日めくりセンセーション
02

目の前にいる小さな女の子は、満面の笑顔を浮かべていた。
開け放たれた体育館の扉から入り込む春の風が、どこからともなく桜の花びらを誘い込む。
それがひとひら彼女の頭に乗ると、なまえと名乗ったその女の子は慌てて体育館の扉を閉めた。
「兄がいつもお世話になってます。今日から兄妹共々よろしくお願いします!」
そう言って、もう一度深く勢い良くお辞儀をしたその子はぱあっと花が咲いた様にまた笑ったのだ。
ああ、確かに、木兎さんに似てる。
「なまえちゃん!待ってたよー!」
そう言ってマネージャー2人に抱きつかれた妹さんは、照れ臭そうにへらりと笑って受け止める。
「合格したんだねー!木兎から聞いてたけど、改めて嬉しいよー!」
ぎゅうぎゅうと音が聞こえてきそうな位のその光景をぼんやりと眺めていると、先程のマネージャー2人や、木兎さんと木葉さんの言っていた意味が漸く理解できた。
3年生とは面識があるらしく、木葉さんや鷲尾さん達も彼女を取り囲んだ。
「成績致命的だったのに頑張ったな!」
と髪をわしゃわしゃと撫でる木葉さん。
彼女の纏められたお団子頭はいとも簡単に崩れてしまい、もうっ!と膨れっ面を浮かべるものの、どこか嬉しそうで、なんというか
「皆さんの妹みたいですね」
ぽろっと声が出てしまった。
その言葉に3年が全員こちらを見てにんまり笑っていて、俺達2年と他の新入部員のおいてきぼり感を少しは察して欲しいと心から思ってしまう。
そして何より木兎さんのドヤ顔になんかイラっとした。
「なまえは中2の時によくうちに来てたんだよ。木兎が引きずって連れてきてな。中3になってからは梟谷入るために勉強に専念するっつって顔出さなくなったから、赤葦達は初対面だよなー」
小見さんが俺の横でそう話してくれた。
なるほど、と納得して、とりあえずこのままでは練習も押してしまうと考え、盛り上がる3年と妹さんはスルーして新入部員を集め、ポジションの確認などを行う。
一通り確認を終え、手元の入部届をパラパラ捲っていると背中に痛い程の視線を感じ、不思議に思い振り返ると妹さんが木兎さんの背中から覗くように俺のことをすごく見ていた。
そりゃもうすごく。すごく見ていた。
その視線が居心地悪く、口を開く。
「……なんですか?」
あ、しまった、思いの外低い声が出てしまったと、少しの後悔が頭を過るが彼女は特に気にしていない素振りでにんまり笑った。
「赤葦先輩ですよね!」
ああそうか、名乗っていなかった、と彼女の方に体を向けすっと頭を下げた。
「2年の赤葦京治です。副主将をしています。よろしくお願いします」
「セッターですよね、兄からよくお話は聞いています」
そう言って眩しい位の笑顔の彼女と俺との温度差は異常だろう。
「改めてよろしくお願いします、赤葦先輩!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女のテンションはそれこそ兄の木兎さんに似ているが、なんというか常識はあるんだろうなとぼんやり考えた。
挨拶も言葉遣いも、木兎さんの妹というのを聞きもっとハチャメチャなのかと想像していたからか、少し身構えていた分拍子抜けをしてしまった。
「なまえのこと、よろしくな赤葦!」
それに比べて兄はなんというか、
「兄らしくないですね、木兎さん」
「なっ!なんだとーっ!」
ぷりぷり怒るその姿はまるで小学生の様で、小さく溜息を吐き、練習を始めるよう促した。

新入部員も加わり、今日は軽い調整のみで終わった。
ストレッチを行っていると、木兎さんはニコニコしながらやってきて、どうせトスあげろという自主練の申し出だろうと思いサポーターを手に取る。
木兎さんはそれに気付いたのか更に笑みを深くした。
それを合図にボールの入ったカゴを用意しに行こうと振り返ると、コートの定位置にもう既に準備がされていた。
「?」
不思議に思っていると、視界の端に緩められたネットを張り直す木兎さんの妹の姿が見えた。
紐を結び直したかと思うと、パタパタと駆け足で空のカゴをコートの反対側に用意し、ジャージの袖を巻くった。
成る程、彼女が準備してくれたのか。
そう思い、木兎さんとコートに入ると、何も言わずにタオルとドリンクを側に2つ置いてくれて、気が効くな、と純粋に感心した。
「ボール出ししますよ」
俺に近付き、ボールを両手に持ち笑顔を浮かべる。
その好意に素直に甘え、ぺこっとお辞儀を返す。
それを肯定と受け取ったとのか、彼女は少し離れた位置に移動をした。
「ヘイヘーイ!なまえもよろしくなーっ!」
「はい!お願いします!」
部活中だからだろうか、兄に対しても敬語を使う彼女に好感が持てた。
「赤葦先輩お願いします」
そう言って彼女はボールを自分の真上に放った。
「!?」
その光景に一瞬驚いたが、彼女はそのボールをアンダーで打ち俺の頭上ぴったりの位置に上げた。
指先にボールの感触がした直後に木兎さんのスパイクは反対コートのコーナーに決まった。
ボールの転がる音を聞きながら、自分でもぽかんとした表情をしているのだと気付く。
「驚いた…てっきり投げてくれるのだとばかり」
「すみません、ここ1年受験勉強でボール触っていなかったのでつい…」
苦笑いを浮かべた彼女は
「なまえは中学途中までバレー部だったからな!」
「ああ、そうなんですね」
途中、ということは辞めてしまったのかと納得をして次のボール視線で促した。
妹さんはまた同じ様にアンダーで俺にボールを寄越す。
それにしても凄く綺麗に上がる。
俺の取りやすい位置、つまりちゃんとセッターに返せるということだ。
お陰でこちらも木兎さんに一定のトスが出せる。
1年ボールに触っていなかったと言っていたのに、これだけ安定したレシーブが出来るのなら、過去に相当ボールを触ってきたのだろう。
一頻り打ち込むとカゴのボールは空になり、先程までボールを出していた彼女は駆け足でボールを拾いに行き反対側に用意していたカゴに次々と入れていく。
木兎さんと俺は、用意してもらっていたタオルで汗を拭きドリンクを飲む。
せっせとボールを集める彼女を視線で追いつつ、木兎さんに声をかける。
「妹さん、相当うまかったんじゃないですか?」
アンダーでセッターの頭上に綺麗に上げられる先程の球出しを見てふと浮かんだ疑問を投げかけてみた。
「ん?おー、あいつ強豪中出てるし、中2の時に全国行ってっからなー」
汗を豪快に拭きながらさらっと答えた木兎さんの言葉に驚いた。
全国、しかも2年の時に…ボールを集め終わった彼女に視線を向けると屈伸をしていた。
「ポジションはリベロとかですか?」
あの小柄な体、そして安定しているレシーブ、何となくリベロだろうと思いそう聞きながら木兎さんに視線を戻すと、彼は眉間に皺を寄せていた。
「…?木兎さ「なまえ!膝!痛いのか!?」
被さるようにそう叫んだ木兎さんは、ネットを潜り彼女の元に走っていった。
「え、いやいや!大丈夫!久々に体動かしたから違和感出る前にならしておこうかと」
そのやり取りを見て、辞めてしまった理由が膝の故障だと気付く。
勿体無いと言うと失礼かもしれない。
それでもあれだけ綺麗なボールコントロールが出来るのに、彼女がコートで動き回る姿を見ることが出来ないのが残念だと思う。
怪我に苦しむ選手はたくさん見てきた。
自分が本来出来る動き、したい動きを妨げる怪我の存在に彼女も相当苦しんで来たのだろう。
「無理すんなって言っただろ!心配すんだろーが!」
「だから大丈夫だってば!」
木兎さんは彼女の首根っこを掴んで引きずってこちらに戻ってきた。
その光景は確かに兄妹で、木兎さんの妹を心配する一面のお陰で初めて兄なんだなと実感をした。
「んで?なんだっけ?なまえのポジション?」
「え?あ、はい…」
いきなり話を戻してきた木兎さんに、慌てて頷く。
「もしかして赤葦先輩も私がリベロだとか思いました?」
妹さんはそう言うとぷうっと頬を膨らまし、その顔は拗ねた木兎さんに似ていて思わず口元が緩んでしまう。
それを肯定と取ったのか、彼女はますます拗ねた表情をする。
「私は!ずっとWSでしたよ!!どうせ小さいからとか思ったのでしょーけど!」
「いや、すみません、アンダーが綺麗だったからつい…」
正直身長の所為もあったが、この返答に嘘はなかった。
そう言うと彼女は先程とは対照的に笑顔を浮かべた。
「でもWSだったんですね」
「おう!なまえはめっちゃ高く跳んだんだぜ!」
木兎さんはそう言って自慢気に彼女の肩をガシッと抱いた。
彼女は少し憂いた表情を浮かべて、頼りなく眉を下げた。

「もう右の膝が邪魔して飛べませんけどね」


"私の翼は折れちゃったんです"

続けて紡いだその言葉は、俺の胸に深く残った。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -