視界トリップ。4 | ナノ


視界トリップ。4



「ぼうっとしてんなぁ」
「…」
「しーずーおー」
「…」
「ムッツリ」
「!?」

がたんっ、と膝が笑ってよろめく。

「あれ?それで気付く?」

トムが苦笑いで静雄を見上げていた。
ハッとするが、夢から覚めたかのように静雄は目を見開いていた。

「す、すんません…俺」
「もう定時過ぎてんべ?ビル閉めるから、帰れってさ」
「!?マジっすか」

驚いた。
会社のトイレの鏡の前で立ったままの状態だったらしい。
しばらく自分の居る場所が把握できなかったことに静雄は慌てた。

「朝立ちならぬ、夜立ちしてるべ、静雄」
「うわっ!」

ズボンを盛り上げている中央に視線が注がれ、トムはにやにやしながら言葉で突っ込んでくる。
顔を赤くしながら咄嗟に両手で隠した。

「す、すんませ」
「?何だよ、健康な証拠だべ?全然恥ずかしくねぇよ。俺なんか最近朝立ちすらしねぇから羨ましいんだぞ…」

若干涙目のトムだが、それを励ます言葉も見つからず、静雄は急いで立ち上がる。

「か、帰ります!」
「え、えええ、静雄ー!?」




はぁ はぁ はぁ

前屈みで息を切らしながら帰路を急ぐ静雄は立ち止まって呼吸を整えた。
すると嫌な予感が的中し、目の前の存在を確認して逃げ出したい気持ちになる。

「やぁ」
「…!」
「ちょっとぶりだね、その後調子はどう?」

妄想か、はてまた夢だったのか、静雄は全く久しぶりな気がしない。

「シズちゃん屋上に行くのやめちゃうんだもん、つまんないよ」
「て、てめぇ、何が面白くて俺なんかを…」

焦燥に言うと、臨也は首を傾げた。

「俺の趣味は人間観察。あとは、化け物を視姦することだよ」

前にも言ったよね?と肩を竦めた。

「…し、視姦だと?」

妄想の中の臨也が鮮明に蘇る。
鼓動が急激に早くなった。
静雄はしばし、臨也を見据えながら考え込んだ。

「俺の楽しみ、奪わないでよ」
「っじゃ、じゃあよ、俺の事…」

実際に触られるよりも、妄想が性癖の静雄にとっては直接、触って見て欲しいなどという欲はなかった。
ただ、臨也の、その目が欲しかった。

しかし臨也は違う解釈をしたらしい。

「興味ないね」
「!ちげぇ…」
「言ったろ、俺は見るのが好きだって」

しばらくの沈黙。

「見ていい?ずっと」
「…え」
「ねぇ、見たい。見せてよ」

くすくす笑って、同じ事を繰り返し言う臨也に気味が悪くなった。

(だがどうだ?今の俺ときたら)

どくどくどくどく

心臓の音がうるさい。
今でさえ、見られることによって、興奮している。
切れ長のその目。
リアルに見られている実感。

「…じゃあ、俺ん家来いよ」

吐息混じりに答えると、臨也の目が期待の色に変わり、大きく開いた。






「は、ぁ…ふくっ」

薄暗いアパートの一室で、いつもと違う事が一つだけある。
それは、目の前で足を組み、椅子に座って此方を眺めている黒い影がひとつ在るという事。静雄はその影、臨也に向かって大きく股を開き、自身を弄りながら、シャツの中に手を差し入れ、先端を摘む。
ちらりと前を見ると、臨也が目を細めてこちらの様子を見ていた。
まるで、食事をしているように、じっくりと。

「んっ!」

一気に熱が加速する。
手の動きも早くなった。

「はぁ、はぁ」

一瞬触って欲しくなったが、直ぐに掻き消される。

「うんうん、それで?」
「…ここ…見てろ」
「そう、先走りでそんなにトロトロになれるんだ、凄くエロいね」
「ッ臨也」

びくん!と身体がはね上がった。

「そのまま指を入れてみて…?いつもどうやって拡げられているか、俺に実際見せてみてよ」

そう言われ、指が勝手に自身の後孔に伸び、先走りを塗りたくる。
初めての感覚に、静雄は片目を閉じた。
想像と違う痛みと違和感に、息が詰まる。

「はいら、ねえ」
「あれだけ妄想しておいて、一人ではしたことなかったんだ?」

懇願の瞳で臨也を見上げると、彼は相変わらず微笑むばかりだ。

「俺がシズちゃんのお尻の穴を舐めて、指で拡げてあげる。さぁ、想像してよ。…今君の手は、俺の手だ」
「!?んぁあッ!」

びくんっ

言われた瞬間頭で想像すると、直ぐに違う感覚に生まれ変わった。

「臨也ッ、くそ…見てやがれ…、俺の、ここ…中」

静雄は吐く息で鼓膜が支配されていた。
四つん這いになり、臨也に尻を向ける。
臨也も椅子から腰を上げ、静雄に近づく。

ただ、決して触れはしなかった。

「シズちゃん、見てるよ。今までで一番近くに俺は居る」
「はぁあうっ、そんっ、見すぎ…ッ嫌だァ」
「中までピンクだねぇ、フフ…で?どうなっちゃうの?」

静雄が知らない部分の身体を見られて顔が真っ赤になる。

「臨也!臨也に見られて…俺、お、れ…イく…ッ」

おかしい。
自慰なんて、ほとんど頭の中でだけだったのに。
指が止まらなかった。
臨也に乱暴に指で突き立てられているのを妄想しながら、実際に其処にいるだけの臨也本人に声を掛けられて果ててしまう自分。
もう何が何だか判らない。

「い、ァあああッ」

びゅるるっ びゅるっ…

長い射精感を味わうと、息を整えながら後ろを振り返った。
何もしていないのに、臨也はうっとりと恍惚な表情で静雄を見下ろしている。

「はぁ…気持ち良い、とっても良かった」
「…俺も、だ、クソ野郎」

そして、互いに不敵に笑む。
それはまるで、何かの契約を交わした瞬間のようだった。


のちに、臨也にいつも誰にされていたのか教えろと言われて、誰でもないと答えると何故か満足そうに笑っていた。
静雄は別段、知り合いの上司や友人にそういった欲を抱いているわけではない。
ただ、頭の中で集団にされるのを妄想するのが好きなだけで、相手はどうでも良かったのだ。しかしそれを狂わせたのは、臨也自身であるのだが。

それからというもの、二人は毎日コレを繰り返している。
決して現実に触れはしない。
頭の中と、視界に映る先でだけ、二人は交じり合う。


平和島静雄、性癖は、臨也に見られること。
折原臨也、性癖は、静雄を見ること。

今日もまた、二人は秘密の行為に更けている―。


End.

視界トリップ。
「なぁ、 今日も見てくれよ」 「早く見せて、 もう我慢できない」



2012/02/26
マニアックなイザシズですみません。
池クロ4での無配SSでした!
後日、続編の「現実トリップ」へ続きます。

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