チョコレィト・メッシー1 | ナノ


チョコレィト・メッシー

※チョコケーキプレイ有り。

「寒ィな…」

帰路を歩く静雄は、突き刺さる冷たい風に身を震わせていた。
此処、池袋では今日に限らず賑やかな街だが、何時も以上に騒がしいのは気のせいだろうかと朝から考えていた。

「…んだぁ?」

目に付く先々でカップルが目立つのである。
出勤中も、仕事の移動中も、今も。
と、目の前に居た男女に目がいった。
見るとこに寄れば学生だろうか、今は名前が変わった『来良学園』の制服だった。
向かい合わせで女性の方が照れ臭そうに顔を赤らめながら、その手に持ったあるものを差し出していた。
男性も照れながら、それを受け取る。

「…」

その後、男性が何かを告げて頷き、女性の手を引いた。
嬉しそうに並んで静雄の目の前から二人一度に去っていく。

「…甘酸っぱいこったな」

素直な感想だった。
静雄にはまるで経験がないシチュエーションだったが、大体の予想はつく。

「プレゼント、なぁ」

無意識に呟いた後、何故か臨也の顔が浮かんだ。
静かにこめかみに血管を浮かせる。

「あいつでも、彼女とかにプレゼントやったりすんのかな…気持ちわりぃぜ」

さりげない疑問だったが、自分で問いかけてみて反吐が出そうになった。
そういえば、最大の天敵、折原臨也とはついこの間もこの街で喧嘩したばかり。
もう顔も見たくないと何時も思っているというのに、こうして自然に思い出したりするから難儀だ。

「あーうぜぇうぜぇ。とっとと帰れ俺」

大きな独り言を零してから前を向き直ると、其処には現実に臨也が立っていた。

「…な!」
「やぁ、シズちゃん。ご機嫌いかがかな?」

静雄は歯をくいしばった。
もう条件反射である。

「…今テメェに会った事で最低最悪の気分になったぜ」
「そう、それは光栄だね」

両手をポケットに突っ込んだまま、歩み寄ってくる。
静雄は腰を据えて近場にあるゴミ箱に手を掛けた。
その次の瞬間、臨也が何かを口に含み、素早く踏み込んだと思えば途端に視界が暗くなる。

「…?!」

状況が掴めないまま、口内にとろみのある何かが広がった。
二、三度熱のこもった舌を絡めて静雄の唇に一度だけ吸い付いてから臨也が離れた。
掴んだゴミ箱は静雄の手から滑り落ち、大きな音を立てて地面に伏してしまっている。

「ハッピーバレンタイン、シズちゃん」
「な」

目を丸くして立ち尽くす。

「な」

「甘いのが好きだと思ったんだけど、俺はビターの方が好きだから。カカオ80%だと君には苦かったかな?」

「な」

「どうせ誰からも貰ってないんだろ?ま、こんなイベントに肖ってもいいかと思ってねぇ」

クスクス笑う臨也を気にも留めず、 静雄は再び転がったゴミ箱に手をつけ、掴み上げた瞬間に臨也に向かって放り投げた。

「なああああああああ!!!!」



―午後10時前

「…バレンタインだったんだな」

あの後臨也には素早く逃げられ、今ようやく状況を理解した静雄が居るのはいつも買出しにくるコンビニだった。
『2.14バレンタインフェア』という看板が入り口に大きく掲げられている。
何故気付かなかったのだろう。

「…あいつ…あいつ…」

両手で顔覆う。

「お、俺のファーストキスだったのに、あいつ…!」

口の中に広がった苦いチョコレートの味よりも、臨也の舌が温かかった事への印象が強く残っている。
そんな自分に嫌気が差す。

「畜生…我慢ならねぇ…!」

咄嗟に掴んだ手には、チョコレートのホールケーキの箱が存在していた。


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