揶揄わないで、

凍えるような冷たい風が頬を撫でる。寒いを通り越して、顔が痛く感じる程の冷気。吐き出す息は真っ白で、吸い込む空気は肺を凍らせてしまいそうな程冷え切っていた。

一刻も早く体を温めたい。全集中の呼吸を行い、そして全力で駆けていても芯から冷えた体は暖まらず、奥歯がガチガチと音を鳴らしている。
ちらほら、と薄暗灰色の空から落ちてくる白い雪。通りで寒い訳だ。雪が降り積もる前に帰ろう。再び、強く息を吸い込み脚に力を入れて地面を蹴った。

鱗滝さんの水の呼吸一門が主に住んでいる屋敷へと足を踏み入れ、久々の我が家の匂いを嗅ぎ、ほ、と息を吐いた。今回の任務は長く、1ヶ月程屋敷を空けていたので本当に久しぶりだった。少し濡れている羽織を脱いで、かじかむ手足をさすりながら居間へと行くと見慣れた後ろ姿を視界に捉え、思わず頬が緩む。
立派な堀炬燵に入り、ぬくぬくと暖をとっている錆兎の背後に周る。気配を殺し、スルリと背中から腕を通して思い切り抱きついた。

「っ!」

声は出さなかったものの驚いたように体を跳ねさせた錆兎。

「沙月」
「ふふっ、ただいま」

おかえり、言いながら少し咎めるように私を見下ろしている錆兎に擦り寄るように後ろから抱きつき、背中にぐりぐりと額を押しつけた。すると、錆兎の腹辺りに回っていた、寒さのあまり真っ赤になりあかぎれている私の手が、錆兎の固く大きな温かい手の平に包まれる。

「随分冷えている」

外は雪が降っていたよ、もう本当に寒い。
お前は寒いのが苦手だもんな、と体を捻り後ろを向いた錆兎が眉を下げて笑いながら私の頭を優しく撫でた。
冷え性である私は、冬が苦手でしょうがなかった。一度冷えてしまうと中々暖まらないし、何よりも寝る時が大変だ。足先も指先も氷のように冷たくなるので布団の中で猫のように丸まって寝ている。

ああ。炬燵で寝たい、と溢せば、それは駄目だと言われた。
風邪を引くだろう。
優しげに細められた深い藍色の瞳が私を見下ろす。ゆっくりと持ち上げられた手が雪で湿ったように濡れている前髪をかきあげ、ぐしゃぐしゃと強引に頭を撫でた。
触れていた手の温もりが離れて行ったことに寂しを感じながら、む、と口をとんがらせる。
また子供扱いして、と拗ねたように言えば、錆兎は目をパチクりと瞬かせた後、ゆるりと、笑った。

空気が変わった事を察して、首を傾げたの同時に視界がぐるりと一転する。
錆兎と背中に張り付いていた筈が、物凄い早技で体を持ち上げられ彼の足の間に座らされていた。正面から。

「え、え、…」

混乱している私を他所に、錆兎は私の濡れた髪の毛を耳にかけ、露になった耳元に口を寄せるとふ、と息を吹きかけた。
ぞくりと、背筋が震えたの同時に、掠れた低い声が鼓膜を揺らした。
いや、脳みそまで揺れたかもしれない。

「なら、これから体が温まる事でもするか」

耳元を触っていた手がするりと首筋の方にと降りていき隊服のボタンを片手で難なく外していく。
へ、と間抜けな声が口から溢れ、己の状況と錆兎の言葉を理解してじわじわと顔に熱が溜まっていく。
胸の谷間が見える程ボタンが外され、彼の手の平が不埒な動きをしだした瞬間、茹でタコのように真っ赤になりながらワタワタと慌て出した私を見た錆兎が、声を出して笑い始める。
ははっ、と笑っている錆兎を見て、揶揄われたのだと理解して、もう!と彼の胸を拳で軽く叩いた。

「もう!もう、ばか!錆兎の馬鹿!」

揶揄わないでよ、と言えば、強く腰を錆兎の腕に引き寄せられ、首裏にも手の平を回されガッチリと固定されると、瞬く間に唇を奪われた。

「ん、」

鼻から溢れた吐息のような甘い声。
ちゅ、と可愛いらしい音を立て離れていった錆兎の唇。先程私の唇に触れた、柔らかさも温もりも鮮烈に残っていて、突然の事で頭が上手く回らない。
何か一言言ってやりたかったのに、ぱくぱくと金魚のように口が動くだけで言葉が出ない。

「じょ、冗談が、過ぎるよ、」

またもや、顔を真っ赤にしながら必死に言葉を紡ぎ錆兎を見上げれば、それはそれは、楽しそうに、意地悪気に彼は笑った。 

「冗談だとは、一言も言っていない」

へ、と再び間抜けな声が出る前に、先程と同じように、顔を引き寄せられ口を塞がれた。

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