アンダーザローズ
〜秘

──────甘く、切なく、執拗な痺れ



悪口と言うものは、なぜ言いたくなるものなのだろうか。
第一は、相手への不満からくることが多いだろう。


ラ・ブルュイエールが残したこんな言葉がある。

『人に満足することは、なんと難しいことか』

其れ故に、


求め、貶して、判って欲しくて、でも蔑んで




「なんて愚かな事だろう、ねぇ?」


ギリッ がちゃり


「だからこそ!…俺は、人間を愛して止まない。
だってそうだろ?
俺でも計り知れない様々な思考が人間の間で飛び交っているんだ、実に愉快でならない!」


冷たい床上。
頭上から聞こえるキチガイを、脳の隅っこでさらりと流す。

「御託はそれだけか」

掠れた声で嫌悪を露にする、平和島静雄。


ごすっ

背中に蹴りが入る。


「…痛くねぇ」

痛みに強い静雄を、蹴った本人も理解している。
…それを判った前提で蹴りを入れてくるのだ。

「シズちゃん、人の話はちゃんと聞いてあげないと」

笑っていない笑顔で暗闇の中微笑む、折原臨也。

「てめぇみてぇなロクデナシが人間なわけねぇだろ。うざってぇんだよノミ蟲、死ね」
「ほんと…シズちゃんだけは好きになれないなぁ」


がちゃり


臨也がひっぱる鎖の果ては、ぐるぐるに巻かれた静雄の身体だった。
あの池袋最強と謳われる平和島静雄でさえ『今の状態』では、この太い鎖を破ることは容易くない。

何故こうなったのか。
油断さえしなければこのように無様で、世界で一番嫌いな奴の足蹴になどなる筈もない。



油断…していたのか?
何に?



トムさんの手伝いをした後、帰り際にサイモンに会って、それでその後
バーに寄って一杯飲もうとしたら女が絡んできて…
駄目だ、その後は思い出せない。




「シズちゃん、聞いてる?」

臨也が直ぐ横まで接近していることに気付く。

「!近寄るンじゃねぇ!」
「何で?いいじゃない」

ガシッ

くすくすと笑いながら、静雄の頭を掴む。

「床さー、冷たいでしょ?」
「!…てめぇ、何か飲ませやがったな?」

手足が痺れて動けない。
どうりで鎖を千切る事が出来ないわけだ。


「高校で初めて見た時にピンときたよー、人間らしくない能力、君は実におかしい」


聞いてないふりをする臨也は、うつ伏せに蹲る静雄の背中に腰を下ろす。
胸元からナイフを取り出し、蛍光灯の僅かな光を拾ってギラリと反射した。


「俺は人間が好きなんだ。なのに、何でシズちゃんはそうなわけ?」
「はぁ?」
「ねぇ、何で?」

ピッ


頬を伝う血。
ナイフで切られた傷がじくじくと波打つ。


目線だけで上を睨む静雄。
思ったとおり、口先を上げて皮肉に笑ってみせる臨也の顔があった。
世界で一番、見たくもない、大嫌いな顔が。



「どーして、シズちゃんだけ…思い通りに動いてくれないのかなー」
「死ね」


びりっ


「!」

蝶ネクタイとシャツを一気にナイフで引き裂く。
静雄のこめかみの血管が浮き出した。


「てめぇえええ!!弟に貰った服をぉおお!」
「おお、こわっ」

お手上げのポーズを大げさに見せる。
地響きがするほどの静雄の声音に、こうも余裕を見せるのは池袋の中では臨也くらいだろう。



「ブラコンなの?今時流行らないって」
「てめぇええええええ!殺す!!!」

ギリっと歯を食いしばる静雄は身体を力いっぱいバタつかせた。


(どんな猛獣も動けなくなるヤクなのになー、やっぱり、人間らしくない)

面白くなさそうな素振りを見せ、よいしょ、と静雄の身体を反転させた。

どさっ


背中に回された両手首も鎖で巻かれているため、
反る形で仰向けになった。
案の定、先ほどの切りつけた勢いで静雄の胸元は肌蹴け、妙に卑猥に映った。


「さて、と」
「てめぇ!何する気だ?!」

ゆらりと立ち上がり、静雄の身体を跨ぐ。
至高の蔑みを、半生想ってきた『平和島静雄』へ捧げる。


「俺ね。シズちゃんが大嫌いなのね」

何を今更、と静雄の目が見開かれる。

「でもね、俺、ずっとシズちゃんを貶めたり、殺そうとしたり、構ったり、
とにかく、ほとんどの時間シズちゃんのこと考えてるワケ」

 
   −それって、どういうこと?


人間を至極理解する折原臨也。
人間を愛して止まない、折原臨也。
なのに、自分のことはロクに判っていない。


「今シズちゃんに何をしようとしているのかも、ちょっと冒険?と誤魔化して思ってみたり、
でもそんなことは無駄だとも判ってる。現にこれは…変えられる事実ではないからね」

何が言いたいのか、静雄の眉間にシワが寄る。
静雄はこうやって御託を並べる人間が一番嫌いだった。

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