重圧

携帯を握りしめ見覚えのある番号と只管にらめっこ。
彼此一時間は決心がつかないまま、こんな状態だ。
家に帰って、いつも通り夕飯を作り三人で食べて、今は各々ソファで寛いでいる。
デイダラさんはテレビを見て笑い、サソリさんは雑誌をパラパラ捲っている。
夕飯のときに二人にサイの家でアルバイトをすることを伝えると、無理するなよ?と笑ってくれて嬉しかった。
そんな気持ちは、サイからのメールが届いてから沈みっぱなしだ。
全く、サイは私のことをよくわかっている。
きっと私が両親に連絡するのを避けると思ったのだろう。
念を押す様な文面に頭を抱えた。
思い返しても両親とのいい思い出なんて浮かばなくて、記憶の中にいる両親は常に厳しい表情を浮かべていた。
母は引退したものの、有名なピアニスト、父は現役のトランペット奏者だ。
演奏家の間に産まれた私にとって音楽は酷く身近なもので、当たり前の様にそこにあった。
当たり前の様に音楽に触れて、当たり前の様にピアノの魅力に惹かれ、当たり前の様にそこにあったのが白黒の鍵盤だった。
そんな私は各ピアノコンクールで優勝し、きっと母の様な道を辿るものだと思っていた。
まして両親は当たり前の様に、私が目指すものはピアニストだ、と言わんばかりに指導をしてきた。
当時の私はそれが当たり前だったし、こんなものなのかなって諦めもした。
譜面に中実に弾くことに慣れすぎてしまっていた。
そんな時、音楽室でピアノを弾いていた私の目の前に現れたのはナルトだった。
"お前の演奏つまんねーってばよ"
そう言ってむくれる彼は、もっと楽しそうに弾いてみろってと笑った。
その言葉に何かが吹っ切れて、立てかけていた楽譜をゴミ箱に投げ捨てた。
忘れもしない、私が生まれて初めて作った曲。
思い立ったかの様にリビングを飛び出し、自室のピアノの蓋を開ける。
短く息を吸い込むと、一気に鍵盤を弾き出す

私が初めて、自分の意思で夢を抱いた。
作曲家になりたい。
そんな私にそんな夢を与えてくれたのはナルトだったんだ。
あの日音楽室で、目の端に映る眩しすぎる黄色の髪。
夕日が差し込む音楽室。
本当は自由に弾きたかった。
ただただ、ピアノが好きだった。
そんな気持ちをあの日初めて曲にした。
自分でも驚く位、スムーズに指が次々と音を紡いでいくことに身震いした感覚が忘れられない。
高揚感。今までそんな感覚になったことがない。
どんなに素晴らしい演奏をしても、どんなにたくさんの拍手を浴びても、あんな感覚を味わったことがなかった。
"作曲家になりたい"
初めて両親に打ち明けた時に、頬に感じた平手の感覚。
どうしてもこの大学に行きたいと、涙を流しながら懇願したこと。
出された条件。
視界が滲む。
最後の音を奏でた後、私はピアノに突っ伏した。
ポロポロ落ちていく涙を拭わずに、ただ無力感に襲われる。
両親にただ連絡を入れるという簡単なことさえ、私にはなかなかできずにいるなんて。
でもサイの言う通り、このまま黙っていることなど許されないのもわかっている。
先延ばしにすればするほど言いにくくなる事もわかっている。
たった一言伝えるだけなのに、私は何でこんなに拒んでいるのだろうか。
簡単な事だ。
私にとって両親は恐怖の対象なのだ。
『情けない…』
自嘲気味に零れた言葉。
するとすぐ背後から声が聞こえた。
「なにが」
その声に勢い良く体を起こし振り返ると、呆れた表情のサソリさんと、眉を下げたデイダラさん。
『あ…』
思わず射抜く様なサソリさんの視線から逃れる様に目を伏せる。
「言ってみろ」
「旦那、そんな無理に…」
「うるせえ、サイから言われてるんだ、お前が凹んでたら助けてやってくれってな」
その言葉に目を見開く。
『え…サイが…?』
「今日廊下で会ってな、あいつも心配してたぜ」
サイの馬鹿…と心の中で言ってみるが、彼の気持ちが嬉しくてますます視界は滲んでいく。
「旦那泣かせるなよ」
「知るか」
わかってた。
本当は、本当は私は、
『この生活がなくなるのが…怖い…』
弱々しく口から零れた言葉は二人に届いたのか、デイダラさんは優しく笑い、サソリさんは大袈裟な溜息を吐いた。
「めんどくせぇな…」
そう言うと、サソリさんは私の携帯を徐に取り上げ、発信ボタンを押した。
『え!ちょっ…!』
「大丈夫だ。俺らが傍にいてやっから」
「がんばれよ、うん」
『!』
そうしてサソリさんから携帯を受け取り、耳に当てると無機質な呼び出し音が数回鳴った後、久々に聞く懐かしい声が聞こえた。
"もしもし"
『あ、お母さん…久しぶり…』
緊張で声が震える。
"どうしたの、用があるなら手短にね"
元々声に抑揚がない母は、電話越しだと余計に冷たく感じる。
『連絡遅くなってごめん、なさい。四月からキャンパスが変わって学校の近くに引っ越したの』
"引っ越しだなんて、そんなお金あったの?"
『引っ越しは、サクラ達が手伝ってくれて…』
"あら、そう。新しい住所、後でパソコンのメールに送っておいて"
『…はい』
"用はそれだけ?忙しいんだから切るわよ?"
『あ、はい。ごめんなさい…』
ブツと途切れた音に肩の力が一気に抜けた。
フゥと、大きく息を吐くと、頭に重みを感じた。
それはどうやらデイダラさんの手で、眩しすぎるくらいににかっと笑ったくれて彼の笑顔が、いつかのナルトの笑顔と重なる。
「おつかれさん、うん」
「どーってことなかったじゃねえかよ」
そう、どうってことないのだ。
お母さんは、ピアニストの道を歩まない私のことなんて、興味がないんだから。
お母さんのパソコンにここの住所を打ち込んだメールを送信。
それからサイにもメールを送っておいた。
するとすぐに返信がきて、よくがんばったね、と、彼らしい淡白な内容の文面におもわず頬が緩んだ。
ありがとう…
そう小さく呟くと、目の前の二人は優しく笑ってくれた。


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