クランスピア社40階。
この巨大なビルの上層に位置する階では、社長ビズリー・カルシ・バクーが仕事に勤しんでいる場である。いくら私が姪の関係にあるとは言っても、何故か母親はあまりこの人のことを話したがらなかったので、基本的には私の知る情報はない。私がまだ赤ん坊の頃、1度だけ会ったらしいがそんな記憶があるわけもなく。

「し、失礼します」
「…来たか」

映像媒体の中でしかことがないような社長室に圧倒され、さらに社長ビズリーの姿に圧倒され。彼は私にこちらに来るように促す。それに応じて私は社長机の前まで歩く。たったそれだけのことに思えるが、私にとっては非常に緊迫したものであった。彼の視線は私を品定めしているようなものであり、嫌悪とまではいかないものの若干の不安を抱かせるには十分だったのだ。しかし、当の社長は黒匣のように機械的な動きをして歩く私があまりにも可笑しかったのか、いきなり笑い出したのだ、これには私も驚きである。

「驚かせて申し訳ない。お前のことはユリウスから聞いている」
「はじめまして、ピナコラードです…」
「そう畏まらなくていいぞ、お前に少し頼みたいことがあるだけだ」

社長はそう語り出す。このクランスピア社が複合巨大企業として有名なことはもはや言うまでもない。しかし、それは社長にとってカモフラージュの一環でしかないというのだ。クランスピア社本来の目的は、一言で言えばこの世界を救うことであった。

「世界を、と…言われましても」
「まあ、はじめは誰でもそう言うだろう」

私達が暮らすこの世界は『正史世界』。そして、この正史世界の理から外れて生まれてしまった世界、それが『分史世界』であった。私が昨夜遭遇した義兄とリドウさんが殺しあうあの世界も分史世界、所謂可能性の世界というものらしい。この分史世界というものを壊すことで、クランスピア社は世界を救っている。ここからの話は精霊信仰に馴染みのない私にはあまり理解し難いものであったが、簡略的に述べれば分史を放っておけば正史の物体に悪影響が出るということらしい。…そして、社長ビズリーが私直々に依頼をしているのは、この分史世界の破壊であった。分史世界の破壊は、各分史世界に散らばった正史世界と最も異なるものに憑依する『時歪の因子』を破壊することによって達成されるらしい。何故そのような大役に私が選ばれたのかといえば、原因は母やリドウさんが言及していたこの時計にあるようだ。

「その時計は我がクルスニク一族に伝わる骸殻の力を用いるために必要なものだ」
「がい、かく…」

昨夜のリドウさんの豹変ぶりは、この骸殻能力が原因であるらしい。早い話が、この時計を持っているクルスニクの人間は骸殻能力という特殊な力を持って産まれる。そして、この力を用いて分史世界の破壊に明け暮れているのがこのクランスピア社というわけだ。社長は、わたしにもその力があるため、それを用いよと言っているのだ。普段の私であれば、自分一人に与えられた出世のチャンスを逃がさないよう、誠心誠意頑張ろうとするだろう。だがこの骸殻の力というのを利用して、昨夜のリドウさんは何をしていたのかを思い出す。それは、果たして私のような人間にできることなのか。その答えは明白だ。

「…すみません、私には少し…身が重すぎて」
「ほう、断るのか」
「も、申し訳ありません…」

社長の顔が険しくなる。でも、いくら社長の頼み事であったとしても。私にあんな人殺しの真似なんかできるわけない。それに、世界を壊すということは、その世界の住人全てを壊すようなものなのだ。何億、何兆もの人間をこの手にかけなければならないなんてこと、ただの人間の私に行うなんて到底不可能なのだ。

「……そうか」
「はい、私には少々身が重く…」
「なるほど、それも一理あるな」

そう言って、社長は頷く。…反応が見えないので、どうしたらよいのか理解しかねる。しばらくその場を静寂が包み、やがて社長は首を振った。

「…お前の言い分は理解した、興味が出たらいつでも言ってくれ、お前の加入を心待ちにしているぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
「それから、今日はもう帰るといい。色々あって疲れただろう」

リドウさんと違って、社員を思い遣る素敵な上司だ。お言葉に甘えて、私は足早に帰宅するため、社長室を出てエレベーターへ足を運んだ。その際、社長が不敵な笑みを浮かべたことなんか気づくはずもなかったのだ。



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10/01
要約:僕と契約して魔法少女になろうよ!

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