戻ることは解ったしね」

「ええ、大丈夫ですよ。丸々一個果実を食べた訳でもないようですし……多分、2〜3日で戻ると思います」


――小松の話では「若返りの実」の効力は期限があるのだという。また、“副作用”も深刻なものではないようだ。

落ち着いて占ってみれば、慌てることではないのは明白だった。

しかし何故か、ココは彼女のことに関して落ち着いていられなくなる。

そんな自分に苦笑いしながら、トリコを回収すべくココは立ち上がった。

「……あれ」

しかし、その瞬間に気が付く違和感。

それは、小さな彼女の気配が室内から無くなっていることだった。

「ココさん、どうしました……あ」

小松もその違和感に気が付く。

同時に、僅かに家の扉が開いているのが見えた。

そして扉の前の床には、数冊の本が積み重ねられている。

それを踏み台して、彼女が自力で扉を開けたのは明確だった。


……子どもって、賢いんだなぁ、と小松が気楽にもそう思った――次の瞬間。


「ぴきゃー!」


と、いう泣きと叫びが交じった甲高い声が外から聞こえてきた。

その途端、ココは顔を引きつらせて、庭に飛び出す。

小松も慌ててその後を追った。

バタンッと激しい音を立てて開いた扉のその先の光景に、小松は目を疑う。


“高い高い”のつもりなのだろうか。


トリコはポーンという音でも出そうなくらい、軽々と幼い彼女を垂直に放り投げていた。

――でもそれは眩暈がしそうな程の高さで、ヘタをすればココの家よりも高く打ち上げられている。

その高さ、およそ10メートル。


「トトトト、トリコざぁん!スットプ!ストップゥゥゥ!」


真っ先に叫んだのは小松だった。

すると、トリコは落ちてきた彼女をポスンッと受け止めならがら、ケロッとした顔でコチラを向く。

ちなみにトリコの腕の中にいる小さな彼女は、目を見開いたまま可哀そうな程にカチカチに固まっていた。

すでに声も出ないようだ。

「あ?どうした小松」

トリコはまったく悪びれない表情をしている。

自分のしていたことが、どれだけ小松の心臓をビビり上がらせたのか気が付いていないのであろう。

「……トリコ」

だけども、低く地を這うようなココの声が響いたその瞬間、トリコの表情がヒクリと強張った。

小松もハッとしてココを見る。

何やら不吉なオーラが立ち上っているのが見えた気がした。

「え、いや、俺は遊んでやってただけだぞ!」

「お前はどうして……」

「待て待て!」

「あぁ……こんなことならさっきもう少し強い毒にしておけば良かった」

ジリジリと間合いを詰めてくるココに、トリコは後ずさる。

「小松君」

「は、はい!」

その迫力に気押されていた小松は、突然ココに声をかけられて背筋をピシリと伸ばしながら返事返す。

「悪いけど、彼女を抱っこして部屋に入っていてもらえるかな?」

小松に向けるその声色は酷く優しいけれど――有無を言わせない何があった。

小松はコクコクと高速で頷くと、そのままトリコの元へと走り寄り、固まったままの彼女へと手を伸ばす。

「早く彼女を渡して下さい、トリコさん!」

「おい、だから俺は遊んでやってただけだって!」

「こんな小さい子に10メートルの“高い高い”なんて、度が過ぎてますよ!」

小松は小さな彼女を半ば奪い取るようにして、その腕に抱くと――その場から去るべく、急いで家の中へと戻った。

走り込み、パタンッと扉を閉めて、出来るだけなんの声も聞こえないように部屋の奥へと進む。

そして、大きな溜息をついた。

「……トリコさんって、どうして懲りないんだろう」

可哀そうだが仕方ない。

悪気がないというのは、時として弊害があるものである。

小松はそう思いながら、腕の中で今だに固まったままの彼女を覗きこんだ。

彼女は大きな目をこれでもかというくらいに見開いたまま、身を縮めて固まっている。

――よほどの衝撃だったのだろう。

「大丈夫?」

「……! こまっ!」

小松が声をかけると、彼女は動き出した。

「おそら、ぽーん……っ!ットトロ、トトロが!」

「ト、トトロ?トリコさんのこと?」

発音がまだ危うい彼女のことだから、そう呼んでいるのかもしれない。

小松が戸惑っていると、彼女はジタバタと暴れ出しはじめた。

まるでノッキングから解かれた鮮魚のような騒ぎに、小松は彼女を落とさない様に床へと降ろす。

「っおそら、トトロが!」

すると彼女は短い両腕を突きあげて、ぴょんぴょんと跳ねた。

さっきまで固まっていたのが嘘のようだ。

興奮が有り余っているのか、心なしが顔が赤い。

そして忙しなく動いた後、突然その動きを止めてキョロキョロと辺りを見ました。

「トトロ?トトロ?」

「トトロは……っていうかトリコさんはお外だよ」

小松がそう言うと、彼女はパッと顔を上げて突然ギュウッと両手を握り力を貯めている。

……ユンもたまに良く解らない時があるけど、子どももそうなんだなぁ……と、小松はその様子をまじまじと見つめて思った。

「おそら、ぽん……」

「うん、怖かったよね」

先程からその言葉とトリコの名前しか呼ばない彼女に、小松はそう返事をする。

だけども彼女は目を瞑って、ブンブンと首を横に振った。

そして、パァッと明るく顔を上げると、至極嬉しそうにこう言ったのだ。

「もっかい!」

「……え?」

「もっかい、おそら、ぽーん!」

「えぇ!?怖くないの!?あ、ちょっと……!」

小松が驚愕している隙に、彼女はキラキラした顔で再び外へ出るべく、扉をへと走って行ってしまう。


「ダメ!今外に出ちゃだめぇえええ!」


小松は大声を出しながら彼女を追いかける。

そして寸前の所で捕まえ、腕の中で「うーうー」と暴れる彼女に、ますます驚きを隠せなかった。

「……好奇心旺盛だって聞いたけど」

まさか、ここまでとは。

小松の知っている彼女は、謙虚で落ち着いている。

だけど思い返してみれば、元々好奇心に溢れた女性だったのかもしれない。

あの謙虚さと落ち着き、素直に物事を受け止めることができる性格も――現実を知り、認めることが出来きなければ実現しないものだ。

現に、幼くなった今の彼女はその塊だ。

あれだけ怖がっていたトリコに近づいたのは、多分彼女の方だろう。

そして――あんな危険な遊びをして、今もまた果敢にもチャレンジしようとしているのだ。


「でも、それが裏目に出ることもあるんだろうなぁ」


と、小松は腕の中で暴れる彼女をどーどーと嗜めながら溜息をついた。

――きっと、今まで彼女のそういった面を知らなかったのは、彼女が大人で分別があったからだ。


しかし、今は違う。


子どもの行動は本能に近い。


「その上、トリコはさんは案外付き合いが良いというか……うん、やりすぎちゃう所があるから」


相性が良すぎて、反対に悪いのかもしれない。


……あぁ、そりゃあココさんも怒るはずだ。


――小松はそう考えて、やはり今は彼女を決して外に出さない様にしようと決意した。




「トトロォ」

「……で、なんでそんな呼び方になっちゃったの?」




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