ストップマイ××× 3
「すまねぇな、一杯つき合わせちまって」
「いっすよ。大変でしたね、すんません」
今日は仕事が早く終わり早上がりだったが、自分が帰った後に急な取立てが入り、トムが全て片していたなどと聞いてしまうとこうして付き合わずにはいれなかった。
場所は新宿近くの落ち着いた感じのBarだった。
「いやもう参った参った。何でこう金借りる奴にはロクなもんがいねぇっつーか。まぁあれだ、女絡みはたまんねーわ」
「っすね、俺にはわかんねぇっす」
気持ちとは裏腹に焦りが募ったのか、弱い癖にホワイトルシアンなんてものを頼んでしまった。
トムが飲んでいるのは、横に居るだけでアルコールがツンと鼻にくる茶色い色を澱めかせたものだった。
「おい静雄、大丈夫かぁ?カクテルは全部甘いとか思ってたら大間違いだぞ〜」
元バーテンである静雄にもそれくらいは判っていたのだが。
どうしてか、酔いたかったのかもしれない。
「今思っても、酒弱いのにバーテンしてたとか変わってるよなぁ」
「まぁ、仕事選べるほど偉くねぇんで…」
「まぁまぁそう怒るな!奢りだから遠慮なく飲めよ」
「うっす」
別に怒っては居ないのだが、酒の弱い男は何となく恥ずかしい。
童貞も恥ずかしい。
彼女が今まで居なかったのも…恥ずかしい。
何故そう思うかは良く判らない。
一人だけをずっと好きだったから、という理由なだけなのに。
「トムさんって、女いつっすか」
「へ」
いきなりの質問に目が点になるトムだったが、直ぐに目を爛々にさせて身を乗り出した。
「まさか静雄とそういう話が出来るとはな…俺は嬉しいぞ」
ぽん、と肩に手を置かれる。
臨也が同じように触れた時に比べて、別になんともない。
不思議だ。
「俺は中学ん時だな」
「マジすか?早いっすね。俺はまだっす」
「そうかそうか…って、へ?」
今度はもっと長かった。
トムの目は最大限に見開かれている。
周りをきょろきょろ見回し、静雄に耳打ちする。
「お前みたいな男前が、童貞?嘘付けよ」
「俺そんな男前じゃねぇっすよ?」
「いやいやいや、ねぇわ、ねぇ」
手の平で空気を払いのけるトム。
「じゃあよ、ヴァローナとかどうよ?お前らイイ感じだと思ってたんだが」
「?何であいつが出てくんすか」
「…、静雄。まさかあの身体見ても何ともおもわねぇのか?」
「俺年下興味ないんすよね」
「あー…お前年上好みだったな、確か」
トムを横目に白く濁ったカクテルを口に含む。
アルコール度数がきつ過ぎて喉が焼けそうだった。
なのに静雄の脳内はあのことばかりで。
(この色あいつの…いや、違うか、もう少し濃いか)
どく…
カクテル相手に何を思い出しているのだろう。
ただ色が似ているだけだったのに、胸の奥が熱くなってくる。
「この際年下だろうが捨てちゃえよ、パァっと!」
「でもヴァローナは無理っす」
「なんで?」
「俺の初めての後輩なんで…」
目を伏せ、両手でカクテルグラスを持つ静雄。
トムが妖精でも見てるかのように何とも言えない表情になった。
「だけどまぁ不思議だな。俺ぁてっきり女居ると思ってた」
「?」
「最近お前色っぽいべ?」
肘でわき腹辺りを小突いてくる。
やっぱりなんともない。
「トムさん、俺性欲強いんすよ」
「へ」
「で…毎日、一人でしちゃって…」
顔が熱い。
静雄は無意識に身を捩った。
トムの目つきが一瞬危ういものになるが、酔いの回っている静雄には判らなかった。
「直ぐ…興奮しちゃうんすよね」
「そ、そうか。じゃあ、早く彼女つくんねーとな…」
言ってもいいものかどうか、あの折原臨也と付き合っていて、自分は男としかしたことなくて、しかもされる側で…
酔いのせいにしていいだろうか。
「俺…本当は」
「し、しずお…やっぱお前色っぽいぞ」
静雄の肩に手を置き、引き寄せるトム。
目線を少し泳がせて意を消す静雄が静かに呟いた。
「あいつと…臨也と…付き合ってるんです」
「…へ」
トム、本日何度目かの驚異だった。
そして、簡単な一言で返される。
「タメじゃん」
今度は静雄の目が点になった。
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