toriko夢 | ナノ

 小さなグルメヤクザ候補

ある日突然、副組長のマッチが、頬と手に怪我を負った少女を屋敷に連れ帰ったことで、組織は一瞬にして騒がしくなった。

しかし、屋敷のグルメヤクザ達にとって、副組長のマッチがそういった行動をするのは、存外珍しいことでない。

ただ、違うと言えばその少女がスラム街の出身ではなく、商品の姿をしていたことだった。

――それが要らぬ心配を呼んだのである。


「マッチさん! まさかそんな幼女趣味があったんですか!?」

そんな身に覚えのない嘆きを、みっともなく泣き叫ぶ部下からぶつけられたマッチは、容赦なくその部下を張り倒した。

後ろ向きにひっくり返った部下の後頭部は、勢いよく床と衝突し、辺りにゴツンッという鈍い音が響く。

「……ありえねぇこと言ってんじゃねぇよ」

「だ、だって、どうしたんすか。その子」

しかし、部下はむくりと起きあがると、マッチに抱えらているワカメをまじまじと見つめた。

頭のてっぺんに大きなタンコブが出来ているのにも関わらず、平然としている。

そのタフさに、ワカメは驚いてポカンとした。

「つまらねぇ害虫に突かれてんのを、連れてきただけだ」

「はぁ……、でも、この子見た所、売りもんじゃあ……」

「島境で騒いでやがったからな。多分、ジダルの競売店から逃げてきた所に目を付けられたんだろうよ」

マッチが説明すると、部下は納得したような表情を浮かべて、肩をすくめた。

「そいつはひでぇ。相変わらず、向こうはガキに容赦ないですね」

そしてニヒルな笑みを浮かべながら、またワカメを覗き込み、その小さな頭に触れようとした。

しかし、彼女はビクリと震えて、マッチの腕に逃げるように顔を埋める。

「ありゃ。まぁ、無理もねぇですね」

「……おい、シン。ラムを呼べ。ガキならあいつの方が慣れてんだろ」

「ああ、はい。ラムですね。了解しました」

部下の男は、マッチに軽く頭を下げると踵を返して去っていった。

「おい」

マッチが今だに腕に顔を埋めたままのワカメに声をかけると、彼女はビクビクと顔を上げた。

「ここには、お前を傷つける奴はいない。安心しろ」

「……ほんとう?」

「ああ。だから今みてぇな態度は止めろよ」

「わ、わかった」

少しきつめに言い聞かされたワカメは素直に返事をした。

マッチは彼女のその様子に少し微笑むと、軽くその頭を撫でてやる。

するとワカメは、ぽぅっと頬を赤らめてマッチの顔を眺めながら喋り出した。

「……あのね」

「ん? なんだ?」

「わたしもマッチさんってよんでいい?」

「……ははっ、好きにしろ」

意外な発言に、マッチは声を立てて笑うと可愛らしいその願いを受け入れる。

そうしていると、坊主にサングラスの男――ラムが急ぎ足でやってきた。

「マッチさん、お待たせしました」

「あぁ……悪いが、こいつの傷、治療してやってくれねぇか」

「はい。ほら、こっちこい」

ラムはマッチからワカメを受け取るために、両手を向けた。

しかしワカメは一瞬固まり、ごくりと唾を飲み込むだけで動かない。

心なしか、顔が青かった。

「おい、さっき言っただろ」

「う、うん」

言葉は素直だが、行動に移せないワカメに、マッチは軽くため息をついた。

しかし、このままでは埒が明かない。

マッチは自分に張り付いて離れないワカメを、自ら引き剥がし、投げるようにラムに渡した。

「……っ!」

ラムはその小さな体を取りこぼすことなく、しっかりと受け止める。

「ラム、それじゃあ頼んだぞ。俺はまだ少し仕事が残ってるからな」

「はい」

「マ、マッチさん」

後ろを向いてしまったマッチにワカメが震える声で、名前を呼ぶ。

するとマッチは僅かに振り返り、ちらりと片目でワカメを見やりながら、

「俺との約束、守れねぇのか?」

と、静かに言った。

それに気圧されたワカメは、口をきゅっと堅く閉じる。

そしてブンブンと頭が取れそうなほど横に降る。

マッチはそれを確認すると、口元に微かな笑みを作りそのまま去っていってしまった。




「……じゃあ、俺らも行くか」

ワカメと共にマッチを見送ったラムは、少々困りながら、腕の中の少女に声をかけた。

しかし、彼女は無言のまま俯き加減でこくりと小さく頷くだけだった。

ラムの腕の中に抱かれているのが怖いのか、可哀想なほど小さく縮こまっている。

「歩けるか?」

ラムが聞くと、ワカメはまた無言で頷く。

多少のやり辛さを感じつつも、離してやった方がいいと判断したラムは、ワカメを床へと下ろした。

「こっちだぞ」

そのままラムが先頭になり歩き始めると、ワカメは裸足のままペタペタと後を追いかけてくる。

しかし、ワカメはラムに決して近づかない。

一定の距離を保ちながら着いてくるワカメに、ラムは警戒心の固まりだと思った。

だがそれも仕方ないと、ラムは諦める。

このネルグ街のスラムの子ども達もワカメとそう変わりはしない。

大人を疑い、恐怖している。

それにラムが先ほど部下に聞いた話では、つい数時間前に、この少女は人身売買されかけた挙げ句、殺されかけたーーと言うのだ。

「ん?」

途中、後ろの気配が遠くなったことにラムは気がついた。

振り返ってみると、少女の足取りが不自然に遅くなっていることに気がつく。

「……どうしたんだ?」

慌てて駆け寄るが、少女は泣きそうな顔をしたまま首を降るだけだった。

ラムはふと、足下に視線を落とす。

まじまじと見つめてみれば、擦り傷だらけで所々から血が滲んでいた。

「ちょっと片足上げて、見せてみな」

ワカメは戸惑う様子を見せながらも、その言葉に従って足を上げた。

「あー……皮がめくれてベロンベロンだな。これは痛いはずだ」

だからマッチさんはずっとこの少女を抱いたままだったのか――と、ラムは少し後悔した。

「痛かったろう? すまないな、気づいてやれなくて」

ラムがそう謝ると、ワカメは伏せがちだった目を大きく見開く。

そして、おずおずと小さな唇を動かし始めた。

「……ううん、だいじょうぶ」

「いや、歩き辛いだろう。……だが移動に時間をかけるわけにはいかないーー仕方ないが我慢してくれ」

「え?」

「怖いだろうが、泣かないでくれよって意味だ」

ラムはそう言うと、ワカメをひょいと抱き上げた。

再び腕の中に納めたワカメの小さな体が、ビクリと固まり一気に青ざめたのが見えたが、ラムはあえて無視した。

無言で、ワカメを抱き上げたまま歩き出す。

しかし、ワカメが青ざめたのは一瞬で、次第に元の顔色を取り戻していった。



――薬箱の置いてある小部屋につく頃には、ワカメの緊張はずいぶんと緩んでいた。

ラムはワカメをソファの上に下ろし、木棚から薬箱を取り出して、手際よく彼女の治療をする。

クルクルとワカメの足に包帯を巻きながら、無言だったラムが口を開いた。

「お前、運が良かったな」

「?」

「マッチさんに助けてもらって」

ラムがマッチの名前を出すと、ワカメの顔は面白いほど明るく変わっていく。

「……うん!あ、あのね、マッチさんすごかった」

「そうか、あの人は強かったろう?」

「つよくて、かっこよかった」

「だろうな」

「うん、ヒーローみたい、だった」

突然喋りだしたワカメに、ラムは「そうかそうか」と相づちを打ちながら治療を続ける。

時折ラムの方からマッチの話をしてやると、嬉しそうに子どもらしい無邪気な顔を見せた。

傷の治療が終わる頃には、ワカメはラムに気を許したようで、自分から彼に近づくようになっていた。

薬箱を片付けるラムの足元をチョロチョロする様子は、まるで子猫のようで、ラムの顔は自然と綻んでしまう。

「ラムさんってよんでいい?」

「ああ、かまわない」

「ねぇ、ラムさん、ラムさんはマッチさんのことすき?」

「もちろん」

「わたしも、すき」

「そうか。確かにあの人は凄い人だからな。……俺も一生付いてく覚悟だ」

ラムがそう言うと、ワカメは目を丸くさせて、ラムの足にしがみ付いてきた。

見下ろすと、くりくりとした真っ直ぐな視線とぶつかる。

子ども特有の純粋そのものの瞳に、ラムは少しだけたじろいだ。

だかワカメはそんなこと気にもせず、大きな声を張り上げる。

「わ、わたしも、マッチさんに一生ついていきたい!どうすればいいの?」

真面目で真剣味を含んだその言葉に、今度はラムが目を丸くする番だった。

「……いや、どうすればいいというか。俺達はグルメヤクザだからな」

「グルメヤクザになればいいの?」

「まぁ、そうには違いないが」

「じゃあ、なる!」

「おいおい」

恐らくワカメはグルメヤクザがどういうものか解っていない。

多分、マッチはこの少女をグルメヤクザにするつもりで連れてきたわけではない――とラムは感じていた。

ワカメは見た所、スラム出身ではなく、手配さえしてやれば、真っ当に生きることができそうである。

「残念だが、グルメヤクザには、そう簡単にはなれない」

「じゃあ、どうやってなるの?」

ラムは悩んだ。グルメヤクザの成り方なんてマニュアルがあるわけがない。

「わたし、がんばる」

頭を抱えるラムを余所に、ワカメは大真面目だ。

興奮で頬を赤らめて、ぐぅっとラムにしがみ付く手に力を込める。


「わたし、マッチさん一生、ついてきたい!」


――あぁ、こりゃあ、とんでもなく小さなマッチさん信者が誕生してしまった――。


……と、ラムは思わずにはいられなかった。


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