独白

己に着いて来た子供に花純と名付けた。名がなかったからだ。
痩せこけ棒切れのような手足を必死に動かしながら後ろをついて回っていたのがつい最近のようにも感じるが、今目の前にいる少女は出会った頃よりも年を重ね既に少女の枠を超えようとしていた。

「黒死牟。」

そう言ってこちらを見ながらゆるりと幸せそうに目を細め笑う花純の頬に手を伸ばし白く滑らかな肌を撫でた。猫のように気持ち良さげに手に擦り寄ってくる。

あんなにも小さく脆く弱く、いつ死んでもおかしくなかったような娘だった。表情も抜け落ち、喜怒哀楽を何処かに置いて来たのか能面のような顔を貼り付けていたのに今ではこんなにもコロコロと己に向ける表情が変わる。

花純は幾度なく隠しもせず、好きだと口にする。不思議でたまらなかった。自分は鬼で花純は人間だ。喰う喰われるの関係、圧倒的な弱者でありながらなぜこんなにも無防備に全てを自分に預けてくるのか。
しかしそれがまた嫌な訳ではなかった。ひどく、懐かしいものが戻ってくるような感覚がした。感覚がするだけで靄がかかったかのように思い出せない。きっと自分が人間の頃に持っていた感情だろうと、どこか他人事のように感じた。だからこそ、それを掘り下げてまで理解しようと分かろうとは思わない。

ただこの少女がこのまま変わらず笑っていれば良いと思った。






出会った時から彼が人間ではない事を分かっていた。目が六つもある人間なんていない。だけれど、黒死牟に恐怖を感じる事はなかった。彼が私に危害を加えないのもあると思うけれど。

彼の裾を握り、必死に背中を追いかけた。けれど十分な食事も取れず、痩せ細った体ではすぐに限界がやって来た。息が上がり視界が霞む。足がもつれ、とうとう裾から手が離れ地面に這いつくばった。

「いかないで、いかないで。」
「置いていかないで。」

そんな風に言葉を繰り返したのを覚えている。
今思えば、好きにしろ、と言った黒死牟は私を置いて姿を消す事も置いて行く事も容易く出来た筈なのに、小さな手で精一杯握った裾を振り払う事はしなかった。

ふわりと抱き抱え上げられる感覚に目を見張った。あんなにも垢だらけで黒く、きっと臭いもきつかったろうによく黒死牟は触ろうと思ったものだ。


「名は…何と言う。」
「…分からない。知らない…。」
「ないのか。」

彼は私に 花純 と言う名前をくれた。
嬉しくたまらなかった。

いつだっただろうか。
一度鬼狩りに出会った。鬼殺隊と言うらしい。黒死牟からも少し話に聞いていた。
その隊士は炎のような髪色をした眩しい人だった。私が鬼と共にいるのだと分かると、どうして人を喰う化け物と共にいれるのだと問うてきた。
少し困ったように笑った。

鬼が好きな訳じゃない。ましてや、人を喰う化け物を庇おうなんて一つも思っていない。
私は黒死牟が好きなのだ。
彼も、誰かの前では悪なのかもしれない。だって鬼なのだから人を食べているのだろう。けれど、喰われたその人と私は何の関係もない。なら、どうでも良いではないか。
だって、私がどれだけ飢えていても暴力を振るわれ死にかけていても誰一人助けてはくれなかった。皆が見て見ぬ振りだったではないか。

その私を助けてくれのが黒死牟だった。
名を与えてくれ美味しいご飯を食べさせてくれ、温もりを教えてくれた。

「きっと私は貴方とは永遠に分かり会えない。」

強き力は弱き者の為に、そう言って陰も曇りもない笑顔で言い切った青年。
黒死牟と出会う前に貴方に会えていたら、今とは少し違っていたのかもしれないと思った。それでも私は彼の隣に居る道を選んだ事を決して後悔はない。

こちらを見つめる、黒死牟とはまた違った小麦色の瞳にさよならを告げた。

陽が落ち、街の外れまで迎えに来てくれていた黒死牟を見つけ、駆け寄りその胸に飛び込んだ。

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