「…お、おはようゴザイマス」 ホームルームが始まる5分前。 教室に入ると体中に刺さる視線。 自分が溶け込めてないのは痛い程分かってはいるが、流石にこの視線は堪える。 自分の席に鞄を置き、既に着席していた孤爪君にぎこちなく挨拶をすると、ちらりとスマホからこちらに視線を寄越し"おはよ"と短めに返してくれた。 「なんで片言なの…」 暫くして、スマホをポケットにしまった孤爪君はこちらに視線だけ向けてそう尋ねてきた。 自分でも片言だったのは理解していて、またそこに関しては出来ればスルーをしてもらいたかった所だ。 昨日連絡先を交換してゲームの話を少しやり取りしただけで、面と向かって話す緊張感は昨日となんら変わりなく、教室に来る途中だって挨拶をしていいものかどうかとぐるぐる悩んでいたのだ。 「なんていうか、変な緊張してというか」 自分のずるずる伸ばした銀色の髪を指に巻きつけて手持ち無沙汰を誤魔化す。 「うん、わかるよ。俺も同じ。…あんま元々喋るタイプじゃないし」 昨日から思っていたが、孤爪君のこの抑揚のない淡々とした話し方はどこか落ち着くというか、冷たい訳じゃないのが分かる。 「なんてこった」 「?」 「文字だと結構キャラ変わるんだね」 「…ぐ」 指摘されたことも勿論自覚済みである。 私の一つの悪い癖。 相手の顔が見えないと、いつもより話し方が緩くなるのだ。 それは持って生まれた物ではなく、オンラインゲームのチャットによって鍛え上げられた悲しい性である。 「今日の昼休み、素材集め手伝うよ」 その言葉にぱっと孤爪君を見ると少し口元が笑っていて安堵感を覚え、つられるように私の口角も上がった。 「ありがと…」 本格的に彼とは友達になれそうだ。 嬉しくなって鞄の底からPSPを取り出しバッテリーの残量を確認すると、隣からくすっと息を吐く音が聞こえた。 「?」 「…そんなに楽しみ?」 その言葉に恥ずかしくなり、俯き髪で表情を慌てて隠す。 これじゃあまるで待ちきれない子供みたいじゃないか。 顔に集まる熱を誤魔化す様に俯きながら"別に"と返したが、きっと彼にはそれすらもばれていそうだ。 「それ、俺もやる。髪の毛で視界遮るの」 銀色の隙間から孤爪君を見ると、自分の金色の髪を指先で弄っていた。 「視界が広いのは…落ち着かない」 「…わかる」 孤爪君に賛同して、私も自分の髪を触る。 絹糸の様に細くて柔らかい自分の髪質。 その所為で伸ばせば伸ばすほど絡まりやすくなるが、短くする勇気もなければ美容室に行く気力もない。 チャイムと同時に担任が入ってきて、ホームルームが始まった。 必要事項を説明してから、担任は出て行き入れ替わる様に一時間目の英語の先生が入り、授業が始まる。 指定されたページを開くが先生のつらつらと並べる単語は耳を通りすぎ、校庭に視線をやれば1年生であろう生徒がジャージを身に纏い準備運動をしていた。 すると一人の男子生徒が目に入る。 短い銀色の髪にスラッと伸びた手足。 すごく、大きい人だ。 周りの生徒と比べても、圧倒的に大きい。 バスケかバレーの部員の人だろうか。 遠目なので顔まではよく見えないが、大きいだけで存在感は抜群で、モデルみたいだなあなんて考える。 そういえば孤爪君は何部なんだろう。 朝練もあったみたいだし盛んな部活なんだろうな、と少し意外な気もする。 私は特に部活に入る気はなかったが、何かに打ち込めるというのはそれだけで羨ましかった。 そもそもこの学校には何の部活があり、委員会もどんな委員があるのか、そこらへんまだまだわからない事だらけ。 転校してきた時期も時期だし、委員会に関しては二学期にでも入ろうかな、とぼんやり考えていた。 英語の授業が終わり、休み時間。 教科書をしまい、また外を見ると先程の1年生達がバラバラに校舎に向かっていた。 やはり一際目に入る長身の男子生徒。 隣に並ぶ友達らしき人と比べると、やはり大きい。 「…なにみてるの?」 隣の席からそんな声が聞こえて振り返ると孤爪君がスマホ片手にこちらを見て首を傾げていた。 「…でかい人がいる」 そう答えると、ゆったりと席を立ち孤爪君は窓から外を見た。 「ああ…リエーフ…」 「りえーふ?」 突如聞こえた横文字らしい名前を思わず繰り返す。 「うちの部の1年だよ。195センチくらいある…」 「え、そんなに大きいの…外人さん?」 「ロシアの日本のハーフ。でも日本育ちだからロシア語喋れない…」 そこまで聞いて、ふと一つの疑問を思い出す。 「孤爪君、何部なの?」 「バレー…」 ますます意外だった。 バレーボールは結構ハードなスポーツと認識していて、孤爪君がバレーをやる姿が想像できなかった。 それに高校の男子バレー部はがっちりした人が多いイメージだが、孤爪君は男子の中でも小柄だし、体の線は細い。 「意外…」 「言うと思った」 そう言うと孤爪君は席に着き再びスマホを操作する。 その様子を横目に見ていると、朝廊下ですれ違った人も相当大きかったな、と思い出す。 先程のリエーフくんほど背はなさそうだが、何というかがっちりしていて、すごい存在感はを放っていた。 ぶつかる寸前で避けてくれて、自分の髪の隙間から見上げたその姿はなんというか大きかった。 何となく怖いと思い、すぐに顔を反らしてしまったが。 「朝すれ違った人も大きかった」 そう隣の席に投げかけると 「…どんな人?」 そう返ってきて朝の光景を思い出す。 顔までは見なかったが、なんというか 「背がでかくて、がっちりしていて…なんか、黒い感じ」 「黒い感じ?」 抽象的な言葉だな、と自分でも思うが、それ以外に相応しい言葉が見当たらない。 思い出そうとしても、今朝の記憶の中ではなんとなくのシルエットと真っ黒の髪しかイメージに残っていない。 「顔は見なかったけど、真っ黒の髪でなんかトサカみたいな髪型だったかも」 「うわ…」 予想外の返答に孤爪君の方を見ると、珍しく表情が壊れていた。 「え、どうしたの…」 「…多分それ、うちの部の主将」 「あ、そうなんだ」 「話した?」 「ううん、すれ違っただけだし…」 そう答えると、少し表情が戻った孤爪君に首を傾げる。 主将だとしても、そこまで眉間に皺を寄せるものだろうか。 もしかしてすごく怖い人とか、すごく嫌な性格の人なのだろうか。 だとしたらぶつからなくて良かった、と安堵する。 視界を狭くするこの髪型も、気をつけなくてはいけないな。 そうは考えても、やはり髪が短い自分なんて想像はできなかった。 |